第59話 白蛇討伐

 佳乃は白蛇を睨み付ける。

 一方で、智恵子には安全な場所へ下がるように手で指図する。

 智恵子と入れ替わるようなタイミングで庸平が来た。


「俺が九字を切る間、時間を稼いで欲しいのだが……できそうか?」


「やるしかないんでしょう? いいわ、私に任せて。今の私、負ける気がしないから」


 佳乃はニヤリと笑い、手の指を開く。

 すると、指の先から鋭く尖った爪が突き出した。

 

 肩に掛かる黒髪がゆらりと広がる。

 低い姿勢をとり、一気に地面を蹴る。


 白蛇は口を開けて襲いかかる。


 高度10メートルで交錯する佳乃と白蛇。


 空中でくるりと体をひねった佳乃は白蛇の牙をかわし、その鼻っ面を両足で蹴り、更に高くジャンプする。


 勢い余って再び頭部を地面に激突させるところを白蛇は踏ん張り、ぐいっと頭を地面すれすれに這わせてくる。そこに九字を切っている途中の庸平がいた。

  

『キェェェェ――……』

『キュェェェ――……』


 二匹の龍の声が庸平の背後から聞こえた次の瞬間には、彼の体は上空を疾走していた。


「き、黄龍、黒龍……助かったぜ! ――ぐはッ!」


 ミニサイズの黄龍の背中にまたがり、庸平は背中を押さえる。


 黄龍は狙い通りに主人である庸平を助けたが、黒龍は庸平の背中を突き刺すような勢いでタックルしていた。それが狙い通りなのか照準が外れた結果なのかは定かではない。


「内臓が損傷していなければいいが……」


 若干、吐血している。庸平はあとで赤鬼の治療を受ければ何とかなるレベルであることを祈った。  


 二匹の龍は庸平を乗せて高度50メートルまで上昇した。

 そこから二匹の龍は白蛇に向かって急降下する。

 下から見ると、まるで星空に溶け込むように庸平の体は宙に浮いた。

 そして、落下を始める。


 眼下には真っ暗な大地に集落の明かりが点々と灯っている。


 庸平はそれを見た瞬間、人のぬくもりを感じた。

 村では散々な目に遭ってきたが、楽しい思い出もできた。

 区画整理された住宅地の中心には大切な仲間もいる。


 今の暮らしを守りたい。


 庸平はそう思った。


 ポケットから取り出した霊符を左手に持ち、右手で手刀を切っていく。


「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女――我が身に宿した力の総てを二匹の龍に戻し給え――急急如律令ォォォォォ!」


 手から離れた霊符が、急降下中の二匹の龍へ向かう。

 黄金色の光が闇夜をひと息に明るく変えて、集落を照らす。

 黄龍と黒龍は全長20メートル級の本来のサイズに戻っていた。


「キェェェェェェェェェ――!」

「キュェェェェェェェェ――!」

 

 白蛇の上半身に黄龍が、下半身に黒龍が巻き付く。


 妖術は効かなくとも物理的な攻撃は通用する状況下において、白蛇対二匹の龍の力の差は歴然としていた。


「若造! 得物をとれ――!」


 赤鬼の甲高い声が自由落下中の庸平の耳に届く。

 黄龍の放つ黄色い光の中から突然に日本刀が出現した。

 隣家の庭木に突き刺さっていた刀を赤鬼が送ってくれたのだ。


 間もなく白蛇の頭上へと落下する。

 

 しかし、力の総てを二匹の龍へと戻してしまった庸平には、もはや刀を振る力も残ってはいなかった。


「佳乃――――!」


 今、一番必要としている者の名を叫ぶ。

 それは白虎でも赤鬼でもなく、『佳乃』だった。


 次の瞬間、光の中から突然に佳乃の姿が現れ、二人は激突した。

 またしても吐血する庸平。

 だが、表情は晴れやかである。


「俺たちで白蛇を討伐するぞ!」

「はいっ!」


 佳乃の両手が庸平の右手を包み込み――


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!!」


 2人は声を合わせて白蛇の頭を切りつける。


 肉と骨を切り裂く音。


 白蛇の頭が路面を陥没させてめり込んだ。


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