第15話 炎の太刀

 今、赤鬼の巨体を吹き飛ばしたほどの力を見せつけた彼が、今更何を慌てているのだろうか。事情が分からない生徒達は、庸平が慌てる様子に呆気にとられていた。


「最弱……お前は何を慌てているんだ?」

 吉岡が声をかける。

「豊田君……霊符ならあなたのポケットにまだ入っているんじゃないの? 何ならまだ私、新しいメモ用紙を持っているけど……」

 佳乃がウサギ印のメモ用紙を取り出して見せる。

「いや、そうじゃないんだ! 9枚の霊符は特別な意味がある物で、代わりがすぐに書けるってもんじゃないんだよ……」

 庸平は赤鬼がいた辺りの地面を掻き分け、必死に捜索している。

 赤鬼の金棒によって地面はめくりあがり、特別な意味のある霊符がそのすき間に入り込んでいるのではと推測しているようだ。


 生徒達がどよめく。

 体育倉庫まで飛ばされていた赤鬼がむくりと立ち上がったのである。


「アイツ、まだ生きていたのか……」

「怖いわ……すごい目で睨んでいるわ……」

「最弱君……もう一度さっきの術で……」


 生徒達が口々に庸平に声をかけてくる。

 そんな声は彼の耳には届かない。


「ねえ、私も一緒に探すからどんな霊符なのか教えてよ!」

 佳乃は、めくれあがった土の塊を持ち上げて下をのぞき込む庸平に声をかける。

「ああ、中二病の坂本なら分かるかな……帝台ていたい、文王、三台、玉女の図柄を描いた霊符なんだけど……それがないと破邪の法が完成しないんだ……」

「は、破邪の法! それがあなたの最終兵器――なのね!?」

「……さすが中二病の坂本だな。話が早くて助かるぜ。さっきの術はあまでも時間稼ぎにやっただけなんだ。破邪の法を完成させるまでのな――」

「か、カッコ良い……」


 佳乃はきらきらした瞳で庸平を見る。

 そこへ4人の女子が、2人の間に分け入るように――


「先輩! これ私のところに飛んできてきましたよ?」

「豊田先輩、こちらにも落ちていましたよ?」

「先輩、どうぞ!」

「先輩、頑張って下さい!」


 4人の1年女子が届けてくれた。その光景はさながらバレンタインデーに後輩からチョコを受け取るモテモテの男子生徒のようだが、彼が受け取っているのは彼が落とした霊符である。


 1年女子4人と佳乃を下がらせ、庸平は最初に置いた5枚の霊符の中心に立つ。

 残り4枚の霊符を左手に持ち替え、右手の人差し指と中指を伸ばした『手刀』で縦、横に格子を書いていく――


「青龍! 白虎! 朱雀! 玄武!」


 それは四方を司る霊獣。

 それぞれに描かれた霊獣の姿が青・白・赤に光輝き、最後1枚はむくりと起き上がる。それに呼応するタイミングで4枚の霊符が空中に舞い上がった。

 が宿り、上空に舞い上がる。


 赤鬼は――


「む!? あの光景を現在の世でまた見られるとは……いや、しかし、まだ術は荒削りだ。中途半端な強さは命取りになるものだ。ならば……今、叩き潰してやるか……」


 ダンッと地面を蹴り、赤鬼は300メートル先の庸平に迫っていく。


 庸平は手刀を縦に切ると同時に――


「勾陳!」


 5枚目の足下の霊符に触れると、大地に赤い炎で形成された五角形の魔法陣が出現する。


 赤鬼が庸平に向けて金棒を振り下ろす。

 しかし、それが地面を叩き潰す瞬間に、彼の姿が消えてなくなった。

 赤鬼の目にはそのように写った。 


 激しく地面を叩いた金棒は、まるで隕石が落下したように校庭にくぼみを作った。

 次に赤鬼が目にしたのは、遙か上空に浮かぶ豊田庸平の姿であった――


 彼は4枚の霊符を空中に投げながら、手刀を切る。


「帝台! 文王! 三台! 玉女!」


 空中で手刀を切り、4枚の霊符に魂を吹き込む。

 これで『破邪の法』が完成した。

 

 庸平の体から紅蓮の炎が湧き起こり、右手のその先は炎の太刀が形成されている。


「その術を習得したのだ!? それは何者にも伝承されていないはずの――ぐっ!」


 めくれあがった地面の窪みの中心に突き刺さった金棒を抜いた赤鬼は、そう叫びながら金棒を頭上の庸平に向けて振り上げる。

 赤鬼の目には、金棒が庸平の頭をたたき割るように見えた。

 しかし、それは幻影――

 

 庸平は金棒を炎の太刀でいなし、遠間に構え直し、息を吐いた。

 彼の頭上には四方を司る霊獣が宿る霊符が、彼の指示を待つように待機。

 足下には勾陳が宿る霊符を中心とした5角形の魔法陣が形成され、その周りを残りの4枚の霊符が意志をもってクルクル回っている。


「陰陽師の術は式神を操る。その式神は数式と同じようにその形を知り活用することで発動する、本来は誰にでも扱える存在だ。俺はそれを先祖が残した本によって知った。俺たち人間はな……本によって知識を子孫に残す技を皆習得しているんだ!」


「ね、ねえ……その本……私に後で貸してくれない……かな……?」


 佳乃がもじもじして口を挟んでくるが、庸平は敢えて無視した。


「たしかにお前が言うように、人間は弱い。3人集まればすぐ競争して順位を決めたがる。そのくせ1人でできることなんてたかが知れている。人間は群れなければ何もできない弱い存在だ。それは認める。でも……そうやって群れることで何でも実現させてきたんだ。ちょっとやり過て地球を破壊するぐらいの力を持っているのが人間なんだよ。お前ら魔物らには理解できないだろうけどさ!」


 赤鬼は庸平の言葉を聞いて、しばらく考え込んだ。


「……しかし、若造の力は突出しておるぞ? その力をもってすれば群れずともお前はやっていけるだろう。何なら、こやつらを力で支配することもできるはず……なのになぜこやつらを守ろうとするのだ? ワシにはそれが分からん……」


 そう問われた庸平は、周囲の様子を見回す。

 生徒達は生唾を飲み込み、彼の次の言葉を聞こうとしている。

 しんと静まりかえった校庭の真ん中で、庸平はフッと笑いをこぼし――


「俺……これだけ多くの人間から期待されるのって、多分生まれて初めての経験だからさ、今日はとても気分が良いのさ。それに――」


 そして、佳乃を見る。

 彼女は瞳をキラキラさせながら見つめてくる。


「守りたいと思える仲間もできたからっ!」


 魔法陣を蹴り、庸平は赤鬼に向かって跳ぶ。

 赤鬼も金棒を肩に担ぎ上げ、斜めに切り下ろしていく。


 金棒が空気を切り裂き、庸平の体を真っ二つに裂く――

 しかしそれは幻影――


 赤鬼は顔をしかめて膝を付く。

 

 勝負は先の一瞬で決していたのだ。斜めに振り下ろされる金棒よりも早く庸平は間合いを詰め、赤鬼の胴を切り裂いていた。


 赤鬼の体から白い霧が立ち上り、周囲を包み込んでいく。


 やがて霧が晴れたころには赤鬼の巨体は姿を消していた――

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