第11話 メモ用紙と黒魔術
音楽室前の廊下には銃撃音を聞きつけた生徒たちが続々と集まってきた。壁が破壊された音楽室から、『ボワッ』という音ともに真っ赤な炎が見えるたびにどよめいた。それに続く銃撃音に女子生徒は耳をふさぎ悲鳴を上げる。
「あと8分ほどで僕たちの負けだ……」
「私たち本当に殺されちゃうのかな?」
「今のうちにこっそり逃げ出そうか?」
「外には何もない空間が広がっているって、山田先生と吉岡先輩が言っていたわ……」
「山田先生はどこに行った?」
「赤鬼に見つかって……やられたらしい……」
下級生たちは口々に情報を交換し合っていた。音楽室で繰り広げられている緊迫した戦闘の様子と、目前に迫る死の恐怖――それを仲間とのコミュニケーションで緩和しようとしているのだった。
吉岡は、黒縁眼鏡と長髪男子とスイッチしながら攻撃を仕掛けていく。しかしその度に『最弱』のはずの男から反撃に遭い、元の位置への後退を余儀なくされていた。
吉岡は制服のポケットに手を突っ込む。そこには手榴弾が入っているのだ。
(このまま奴らが抵抗を続けるのなら、最悪これを使うしかない。そうすれば確実にあの二人は死ぬだろう……しかし、それでは赤鬼の思うつぼのような気がする……どうすればいい?)
吉岡は迷っていた。
*****
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!」
庸平は九字を唱え、手印を結ぶ。剣印の法によって3枚の霊符が浮き上がる。
この時、彼はすでに同時に3枚の霊符を扱えるまでになっていたが、実のところその霊符がどのような意味を持ち、どんな使い方をするのかまでは理解が及んではいない。本を画像のように丸暗記しているに過ぎない自身の不甲斐なさに憤りを感じていた。
しかし、呪術を繰り出すたびに、
「すごい! また威力が上がってきているよー!」
と佳乃が興奮混じりに喜びの声を上げるので、それがとても心地良いと感じていた。
しかし、とうとう霊符のストックが尽きてしまうのであった。
「くそっ、いい気になって霊符を使いすぎたぜ。ちくしょー!」
庸平はバリケードの一番上に積んでいる机を吉岡達へ向けて投げつける。
「うわぁぁぁー!」
黒縁メガネが反射的に機関銃で机を乱射した。木製の天板は砕け、金属部分に跳ね返った弾が吉岡の顔面をかすめる。
「落ち着けバカヤロー!」
吉岡は機関銃を手で押さえ、黒縁メガネを一喝した。
庸平はズボンのポケットをまさぐりながら、
「くそー! 紙がない、紙がぁぁぁ! なあ坂本、お前何か持っていないか?」
「うっ……!」
「……なあ坂本、お前……さっきから紙の話題になるとなんか気まずそうにしているけど……何か気になることがあるのか?」
そう、庸平が屋上で拾った紙を佳乃に見せたときの反応からして、ずっと不思議に思っていたのだが、敢えてそのことには触れないでいたのだが――
「じつは……あなたが霊符に使っているメモ用紙って……元は私の物なの……」
佳乃は庸平から目を逸らしながら、ポケットからメモ用紙の束を取り出して見せる。それは確かに屋上に散乱していた紙と同じもの。表紙は可愛いウサギのイラストが描かれているが、中身はただの白い紙――
「あのさ。今年に入って俺の下駄箱や机の中に、よくこれと同じ紙が入っているんだよ。それが何の目的なんだろうかと結構悩んでいたんだけど俺……その犯人がお前ってことか?」
「……あれは黒魔術の練習だったの。私…… 学校の屋上で魔法陣とか描いて黒魔術をいろいろと実験していたの……豊田くんごめんなさい!」
佳乃は手を合わせた。
しばらく間が空き、佳乃はそろりと片目を開けて庸平の表情を覗う。
庸平は無言でメモ用紙の束を床に並べ、油性ペンを走らせる。
そして――
「だからあの紙には『気分が悪くなる』とか『お腹が痛くなる』とか『不眠症になる』とかネガティブな言葉が書いてあったのか……」
「うん、そうなの。でもあまり効果がなかったみたいよね。ちょっとがっかり――ぐはっ!?」
庸平は履いていた上履きを手に持ち替えて佳乃の頭を叩いた。
『パコーン』という乾いた音が鳴り響き、吉岡達が身構えたほどであった。
「お前ふざけるなー! あれのせいで授業中にハラが痛くなったりして困ったんだぞ!」
佳乃は頭の痛みをこらえながらも『本当に効果があったんだ……』と少しうれしそうな表情をしていたのだが、そのことについては庸平は無視することにした――
時刻は5時55分――
吉岡は最後の賭に出る。
「この手榴弾を使う! 全員待避しろ!」
廊下にいる生徒達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「お前らも待避しろ」
共に戦ってきた3年男子にも指示する。
「手榴弾はピンを抜いてから10秒足らずで爆発するよ。その種類は威力があるタイプだから音楽室全体が吹き飛ぶと思うから気をつけて!」
最後に兵器マニアの長髪男子はそう言い残して去っていった。
「さあ、決着をつけようぜ。オレが死ぬかお前らが死ぬか……」
手榴弾のピンの輪っかに指をかけながら、吉岡はバリケードに向かってゆっくりと近づいていく。
庸平は攻撃を
(どうする、一か八か霊符を飛ばしてみるか否か……しかし失敗したら……)
吉岡は死ぬつもりだろうか?
しかし、彼は何のために死を選ぶ?
仲間を救うためか?
いや、そんなはずはない!
しかしこの状況は……どういうことだ!?
庸平の焦りはピークに達していたが、それに拍車をかける状況に陥ることになる。
「さ、坂本……お前、何をやっているんだ!?」
庸平は叫んだ。彼が吉岡に気を取られている隙に、佳乃はバリケードを超えて向こう側に立っていた。
佳乃の立ち位置が吉岡と重なり、霊符による攻撃もできない。
そもそも、攻撃した途端に吉岡は手榴弾を起爆させるに違いない。
庸平にとってこの状況は正に八方ふさがりであった。
「私は降参します……豊田くん、短い間だったけれど……私、山水中に来て初めて楽しいって思える時間ができて……楽しかったよ! さようなら……」
佳乃は両手を上げて降伏する姿勢をとりながら、庸平に笑いかけた。
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