第10話 未知なる武器

「ん? オニ役の女の気配が消えたぞ……もう見つかって殺されたか? フフフ、弱い弱い弱い、人間はもろくて弱いぞぉぉぉ――! フハハハハハ――」


 赤鬼は校庭の真ん中で高笑いした。 


「しかし、人間はいつの頃からこうも弱くなったのだろうか。ワシが人間に使役されていた頃に比べて寿命は延びよったが、ただそれだけのこと。ワシが魔界で一休みしている間にこうも弱くなっておるとはな……まあいい、奴らを呼び戻して次のオニ役を決めさせるか。最後の一匹になるまでな……」


 赤鬼は時計を見やる。

 時刻は5時38分。

 自身が設定した制限時間を12分間も残して、ゲームは終了――

 確かにオニ役の気配は消えていた。

 消えていたのだが――


「――ん? これは……」


 赤鬼は校舎の方角を仰ぎ見る。

 微かにオニ役の女の気配が戻っている。

 しかし――


「まだ死んでいないだと!? オニ役の女はまだ生きているのか? ならば……ワシが付けた印を外しよったということか!? いや……そんなはずは……」


 ここに来て初めて赤鬼は焦りの色を見せ始めた。


 ちょうどその時――


 赤鬼が見上げる校舎から、小さな爆発音と機関銃の発射音が響いてきた。



 *****

 

 爆発音の発生源は音楽室だった。

 廊下から室内を覗く3年生男子の手には機関銃や拳銃などが握られている。

 

「ちゃんと構えてから撃てよ! 同士討ちになるだろう!」

「す、すまん……思った以上に反動がすごくてさっ!」


 小型機関銃を持った3年黒縁眼鏡が兵器マニアの長髪男子に責められていた。

 室内の天井には10カ所の弾痕、生徒の足下には火薬臭の残る薬莢が散乱している。

 最初の爆発音の正体は手榴弾によるもので、それによって防音のための鉄製のドアが破壊されていた。室内にはガラスや机の天板の破片が飛び散り、音楽質はまさに『戦場』と化していた。


 そこへ吉岡勇気が到着した。


「オニ役はここに隠れていたのか! どうだ戦況は?」

「一緒に最弱の奴が隠れていたんだ……」


 なぜか黒縁眼鏡が悔しそうに答えた。


「だからどうした? 俺たちの相手はオニ役の坂本だろう。最弱は無視しろ!」

「それが……」

「それがどうした、くそったれ!」


 仲間の煮え切らない態度に腹が立ち、吉岡は拳銃を構える。

 銃口の先には机とロッカーを積んだ即席のバリケードが築かれていた。


「これだけのバリケードを作る時間を奴らに与えたのか……発見後にすぐ攻撃しなかったのか?」

「そ、それは……」


 黒縁眼鏡と長髪男子は互いに目を見合わせる。しかし何も答えられないでいる。

 吉岡はため息を吐き、再びバリケードに向けて拳銃を構える。


(お前達が攻撃を躊躇した理由は分かっているさ。誰だって自分の手で仲間を殺したくはないよな……しかし……それは裏を返せば責任を他人に押しつけているということなんだせ? 自分の手を汚さずに自分は助かりたい。俺だってそうそうしたいと願っているぜ!)


 吉岡は心の中でつぶやいた。そしてふと重要なことに気が付いた。 


「相手は丸腰だろう? 武器を持っている俺たちがここで身構える必要はないんじゃないか?」

「最弱が……火を吐く武器を使っているんだ」

「こちらの攻撃に対して反撃してくるんだ……火の玉で……」

「火の玉って……なんだそりゃ? おい、兵器マニアのお前にも分からないのか? 最弱が使う武器が何なのか」

 

兵器マニアの長髪男子は首を横に振り、


「あんな武器がこの世に存在するなんて……まるで生き物のようにボクたち迫ってくるんだ……火の玉が……」



 *****



 バリケードの向こう側には『最弱』の豊田庸平とよだようへいと『オニ役』の坂本佳乃よしのが身をかがめていた。


「あと10分間耐えればお前の勝ちが確定する。それで間違いはないのか?」


 庸平は佳乃から聞いた話の内容を確認した。


「ええ、赤鬼はそう言っていたけど……6時まで逃げ延びたら私の勝ちだって……でも、その場合は私以外の人達の死亡確定とも言っていたの……」

「ふーん、そっかぁ……」

「あの……ふーんって……それだけ?」

「それだけとは?」

「だって、私が逃げ伸びたら他の人達は赤鬼に殺されちゃうんだよ?」

「それで良いじゃん!」

「えっ?」


 庸平の意外な反応に佳乃は困惑した。


「俺をいじめていた奴らがどうなろうと構わない俺は構わないし、お前だっていじめられていただろう? それに今はオニ役を無理矢理やらされているじゃないか。お前が生き延びるために奴らの死が必要ならば、それはそれで仕方がないことじゃないのか?」


「し……仕方がない……?」


 佳乃は言葉に詰まった。

 果たして彼は自分を試そうとしているのだろうか?

 自分の返答次第では、彼は敵に寝返ることもあり得るのだろうか?

 佳乃の感情は彼の言葉をそのままの意味で捉えることを拒否していた。


 庸平は2枚の霊符を取り出し、剣印の法を唱える。

 2枚の霊符はふわりと空中に浮かび上がる。

 この時、彼は2枚の霊符を同時に扱えるまでになっていた。

 『気』を集中するコツを掴めてきたのだ。


 そしてバリケードから顔を上げて、敵の様子を観察する。

 すると、吉岡が銃口を向けているのが見えた。

 目が合ったその瞬間を狙って、吉岡が引き金を引く。

 小口径の拳銃から発せられる音は映画やドラマで聞くそれよりも軽く、それが人を殺すまでの威力があるとは想像できないほど、あっけなく乾いた音である。

 

 銃弾は何かに当たって弾道が逸らされ、庸平の額をかするように、背後の清掃用具入れに貫通した。

 バリケードの前にひらりと白い紙が舞い落ちる。

 続いてもう1枚の霊符がひらりと舞い上がり、徐々に加速していく。

 途中、霊符は真っ赤な炎に変化し、それがドーナツ状のリングに広がり、吉岡達へ向かって襲いかかる。


「うわっ!!」


 彼らは驚き慌てて腰を抜かすように床に崩れ落ちた。


「こ、これか……これがお前達が言っていた火の玉か……」


 吉岡は険しい表情で、バリケードのすき間から覗き見る庸平を睨み付ける。

 時刻はゲーム終了まで残り8分間に迫っていた。

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