第七章 神の住む村

第62話 朝食

 白蛇事件から一夜明け、庸平はプレハブ小屋の自室で目を覚ます。

 目を開いたとたんに少女の顔が目の前にあり、思わず息を吐いた。


「うわー、あるじ様はそのような戯れがお好きか? わらわの顔に主様のつばが掛かってぬるぬるじゃぁぁぁ……」


 白い着物の袖で顔を拭きながら銀髪少女が言った。

 

「おおお、おまえ……今、俺に何をしようとしていた?」


 庸平は両手足をばたつかせて布団から飛び出した。


「妾はただ、主様が目を覚ましそうだったので、顔をのぞき込んでいただけなのだが……いけなかったか?」


 銀髪少女は首を傾げて言った。

 その正体は400年前にこの村で非業の死を遂げた姫と白蛇の融合体。


「い、いや……見ていただけか。それなら良いのだが……」

「おや? もしや主様、妾の美貌に欲情なされたか? ん? どうじゃ? 妾は脱いだらもっとすごいぞ?」


 銀髪少女は着物を緩めて肩を出し、挑発し始めた。

 庸平が目を逸らすとその視線の先に入ろうとする銀髪少女。


「やめておけ白蛇。この時代の15歳は400年前とは違いまだまだ幼い。若造の顔を見てみろ。どうして良いかわからずうろたえておるぞだけだぞ?」


 赤鬼が声をかけた。

 普段は夜の散歩に行って不在なはずの朝の時間帯に彼は珍しく部屋にいた。


「う、うるさい! 俺を子供扱いするな! お前、昨夜は散歩に出かけなかったのか?」

「フム……、白蛇が若造の寝顔をじっと見つめて、何か企んでいたようでな。ワシはそれを一晩中監視しておったのだが……余計なお世話であったか?」


 腕組みをした格好で、片目を開けて赤鬼がいった。


「い、いや……すまん……それは助かったよ赤鬼!」

「礼には及ばん。白蛇と小僧が契りを交わすようなことがあったら、我ら式神の序列が入れ替わってしまうからな。ワシはそれを阻止したまでのこと。フハハハハ……」

「ち、契りを交わすって……ま、まさか……」


 庸平が慌てて銀髪少女を見る。


 白蛇は恥ずかしそうに顔を背けるが……

 その顔はにやりと笑っていた。


 青ざめる庸平。 


「ではワシは朝の散歩に行ってくるからな、白蛇の行動には充分注意するのだな」

「あ、ああ……いざとなったら白虎たちもいるから大丈夫だ……と思う」


 すっかり小心者に成り下がった庸平は白虎の方を見ながらそう答えた。

 真夏とはいえ、山の中にある豊田家の朝は薄寒い。

 白猫、茶猫、黒猫の三匹は仲良く一つの座布団の上で就寝中である。



 すっかり目の覚めた庸平は母屋へ入る。


「祖父さん、また畑に行ったのか……本当に朝早いよな……」


 庸平は玄関に祖父の長靴がないことに気づき呟いた。


「主様はご祖父と暮らしておるのか? お父上とではなくて?」


 背後から銀髪少女の声。

 彼女は庸平の暮らしぶりに興味津々という様子で付いてきていた。


「この家では親父と祖父さんと3人で暮らしているんだ」

「そ、そうか……3人暮らし……あれ? おかしいな……」


 どういう理由かわからないが戸惑っている。


「どうした? 何か気になっているのか?」

「い、いや……すまぬ。妾の思い違いだろう、何でもない、気にしないでくだされ」


 何とも歯切れの悪い銀髪少女だが……

 庸平はそれ以上詮索するのをやめた。


 台所に立つ。


「主様、何をされておる?」

「ん? 朝飯を作っているんだが」

「なぜじゃ……それは主様の仕事ではなかろう。料理番にさせれば良い!」

「あいにく、うちにはそんなものいないからな。というか、現代の一般家庭で料理番を雇っている家なんてあるのか?」

「そうか……大変じゃのぉ……男所帯では男が台所に立つか。それも時代の流れか……」


 銀髪少女は見た目こそ少女なれど、その精神は戦国時代に生きた城主の娘である。


「そう言うなら白蛇、お前が飯を作ってくれるか? この家で唯一の女だろ?」

「はあっ!? 妾に料理番をやれと? はあっ!?」


 口に手を当ててよろける銀髪少女。


「冗談だよ、城の姫さんにそんなことはさせないから安心しろ」

「そ、そうか……冗談……か……」


 ホッとしたからか、頬をほんのり桜色にさせて少女は微笑んだ。



「うほっ! び、びっくりした。庸平が女の子を連れ込んだかと思ったぞ……」


 庸平の父が歯を磨きながら台所へやってきた。


「おお、久しぶ――」

「わおーっ、可愛いべっぴんさんじゃないかぁー、庸平も隅には置けないなぁー、はっはっはー」


 少女の言葉をかき消すように父が大きな声を上げた。

 明らかに不自然。


「親父、もしかしてそいつの正体がわかるのか? 白蛇が変化した姿なんだが?」

「そうかそうかー、白蛇が変化した姿とはなぁー。父さんに分かるわけないじゃないかぁー。君、白い着物が似合ってるねぇー、はっはっはー」


 庸平は不自然極まりない父の様子を訝しがる。


「おお、今日はアジの開きか。旨そうだなぁー」


 食卓についた父は大げさに言った。

 まるで庸平の追求を拒否するように――  


「白蛇、お前も一緒に食うか?」

「えっ? 良いのか?」

「ああ。もし食えるのなら……」

「妾は食わなくとも困らぬが、食うこともできるぞ。主様が食えというなら……」


 両手の指を絡めながらきょろきょろ視線を移しながら少女が答えた。


「よし、食おう! たとえ魔物でも食卓が華やかになるのは良いことだ。なあ親父、良いよな?」

「お、おう。そうだな。一緒に食おうではないか、白蛇よ」


 庸平は父の様子がどうも気にかかる。


 しかし、父と白蛇との3人で囲む食卓は意外なほどに楽しかった。

 

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