第58話 佳乃炸裂
白蛇の牙が佳乃に届くと思われた時――
「ウチは此処にいるよぉぉぉぉぉー!」
若い女の声が響いた。
道路の突き当たり、100メートル先にその女の姿があった。
「白蛇、あなたはウチに復讐したくて祠から出てきたんでしょう? だから佳乃ちゃんには手を出さないで! ウチが相手になるから!」
その女は長谷川智恵子。
彼女は父から白蛇伝説の話を聞いた。その直後、下ヶ智寺へ赤鬼が立ち寄っていた。赤鬼は白蛇が下ヶ智寺へ襲いにくる可能性があることを警告しに行ったのであるが、彼女はすぐに今朝会った老婆の正体が白蛇であることに気付いたのだ。そして、白蛇の本当の狙いは下ヶ智寺の娘である自分であることにも……
白蛇は佳乃を素通りしてその先に立つ智恵子に迫る。
白い大蛇の勢いに押されるように智恵子は1歩、2歩と後退する。
3歩目でぐっと堪え、歯を食いしばる。
赤く不気味に光る目を細め、白蛇はぐにょりぐりょりと近づいていく。
「あ……あなたは……400年前、この村の男に襲われた……その事は同じ女として同情する……わ」
智恵子の声は震えている。
白蛇は左側の目を智恵子の鼻先まで近づける。
ボウリング玉のような大きさの沈んだあかい瞳。
智恵子はそれを直視することが出来ず、目を逸らす。
身体全体から冷や汗が吹き出してくる。
「で……でも……それは、もう遠い過去の話。もう……終わりにしない……かな?」
本来、ヘビには瞼はない。
しかし、白蛇は目を細め智恵子の全身を足元から頭のてっぺんまでなめ回すように見つめる。
まるで彼女の言葉の真意を探ろうとしているように。
「うちの寺に……あなたの亡骸が……眠っている。あなたはそれを取り戻したかったんだよ……ね? だから……朝、私に紙人形を渡して、寺の結界内に入ろうとしたんだよね?」
白蛇はぺろりと舌を出し入れする。
智恵子の話に聞き入っているのだろうか。
「ウチが……連れて行ってあげるから……今から……」
すると白蛇は、ぬうっと首を持ち上げて、夜空を見上げるような仕草をする。
まるで、何かを考え始めたかのように。
そしてうなり声のような低い声でしゃべり始める――
「うぬはなにか思い違いをしておる――」
「えっ……思い違い?」
「確かに自分の身体を取り戻したいと願ったころもあった。しかし、今は違う――」
「じゃあ……なにを?」
「妾は……妾の身体を
確かに下ヶ智寺には姫の墓が祀られている。
しかし……
「そ、そんな封じ込めたなんて…… 死体を丁重に葬ったの間違えでしょう?」
「いや違う。妾が白蛇に化けて出て行くところを見た村の人間共は、妾の亡骸を呪術により封印した。そしてこの白蛇の体もまた陰陽師に騙され、封印された。しかしこの身が自由になった今は、妾の亡骸などどうでもいいこと――」
「じゃあ……あなたの望みは……?」
「わたしの望みか……それは妾が村の男に穢されたのと同じ年の村の娘を同じ目に遭わせること。15歳になった村の娘を1人残らず村の男共に襲わせてやるのじゃ!」
「そ、そんな……ひどい……」
「そんな酷いことをやったのがお前たち村の衆だ。まずはうぬから復讐を始めることにしよう――」
白蛇が夜空に向かって雄叫びのような声をあげる。
超音波のような高周波と地鳴りのような低周波が入り交じる。
智恵子は手で耳を塞いだ。そうでもしなければ気が狂いそうだ。
次の瞬間――
智恵子の肩を何者かが力任せに掴んできた。
驚いて後ろを振り返ると、サラリーマン風の中年男性がいた。
目がうつろで、一目で正気ではないことがわかる。
「な、何をするの!? 離してください!」
しかし中年男性は表情を一切変えることなく、智恵子の背後から羽交い締めにしてくる。
男の手が智恵子の豊かな胸元のボタンを引きちぎる――
「いやぁぁぁぁぁぁ――!」
智恵子が身をかがめると、男はその後ろから更に体を密着させようと――
「この変態オヤジがぁぁぁ――――!」
庸平が中年男性の顔面を跳び蹴りした。
明らかに人間の跳躍力を超えた領域。
陰陽術の力を使った超人的な瞬発力で中年男性の体は風に煽られる紙くずのように地面に転がった。
ともに吹き飛ばされる智恵子の体を佳乃が抱え込む。
佳乃も人間離れした身体能力――白虎との同化を済ませていた。
「智恵子……どうしてあなたがここに?」
「赤鬼さんから状況を聞いて飛んできたんだけれど……ごめんね佳乃ちゃん……ウチが厄介ごとに引き込んじゃったみたい!」
「そんな……智恵子はちゃんと助けに来てくれたじゃない。それに……なんか私こそごめんね……」
佳乃は倒れている中年男性を一瞥し、智恵子の胸がはだけていることを気遣う。
「うぬらはまたしても妾の邪魔をするか……ならばその女は不要じゃ! 死ぬがいい――!」
白蛇は大きな口を開き、智恵子の頭上からかぶりつこうとする。
――が。
佳乃は腕一本で白蛇の牙を受け止める。
白い牙を片手で握りしめ、
「いい加減にしなさいよアンタ……私の親友はアンタの復讐の道具じゃないんだからァァァ――――!!!」
地面にねじ込むように白蛇の頭部をアスファルトの路面に叩きつける。
アスファルトは裂け、そこに白蛇の頭部はめり込んでいった。
「つ、強えぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
庸平は興奮し叫んだ。
「やはりあの女は怒りの感情で力を増幅させる。それに白虎のポテンシャルが加わって無敵なパワーを発揮する。恐ろしい女よのぉー」
顎をさすりながら赤鬼が解説した。
「しかし、相手は蛇……この位の衝撃ではすぐに復活してくるぞ……」
赤鬼の予想通り、白蛇はめり込んだ頭を引き抜き、再び上空に持ち上げる。
真っ赤な超新星のように、2つの赤い目が佳乃に向けられていた。
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