第16話 決着

 佳乃は庸平の手をとり、ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。

 やがて歓声が起こり、生徒たちが2人を囲んだ。


 庸平は輪の外に吉岡を見つけ、彼に歩み寄る。

 庸平に道を空けて見つめる生徒達は口々に賞賛の言葉を投げかける。


 吉岡の前で立ち止まり、右手を差し出す。

 吉岡は戸惑いの表情を浮かべ庸平の顔を見る。

 庸平は晴れやかな笑顔。

 吉岡は唇を噛みしめ、無理矢理に口の端を上げた。


 固く握手を交わし戦いは終結を向かえた――


「赤鬼は、俺の悪しき心が呼び寄せたのかも知れない……」


 吉岡は呟いた。彼はクラスの佳乃や庸平を最弱と呼び、皆にいじめを煽動せんどうしていた自分の行いが赤鬼を魔界から引き寄せたのではと考えていた。

 その言葉を聞いた庸平は、ふっと息を吐き――


「そういうことも……あるかもな……」

「いや、それはちがうぞ!?」


 庸平の言葉を遮るように甲高い声がかかった。

 庸平と吉岡は後ろを振り向くが、そこには誰の姿もない。


「な、なんだあの生き物はぁぁぁ――!?」

「ひぃぃぃ――……」


 2人を囲んでいた生徒達が一斉に後ずさりを始めた。

 佳乃に至っては、腰を抜かしたように地面に尻餅をついていた。


「と、豊田君……そ、そこに……足元に……」


 佳乃が庸平の足元に指を差す。

 庸平が足元に視線を下ろすと、何と体長30センチメートルほどのミニチュアサイズに縮まった赤鬼が自分を見上げていた。


「お前まだ生きていたのか!」

「ワシら魔物に死という概念は存在しないのだ。そんなことよりも――」

 赤鬼は身をかがめ、庸平の肩に跳び乗り、

「この中の誰かがワシを呼んでいたんだよ」

「なに!? お前を呼んだ人間がこの中にいるというのか?」


 庸平は驚愕した。それが真実ならば、今日の出来事は偶然起きたわけではなく、誰かが仕組んだということになる。


「そうさ、ワシが降り立った場所に毎日のように魔法陣を書いていた人間がいてな。以前から気になっていたのだ。それで今日来てみたら、100年振りの現世で楽しくなっちゃってさあー。お前が止めなかったら本当に皆殺しで新たな歴史をこの地に刻むところだったわい! フハハハハハハハ――」


 庸平の肩に足を乗せ、頭に手を置いたミニサイズの赤鬼から、そんな恐ろしい言葉が飛び出し、生徒達は改めて恐怖した。

 そんな中、腰が抜けた状態からようやく起き上がろうとしていた佳乃の動きがぴたりと止まる。彼女の額に汗がにじみ出てくる――


「赤鬼が降り立った場所って……屋上だよな……?」


 庸平は校舎を見上げ、続いて腕を組んで考え始める。

 そろりと立ち去ろうとする佳乃の背後から――


「お前が呼んだのかぁぁぁ――!?」


 庸平は両拳で佳乃の頭をぐりぐりして問い詰める。


「知りません、知りません、知りません! 私はただ屋上で毎日黒魔術の練習をしていただけですぅぅぅ――!」


 佳乃は痛がり手をぱたぱたさせる。

 その様子を庸平の頭の上からのぞき込む赤鬼。


 やがて生徒達が――


「つまりは最弱の豊田が元最弱の坂本と共謀して今回の騒動を企てたということか?」

「ええーっ? じゃあ今回の件はあの二人の自作自演だったの?」

「私、ちょっと豊田先輩が格好良いなと思っちゃったけど、騙されていたのね!」


 次第に不穏な空気に変わってきた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。誤解しないでくれ! 俺は坂本の黒魔術とは何も関係ないからなぁぁぁ――!」

 

 慌てて否定する庸平の腕を掴み佳乃が――


「この人が使っていた霊符は、私の黒魔術の呪文をかけた紙なんです!」

「はぁー? お前何言ってんの? まあ、それは間違いではないけど……」


 頬をボリボリ掻きながら、庸平はもうそれ以上の言い訳はしなかった。



 赤鬼の結界が解け、無事に通信網も復旧し救急車が到着する。幸い、大怪我をしている体育教師も数カ所の骨折があるものの命に別状はなかった。生徒のけが人も多数出たものの、多くは『屋上への落下物』による衝撃による怪我である。


 吉岡は生徒達の指揮をとり、庸平と佳乃はせわしなく働かされることとなった。


「くそっ、俺の立場は何も変わらずかよ!」


 庸平は3年生の教室から運んできた通学用バッグの山を抱えながら嘆く。


「どうして私まで手伝わされているの!? わけかわんなーい!」


 隣には同じく通学用バッグの山を抱えて文句を言っている佳乃がいる。

 2人が昇降口から出ると、生徒達が集まり各自のバッグを受け取り、三三五五帰宅していく。


 最後に残ったのは佳乃の『親友』の長谷川智恵子。彼女は佳乃に何かを言おうとしていたが、佳乃が目を逸らしたことで何も言えずにバッグを受けとり去って行く。


 屋上の手すりに腰をかけた赤鬼が、その様子を興味深そうに眺めていた。

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