第2話 家族
「ただいま」
日が暮れ、星が見え始めた時刻。
家についた健一は、台所にいるだろう母親のもとに向かった。
案の定、台所には美味しそうな料理と、健一の母の峰子がいた。そして峰子は大量の涙を流しながら玉ねぎを切っている最中だった。
一は、苦笑しながら峰子にもう一度挨拶をしようとした。だが先に、峰子がこっちの存在に気づき、泣き笑いの顔で話しかけてきた。
「お、やっと帰ってきたなこの不良息子」
「6時帰宅で不良になるのかよ…。ていうか、顔すごいことになってるけど」
「そうなの。最近おでこにニキビができちゃってさー。アクネ菌め、いつか滅ぼしてやる」
「いや、涙のほうだからね!ていうか、いつかやりそうで怖い」
健一の母親は微生物学の研究者で、日々さまざまなことを研究している。
峰子曰く、微生物は多くの可能性を持っているらしい。詳しいことはわからないけど、発電や水の浄化などにも使えるとか。
そして峰子は、たまにとんでもない兵器を作る。
魚の骨がのどに刺さったことを理由に、魚の骨だけを溶かす液体とか言って、魚にかけると骨だけでなく、まな板まで解かした謎の液体。
家でキノコを栽培しようと言いだし、キノコの胞子を大量に撒いたおかげで、隣の家の庭までキノコだらけにした。
他にもあるが、とにかく峰子が何かしようとするたびに大惨事になる。
だが、研究より家族を一番とし、ご飯は毎日作るというルールを自分に作っている。健一は一度『無理してご飯作らなくていいよ?』と言ったことがある。すると、『無理なんかしてないよ。好きでやってるんだから』と返されてしまった。
いろいろと問題があるが、とても家族思いな峰子を健一は尊敬している。
「健一。そこに突っ立ってないで、もうご飯できるからお父さん呼んできて。風呂にいるから」
「ん、わかった。」
先ほどからどうも姿が見えないと思ったら風呂にいたのか。
健一は荷物をリビングの隅に置くと、真直ぐ風呂場に向かった。風呂場の洗面所では、父親のレトロな曲の鼻歌が聞こえてくる。
気持ちよさそうに風呂に浸かっている父親を、無理に呼ぶのは少し気が引けた。
健一は風呂場のドアを少しだけ開いて声をかけた。
「父さん。もうすぐ夕飯できるって」
「ん、健一帰っていたのか。わかった。すぐ行く」
健一の父親、剛は峰子とは真逆であまりしゃべる性格ではない。いつも少し笑っていて、穏やかな性格だ。
健一が子供のころは怒るのは基本峰子で、剛は特に何も言わずに常に優しく接していた。 そんな行動を健一の母親は咎め、健一と一緒に父親もよく怒られていた。健一にとっては、その時間が少し楽しく感じられた時間だった。
その後の健一は、峰子が作ったカレーを家族3人で静かに食べた。その静かさはけして居心地の悪いものではなく、むしろ暖かさを健一に感じさせた。
(やっぱり、家族はいいな)
健一はおやじ臭いと苦笑しながら、夕食の時間を過ごした。
家族みんな(ほとんどは健一と剛)で鍋の中のカレーを残さず食べ尽くした後、健一は峰子の皿洗いを手伝おうとしたのだが、本人に止められた。
「健一。こっちはいいから風呂にはいりなさいな。あんた、汗くさいわよ?」
「え、まじで?」
そういえば、今日は授業中エアコンを使えないという拷問を受けた後だ。帰りも歩きだったので、結構な汗をかいていたのを思い出す。
「それに、父さんが入った後だからまだ温かいはずよ。あ、ついでに入浴剤も入れてくれると助かる。母さん入るの最後だから」
「それ、遠回しに俺と父さんが傷つくんですが……」
峰子は最後の一言を全面的に無視し、鼻歌を歌いながら皿洗いを始めた。
(父さんと同じ歌を歌ってるあたり、夫婦円満なはずなんだけどな……)
「そこんとこ、父さん的にはどうよ?」
「いやー、母さんには敵わないな」
「私に勝とうなんて1000年早いわよ」
「あれ!?そういう会話だったっけ!?」
都合のいい耳を持つ峰子に、剛が一生の敗北宣言をされて話は終わった。
「あー、生き返るー」
健一は風呂に浸かりながら、至福の時を過ごしていた。
今は夏だが、やはり風呂というものは毎日浸からなくては気が済まないのが湯川家であった。
「あー、レポートめんどくせぇ……」
健一の通っている大学では課題がかなり出る。そのため、健一はここ最近まともに睡眠をとれていない。そのせいもあってか、つい風呂の中で寝てしまいそうになる。
「と、いけない。ここで寝たら死ぬっての」
昔から風呂で寝ると死ぬと、健一は峰子に口酸っぱく言われてきた。
これはどの家庭でも同じだろう。
「でも、なんで死ぬんだ?……うん、わからん。今度将也に聞いてみるか」
考えることが好きではない健一は、早急に解答権を将也に譲った。
確かに、医学部で博学の将也ならきっと答えてくれるだろう。
健一はそんな一方的な期待を持ち、風呂から上がる。
「よし、そろそろ課題やるか……ん?」
それはあまりにも些細なことだった。
健一の右手の骨が少しばかり浮き出ていた。それは、痩せ細った老人の手を連想させるものだった
「風呂に入りすぎたか?……ん、これも後で将也に聞いてみるか」
健一はまたしても考えることを放棄し、風呂から出た。
しかし、この些細なことが健一を大きく苦しめることになる。そのことに健一は、気づくことはなかった。
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