第1章 第27話 動き

ゴブリンの猛攻が続き、防衛線は少しずつだが、確実に押されていた。

 警備隊員達もゴブリンを倒してはいるのだ。

 しかし、1万という暴力的な数の力の前では焼け石に水であり、警備隊員の体力の消耗もあるので、ゴブリン達の勢いは始めよりも増しているように錯覚する。

 さらには、警備隊員達が使用している盾の心配もある。

 こんな辺境の村に鉄の盾があるはずもなく、鉄は殆どが剣に使われている。盾の量も多くはない。

 木の盾で量が少なく、警備隊員達の体力、生徒達の魔力の限界がある。

 この戦いに勝つのは絶望的だ。

 その中での希望が、シャルテとテルルだった。

 他の生徒とは比べ物にならない魔力容量と魔術操作。辺境の村に生まれ落ちた二つの才能。

 この二人がいるからこそ、絶望せず武器を持ち、魔術を用い、敵と相対する事が出来るのだった。

 しかし、この二人がいるから全ての人が絶望していないかと言われるとそうではない。

 人は弱い。誰しもが強くあれるわけではないのだ。

 そして、ここにも一人、絶望の淵へと落ちてしまった者がいた。

 彼の名前はカリュ=メラトラ。

 小さい頃から小心者だったが、両親達を安心させるために先月警備隊に入った青年だ。

 彼は警備隊がこんな仕事だとは思っていなかった。時折森から出てくる魔物から村を守るための仕事とはいえ、そんな事は希だ。

 魔物が出ても、戦うのは僕じゃない。

 そう考えていた。

 だが、いざ警備隊に入ってみるとどうだ?

 警備隊に入っていきなりこんな事が起きて、戦わされて、間近で魔物を見た。

 おぞましい姿だった。ゴブリンは亜人種で人に近いなりをしていると言うが、間近で見てはそんな考えは抱けない。

 ギラリと光るような細く鋭い目に太く高い鼻、そして下卑た笑み。

 盾を持っていても竦んでしまった、あの笑み。

 カリュは竦んでしまった隙に棍棒で頭を殴られ、東門前まで運ばれた。

 

 「嫌だ⋯⋯、死にたくない⋯⋯。嫌だ、嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だいやだいやだいやだ───ッ!」

 

 「おい、しっかりしろ新人!傷治してもらったんならさっさと持ち場につけ!」

 

 「無理だ⋯⋯、勝てっこない⋯⋯。どうやって、どうやってあの数を倒すんだ⋯⋯」

 

 「おい、聞いてるのか!ぉい!──ぃ!────!」

 

 先輩の声が遠のいて、戦いの音が遠のいて、自分の鼓動の音すら遠のいて、何も聞こえなくなる。

 ただ、殴られる前に聞いたあの不快な音。いや、声だろうか。

 ゴブリンの声が頭の中を支配していた。

 怖い、怖い怖い、怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわ────

 

 「────ッ!!?」

 

 「な、なんだ!?」

 

 その時、先程のとは比べ物にならない恐怖が襲った。

 叫んで振り返った先輩も感じたであろう、その恐怖。

 

 「⋯⋯やっぱり、人が魔物に勝てるはずがないんだ⋯⋯」

 

 先程の恐怖が襲った後のその言葉には、さすがに先輩も何も言えなかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 「おおおおぉぉ!」

 

 『グビァッ!』

 

 ナガスが放った一撃がゴブリンの剣を砕き、ゴブリンを絶命させる。

 

 「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯、クソッ!」

 

 しかし敵はナガスに休憩の時間を与えること無く襲って来る。

 

 「《雷電よ・貫け》!」

 

 だが、ナガスを襲ってきたゴブリンが【ライトニング】に貫かれ絶命する。


 「ナガスさんー!」

 

 「シャルテ君!?どうしてこんな前線に!防衛線を抜け出したゴブリンは──」

 

 「それなら大丈夫です。テルルが守ってくれています。それより、私もここで戦います!前線に魔術が使える私がいれば、戦況はかなり変わると思いますし!」

 

 「そ、それは有難いのだが⋯⋯危険が」

 

 「自分の身は自分で守ります!だからどうか、お願いします!」

 

 シャルテは頭を下げて頼む。

 

 「⋯⋯分かったよ。でも危険になったら、すぐに下がるん──」

 

  ゾクッ!

 

 そんな音が聞こえたように、二人は硬直してしまった。

 いや、二人ではない。防衛線で盾を構えている警備隊員達も、ゴブリンで

さえも硬直してしまっていた。

 まるで、時間が止まってしまったかのように。

 

 「い、今のは──」

 

 「シャルテ君、下がるんだ!」

 

 いち早く硬直から抜け出したのはナガスだった。

 ナガスの言葉に警備隊員達は続々と硬直から抜け出し、もう一度盾を構える。

そして同じようにゴブリン達も硬直から抜け出し、先程のような戦いの音が響く。

 それは一瞬の硬直だった。しかし、それを感じた者達はそれを何時間にも感じただろう。

 そんな恐怖だった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 『⋯⋯攻めきれてなェ⋯⋯感じだぇ』

 

 木に登り戦況を見ていたエドラがそう言った。


 『あァ?まだ⋯⋯攻め落とせて、ねぁの⋯⋯か?』

 

 『ちぃ⋯⋯俺が、行くィ』

 

 『何言ってるェ⋯⋯俺が行くぇ』

 

 『いア⋯⋯おでが行く⋯⋯ぁ』

 

 『いぃや⋯⋯俺が⋯⋯』『いェや⋯⋯俺が!』『おで⋯⋯だァ!』

 

 『待てよ、兄者達。ここは3人で──』

 

 『『『お前は黙ってろぉ!』』』

 

 その時、ラトルビアが強烈な殺気を放った。

 

 『⋯⋯全員で行け。潰してこい』

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 窓の方を向く。今、強烈な殺気を感じた。

 俺に向けられたものではないとは分かっている。

 でも、今あいつらが戦っている。

 

 「⋯⋯もう、関係ねぇだろ。関係ねぇ、はずだろ⋯⋯」

 

 今向かっても、ただの自己満足だ。

 そう分かっていても、俺は──。

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