第4話「んほおおおお!」
「んほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ぶっちゃけオレらが食事中に仕事の練習すんの止めて欲しないか?」
「そんなん、ウチに言われても知らんなが」
月見うどんの卵を崩す。出汁に黄色が混じっていく。
「お前、予備校どないやねん」
「どないやねんって、何がよ」
「うまい事行ってるんかいな」
「せやなあ。まあそこそこやな」
また不合格とかになったら目も当てられない。ユカの人生の行く先が思い遣られる。
「そう言えばお前、ポストに入ってた封筒なんやってん。宛名も書いてないし、中身見たんか」
「ああ、あれかいな。また来たんや。久し振りやったから忘れてたわ。何や知らんけど、どっからオレん
「はあ?」
「読んだ、読んだ。びっくりするで、ほんま。いきなり書き出しが『納車の件でまだご相談したい事があるのですが』って」
「え、えっ、お前が?」
「ちゃうがな。オレ、免許持ってないもん」
焼き魚の身をほぐしながら、オレは殊更狼狽した風でもなく言う。
「それはまた、えらいもんに捕まってしもたなあ」
「実害ないからええけどな」
「いや実害被ってるやんけ」
そうか? 一種のコミュニケーションとしてオレは楽しんでいるつもりなのであるのだが。ユカにはこういった類の趣向というものが理解出来ないらしい。
「あー! あんあん! あー! あっあっ! あー! あー! あっあっ! あー!」
ユカが餌を待ち侘びる飼い猫のような目で襖を見る。
「いやドヴォルザーグ、ドヴォルザーグの交響曲な。新世界より、な」
「それはわかっとるけど……そんなセリフってあるか?」
「さあ、それは知らん。エロゲが自由なんやろ。奇抜な発想が物を
魚の焼き加減が絶妙だ。和食が得意な幼馴染みに毎日夕飯を作ってくれるというのはどれだけ幸福な事なのだろうか。オレはそうした精神的至福をも織り交ぜながら食事を堪能する。
「あー! あっあっ! あー! あっあっ! あー! あっあっあっ! あっあっ! あー!」
ユカは再び食事の手を止めて襖を見た。
「ドヴォルザーグ、ドヴォルザーグ。第四楽章」
「いやそれは知ってるけど……そんなセリフ、ホンマにあるんかいな」
「ええから、もうほっときいな」
「何やもうわからへん……ウチわからへんわ……」
「ブラジャーを外そうとするな。オレらがここでおっ始めたら、あいつがこっち出て来た時に大事件になるやろ」
「ウチわからへん……」
「お前もうヤバイやん」
オレも全くもってわからない。何故旧日本軍が真珠湾攻撃を決行したのかさえもわからない。何故記号論理学の『プリンキピア・マテマティカ』が全三巻なのかもわからない。単著でいいのでは?
「世の中わからへんな……」
「せやな……」
焼き魚はいつもより少ししょっぱかった。
つづく
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