第12話 止まった時間

「オニ役の坂本をつかまえたぞー!」

「僕たちの勝利だー!」

「やったぞぉぉぉ――!!」


 校庭では生徒達の歓喜の声が飛び交っていた。

 オニ役の坂本佳乃の腕を掴み、赤鬼の所へ連行していく吉岡を皆が口々に賞賛の声をかけている。まるで何かの優勝パレードのように、生徒達が二手に分かれてウイニングロードを形成していた。彼らは赤鬼が不思議な力で出現させた拳銃やライフル銃などの武器をまるで玩具のように振り回し、はしゃいでいる。


 しかし、当の吉岡は冴えない表情を浮かべている――


(楽しいと思える時間だっただと? 赤鬼に弄ばれてオレたちは殺し合いをしていたはずなのに、この女はそれが楽しかったと言ったのか。それとも俺の聞き間違えなのだろうか? 訳がわからねえ……俺は今、ここで何をしているんだろうか……)


 一方、吉岡に後ろ手を掴まれている佳乃は無表情――


(私は今から死ぬんだ……ああ、私の人生って何だったんだろう? 何のために生まれてきたんだろう……)


 佳乃の耳には生徒達の歓喜の声が安物のラジオから流れる音楽のように聞こえていた。それは自分にはどうでも良い、ただ聞こえてくるだけの雑音――


(私が死んだら……お父さんは悲しむかな? お父さんの再婚相手のあの人は……きっと悲しんだ振りぐらいはするだろう。前の学校の友達は絶対悲しんでくれるよね? でも、この学校の人達は……みんな私の死を喜んでいるみたい。あーあ、こんな学校に来ちゃったのが運の尽きね……もう、しょうがないなぁ……)


 佳乃は自らの死を悟ったことで、本能的に自分の立場をまるで他人事のように俯瞰で捉えようとしている。そうすることで現実の恐怖から逃避できるのである。


 やがて、佳乃と吉岡は赤鬼の目前に到着する。


「やはり生きておったな、オニ役の女よ。途中で気配が消えたので、ワシは心配したぞ。フハハハハ……」


 赤鬼は笑い声を上げながら、右手を上空にかざす。すると空から棒のような物が落ちてきた。

 それを頭上でキャッチし、棒の先端を地面に突くと凄まじい振動と共に地面がめくりあがった。

 シルエットは野球のバットに似てはいるが、ごつごつした突起があり、見る者を圧倒する迫力がある鉄の棒――それは『鬼に金棒』の『金棒』である。

 

「さあ、生けにえタイムの始まりだ!」


 赤鬼はにやりと笑った。


 吉岡は佳乃の背中に手をかける。

 この状況は二度目――オニ役を決めたときと同じ体勢となる。

 しかし今度は意外にも佳乃の背中は震えていない。

 前回は少し躊躇った彼であったが、今回はもう躊躇わない。

 佳乃の背中を赤鬼に向けて押し出す――


 ――ように見せかけたが、吉岡の手にはピンを抜いた手榴弾が握られていた。


「てめえが死にやがれぇぇぇ――!」


 吉岡は赤鬼に向かって手榴弾を投げる。

「伏せろ!」

 吉岡は佳乃を地面に押し倒し、彼女を庇うように覆い被さった。


 しかし――


 赤鬼はその行動をまるで予測していたかのような冷静さで、手榴弾を金棒の柄でちょこんと跳ね返す。

 手榴弾は吉岡と佳乃の脇腹付近から僅か30センチメートルの地点に転がった。


 吉岡は目を見開き――

 佳乃は目を固く閉じる。

 その瞬間、佳乃の脳裏に死んだ母の顔が思い浮かぶ。

 続いて豊田庸平の間抜け顔――

(なんでぇぇぇ――!?)

 佳乃が自分にツッコミを入れた次の瞬間―― 

 手榴弾からパッと光がこぼれ――


『ヒュィィィ――――ン……』


 空気を切り裂くような音。

 そして次々に何枚もの霊符が手榴弾を包み込み――


 『パーン』という乾いた音と共に光は収束した。


「豊田君の陰陽術!?」

「えっ? 最弱の奴の?」


 佳乃と吉岡は周囲を見回す。


 豊田庸平はその時、昇降口の前に立っていた。

 2人がいる場所から直線距離にして300メートル以上は離れていた。 

  

 

「あの人間は……呪術を使いよるのか……」


 赤鬼は庸平の華奢な体に目を凝らしながら呟いた。


 その様子を見た佳乃は、

「そうよ、あの人は不思議な呪術を使いこなす男。だからもう、あなたの好き勝手にはさせないわ! 覚悟しなさい!」

 赤鬼に向けて人差し指をビシッと突き出した。

「不思議な呪術……だと?」

 巨体な赤鬼は佳乃の気勢に押され気味だ。

 赤鬼と佳乃を見比べるように吉岡は目をぱちくりさせている。


 庸平は赤鬼に向かってゆっくりと歩いていた。

 彼は今、赤鬼の強さを見極めようとしている。

 屋上から見た時には圧倒的な破壊力を感じた。

 だが、今となってはそれほどの脅威とは思えない。

 何しろ今の赤鬼は、佳乃の中二病特有の大立ち回りに気後れしているくらいだから。


 それに――


「もしかして俺、本当に強くなってる?」


 佳乃が連行されている間に、彼は十分な数の霊符を用意できていた。

 そして新しい技もいくつか試すこともできていたのだ。


 赤鬼まであと50メートルという地点で彼は立ち止まる。

 赤鬼と庸平はにらみ合う。


「ワシは魔界からやってきた赤鬼なり! 貴様はいったい何者だ!?」


 庸平は大きく息を吸い、叫ぶ――


「俺は陰陽師の末裔……陰陽師の豊田庸平だ!」


 赤鬼は一瞬、息を飲むような仕草をするが、次第にニヤリと笑い始め――


「陰陽師だとぉ……フハハハ、何を言い出すかと思えば、陰陽師だとぉ? 昔、ワシを使役しておった人間はその技を習得するのには半生を費やしたと言っておったぞ? 貴様のような若造がそれを名乗るとはおかしなことよなぁ、フハハハハハ」


「うっ……そ、そう言われると……」

 赤鬼に笑われ一気に自信を喪失する庸平。

 陰陽師を名乗ってみたものの、古文書を読んで身につけただけの付け焼き刃の技では無理もない。


 しかも――


 生徒全員の視線を一斉に浴び、背中から変な汗が噴き出してくるこの不快感には耐えがたいものがある。


「頑張って! 豊田くん……」


 その時、佳乃の声が耳に届いた。中二病の彼女が目をきらきらさせて自分を応援している。自分に対する期待値のハードルが急上昇中なことに若干気後れするが……


 庸平は一歩前進し、赤鬼を睨み付ける。


「まあ……俺が若造なのは認める。陰陽師とは言っても今日がデビュー戦であることも認める。俺がこの場にいる生徒全員からいじめられている最弱であることも認める!」


 生徒達はざわめいた。それを庸平は確認し――


「だから、最弱の俺にはお前らを助ける力なんて持っていないのさ! そもそも俺はお前らが赤鬼にやられるところを見物に来たのさっ! 派手にボコられやがれ、くそったれ共がぁぁぁ――!」


 坂本佳乃は震えた。


(この人……本気で言っているんだ。そして音楽室でのあの言葉も本気だったんだ。それなのに私は……いじめられていた過去を封印して自分に嘘をついていた。これ以上自分を傷つけないように……心に蓋をして誤魔化していたんだ。でもそれでは本当の友達なんてできなかった。私の時間は半年前から止まったままだったんだ。でも……この人は……豊田君は……)


 生徒達は一斉に騒ぎ始める――


「最弱の奴は赤鬼の味方に付くってことか?」

「ボクたちが殺されるのを見物に来たって?」

「私たちを助けてくれるんじゃないんだ……」

「最弱のくせに……」

「でもあの人不思議な武器を持っているって……」

「ねえ、『おんみょうじ』って何なの?」

「オニ役の坂本を捕まえたんだから僕らは助かるんだよな……」

「赤鬼をあまり刺激しないで欲しいのだか……」


 庸平は生徒らの言葉を呆れたような表情で聞いている。

 そしてため息交じりに――


「お前らはどこまでご都合主義なんだ? 赤鬼の顔を見てみろ! ニヤニヤ笑っていやがる気持ち悪い顔をよぉ! お前らのボスにそっくりだよなぁ、おい!」


 と吐き捨てるように言い、吉岡に視線を送る。


 生徒達がざわめく中、吉岡は――


「その通りだ。確かに赤鬼は俺に似ている……それは認める! あいつは俺たちを皆殺しにするつもりでこのゲームを楽しんでいやがるんだ! 俺だったらそうすると思うからだ……」

 

 それを聞いた生徒達は騒然となる。


「フハハハハ、ワシの考えを見抜きよったか! しかし、それを知ったところで弱い人間の貴様らにはどうにもなるまいて、フハハハハハ……」


 赤鬼がまた高笑いをする。

 吉岡はそれを気に留めることなく、庸平に体を向ける。


 そして――


「俺には赤鬼を倒す力は無い……最弱、お前のその不思議な力でオレを助けてくれ、頼む!」


 吉岡は50メートル先の庸平に向かって深々と頭を下げた。


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