第61話 銀髪の少女

「君たちはそこで何をしている……?」


 背後から男の声がした。

 庸平たちが振り向くと、中年の男がふらつきながら近づいてきていた。

 智恵子を襲おうとしたサラリーマン風の男である。


「このぉ、変態オヤジがぁ――!」

「豊田君、もういいのよ!」


 殴りかかろうとする庸平を智恵子が止めた。

 中年の男はビクッとして後ろに下がる。

 庸平に跳び蹴りをされた記憶が蘇ったのだろうか。


「しかしおまえ……もう少しで……」

「ウチはもういいから! それに……これ以上やると……佳乃ちゃんが……」

「佳乃……が……?」


 智恵子の言葉の意味が分からず、庸平は佳乃を見る。

 そこにはぶるぶる肩を震わせ、俯いている佳乃の姿があった。

 月明かりの青白い光りの中にあっても分かるほどに、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。


「ごめん智恵子……庸平もごめんね……」

「どうした佳乃? お前この中年変態オヤジの知り合いか?」

「知り合いというか……」

「あっ、そうか! ご近所さんか? こんな変態が近所にいるんじゃ物騒――」


「私のお父さん……だから!」


 手を固く握った手を振り下ろして佳乃は叫んだ。


「そうだろう、やはり物騒………………えっ!?」


 固まる庸平。


「本当に……ごめん……」


「ええ――!? ウソだろう――?」


 庸平の声が夜の住宅街に響く。



「貴様が豊田家の息子か。これ以上私の娘に近づくな!」


 父は佳乃の肩を掴んで、庸平から引き離す。


「えっ……?」


 呆気にとられる庸平。


「貴様さえいなければ娘は平穏無事に中学校生活を送れたものを、貴様のせいで娘の生活がぐちゃぐちゃになったんだ。それに飽き足らず私の家にまで手をかけようとしているのか貴様は?」


「はぁ――――!?」


 人間はあまりにも理不尽な言われ方をしたとき、相手の言葉が理解できなくなることがある。今のは自分の聞き間違えではないか……と。自分自身に疑心暗鬼に陥ってしまう。


 庸平は目眩を覚えていた。


 佳乃は父の手を振り払い、父を睨み上げる。

 身体が怒りに震えた。

 そして、口を開き第一声のその直前に――


わらわもひどい仕打ちを受けたが……その少女も相当のものよのぉ……」


 初めて聞く若い女性の透き通るような声――


「その少女と主様あるじさまは好き合っておる。それを無理に引き離そうとするそなたは鬼であろうか?」


 佳乃の父に向けて呆れたようにそう言い放つ若い女性は、白い着物に赤い帯。

 大人びた声の割には見た目は幼さの残る赤い瞳の少女。

 銀色に輝く長い髪が夜風に揺れていた。


「いや、鬼でもそんな無粋なことはしないぞ?」


 隣家の塀の上に腰をかけた赤鬼が甲高い声で銀髪の女に声をかける。


「おい赤鬼……あの白い着物の女はもしかして……」

「うむ。白蛇の変化へんげした本来の姿であろう」

「と言うことは……あの白い婆さんのなれの果てか?」

「誰がなれの果てじゃ!」


 庸平の言葉はどうやら地雷だったようだ。

 銀髪の少女は細い腕をぶんぶん振って怒り出した。


「ごほん……妾は主様の色恋沙汰に口をはさみはせん。主様が胸のでかい寺の娘ではなく、その平たい胸の女を選ぶことにも異存はない――」


「ねえ、その平たい胸の女って、私の……こと……かな?」


 佳乃が顔を引きつらせて銀髪の少女に向かって行く。


「佳乃は堪えてくれ! 話がややこしくなるから!」


 庸平が佳乃の腕を掴み引き留めた。 


「俺のことを主様と呼ぶということは、俺の式神になってくれるのか?」


 庸平が銀髪の少女に向かって問う。


「そうじゃ主様。妾は15の時に非業の死を遂げた姫の魂と白蛇が融合した魔物。主様の先祖にだまされて式神になったとはいえ、そのことにもはや恨みはありませぬ。こうして主様に出会えたことに感謝じゃ。どうぞよろしく頼みます」


 白蛇は深々と頭を下げる。

 そして、頭を上げて銀色の髪を払い上げる。

 赤いふっくらとした唇から白い歯がこぼれた。

 それは戦国時代から四百年数十年振りの笑顔――


「うわぁぁぁ、私の家が、家の中がめちゃくちゃになっているぞぉぉぉー!」


 坂本家の方から佳乃の父の声が聞こえた。


「あなた落ち着いて、家族が無事ならいいじゃないですか!」


 佳乃の母の声も聞こえた。


 庸平と佳乃は顔を見合わせ、同時にため息を吐いた。

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