第14話 障壁結界

「ぐぬぬ……ワシの幻影を看破かんぱしよる人間がまだこの世に居るとは……」


 黒光りのする戦国武将のような鎧を身に纏う赤鬼は、金棒を強く握りしめる。

 猛獣のような鋭い眼光は、華奢で腫れぼったい瞼のためいつも眠そうに見える冴えない男子中学生1人に向けられている。


「陰陽師のトヨダ……ぐぬぬ……その忌々しい名を再び耳にすることがあるとは……」


 赤鬼は金棒を地面に叩き付け――


「若造が真に陰陽師のトヨダというならば、この場にいる人間共の命を賭けてワシと戦え! 万が一にでもワシを倒せることができたなら――トヨダ、貴様の式神と成り下がるのも本望だわい……どうだ、戦うか?」


「……だからさ、俺は皆に助けてくれって頼まれちまったからさ、お前を成敗するってさっきも言ったじゃんか! 本当はこいつらがどうなろうと知ったことではないのだけど……人間をナメくさっているお前は許さない!」

   

 庸平は佳乃に離れるように指示をし、吉岡に身を預ける。

 そして、9枚の霊符をトランプのように右手で広げ――


「これはとある人物によって贈られた霊験あらたかな紙に、様々な人々の手から俺に引き継がれた油性ペンを使い、俺が祈りを込めて書いた霊符だ……」


 そう言いながら、彼は霊符を地面に1枚ずつ置いていく。

 その様子を鋭い眼光で赤鬼が見つめている。


「青龍、白虎、朱雀、玄武…… 中国神話において天の四方を司る霊獣……」


 東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武の位置に対応させて5メートル四方の正方形を作る。


勾陳こうちん、十二天将の一人・不動性を司る神――」


 正方形の中央に配置する。


「そして帝台ていだい――」

「豊田君……それ読み方ちがう……」


 佳乃が小声で指摘した。


「て・い・た・い、最後濁らないから」


 佳乃本人は口に手を当てて小声で話しているつもりなのだが、しんと静まりかえっていた校庭では皆に丸聞こえである。


 豊田家に代々伝わりし古文書には、ふりがなは振られていない。

 たまに読み間違えをするぐらいはドンマイなのである。


 だが、赤鬼にはそんな人間側の事情はどうでもいいことだった――


「さて、では始めようか……」


 赤鬼はもう待ちきれないとばかりに金棒を地面から抜き取り、肩に担ぐ。

 そして一歩前に出ようとしたとき――


「障壁結界――! 急急如律令!」


 庸平が9枚とは別の、ポケットからとりだした霊符数枚を空中に投げ上げた。

 すると、赤鬼の足下から高さ5メートルの透明な壁が出現。

 夕陽の反射によりそれが壁であることが視認できた。


「ほう……これが若造の力か……」


 赤鬼はニヤリと笑う。そして左手で障壁結界に触れようとしたとき――


「炎の宴・咲き乱れよ! 急急如律令!」


 庸平が再び霊符を空中に放り投げる。

 今度は50枚を超えるほどの大盤振る舞いである。

 霊符は1メートル程の球体に変化し、火の玉となり赤鬼に迫る。

 障壁結界に当たると透明な壁は消え去り、赤鬼の胸に直撃。

 赤鬼は距離にして300メートル、校庭の端にある体育倉庫まで飛ばされた。


 生徒達は『おおっ……』と感嘆の声を上げる。


 庸平は――――


 広げた右掌を赤鬼に向けてたポーズのまま静止していたが……


「あれ?」


 自分の右手を見て焦っている。


「あれれー? 残り4枚の霊符も飛んでいったー?!」


 そう、9枚の霊符のうち地面に置いた5枚を除く残り4枚が手から消えていたのだ。

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