第1章 第21話 家族の温もり

家に帰ると両親がイチャついていた。

ランドもネネは全くシャルテとテルルに気が付いていない。

ゴブリン達が攻めてきて村が壊滅するかもしれないのに、呑気なものである。

そのまま無言でシャルテとテルルが見つめていると、

 

「あぁ、ネネ。お前はなんて美しいんだ⋯⋯。結婚して約20年経つが未だにネネへの愛情が尽きることがないよ⋯⋯」

 

「もう、やぁねぇー。ラ・ン・ド⋯⋯。それに、約20年じゃなくて、19年と249日よ⋯⋯」

 

「もちろん覚えているさネネ⋯⋯。僕がそんな事を忘れるはずがないじゃないか。249日と15時間23分だよ⋯⋯あ、24分になった。⋯⋯お、帰ってたのか2人とも」

 

両親の愛し合い具合に若干引いたシャルテとテルルであった。

 

 

両親はゴブリン達が攻めてきている事を知らないかと思うほどいつもどうりだった。

だが、この村でゴブリン達の事を知らない者はいない。

朝早くに警備隊が村民全員を村の広場に集め、その事を説明したからだ。

警備隊の言葉を聞いた人達は怒り出したり、悲しんで泣いたり、呆然として言葉を失っていたりと様々だった。

その場にはもちろん両親もいたはずだが、二人とも何故かとても落ち着いている。


シャルテは両親に話しかける。

 

「ねぇ、父さん達はなんでそんなに落ち着いてられるの?ゴブリン達が攻めてきて村が壊滅するかもしれないんだよ?」

 

シャルテの言葉に応えたのはランドだった。

 

「この村が壊滅するかもしれないからだよ。そういう時こそいつもどうりに過ごせばいいさ」

 

「⋯⋯なんでそんなに落ち着いてられるの?私達、戦場にでるんだよ?もしかしたら死ぬかもしれないんだよ?」

 

シャルテは、ゴブリン達の群れを見てからというものの不安で仕方がなかった。だが、その不安を両親に気付かれないように、必死に押し殺していたのだ。


ゴブリン達の事を知っているシャルテでもこんなにも不安なのだから、その事を知らない両親はもっと不安になるはずだ。だからその時両親を出来るだけ元気づけようと思っていた。

 

だが、両親は不安がっているようには全く見えない。

不安がっていたのは、自分の方だ。


「娘達が死ぬかもしれないのに。どうして、⋯⋯どうしてそんなに普通でいられるのよッ!?」

 

それに気付き、今まで押し殺していた不安が涙とともに決壊したダムのように溢れでてきた。

 

「シャルテ⋯⋯」

 

そんなシャルテになんと言葉をかけていいのか分からず、テルルはシャルテの名前を呼ぶことしか出来ない。

 

だが、ランドとネネは何も喋らずにシャルテの事を見つめている。

 

すると、ランドが口を開いた。

 

「シャルテ、僕達は全く不安じゃないわけじゃないよ。怖いさ。当たり前だろ?最愛の娘2人が戦場にでるんだから」

 

「⋯⋯嘘よ、不安な人がそんなに落ち着いてられるわけがない。どうせ私達が死んだってなんとも──」

 

「シャルテ」

 

興奮して出てしまいそうになった言葉をテルルが強い言葉を発し制する。

その呼びかけに少し冷静さを取り戻したシャルテはランド達に謝る。

 

「⋯⋯⋯⋯ごめんなさい。父さん、母さん⋯⋯」

 

「いや、いいさ。パニックになってしまうのも仕方がないかもしれない。なにせ今から命のやりとりをするのだからね」

 

ランドはそう答え、さらに続ける。

 

「でもね、さっきの言葉には続きがあるんだ。僕達は確かに不安だよ。でも、不安だけがあるわけじゃない。楽しみもあるんだ!」

 

その言葉にシャルテだけではなくテルルまで驚く。

隣に座っているネネは頷き、その言葉の続きを言う。

 

「だって、ゴブリン達が攻めてきてシャルテ達が防衛するんでしょ?2人が大活躍するに決まってるじゃない。戦いのあと、ご近所さんにあなた達の事を自慢するのが楽しみなの!」

 

「ああ。それに、2人が死ぬとも思っていないしね」

 

そんな両親の言葉を聞いて、止まっていた涙がまた溢れそうになる。


でも、ここは泣くところじゃない。

シャルテは零れそうになる涙を必死に食い止めながら、 

 

「⋯⋯しょうがないわね、そこまで言われると大活躍しないと父さん達が恥をかいちゃうかもしれないから、大大大活躍してあげるわよ!」

 

満面の笑みでそう返した。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

なんて温かいんだろう。

 

一歩引いた所から見ていたテルルはそう感じた。

 

これが、本当の家族の温かさ。

 

これが、本当の家族ではないものには入り込めない、強固な絆。

 

家族を幼い頃に亡くしているテルルには一生味わうことの出来ない、温もり。

 

「テルル、いつまでそこに立ってるんだい?こっちにきて、ちょっと早めの昼食としよう」

 

ずっと扉の前に立っていたテルルにランドがそう言葉をかけた。


テルルは先程まで考えていた事を意識して考えないようにし、

 

「はい、お父さん」

 

そう笑って答えた。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

時間が、いつもよりも早く流れていった気がした。

 

いつもどうりに過ごせばいいと言った。

そして僕達は本当にいつもどうりに過ごした。

でも、心の奥にある不安は消えてくれない。

 

「⋯⋯ねぇ、ランド。あの子達、ちゃんと帰ってくるわよね?」

 

時刻は11時。先程、2人はゴブリン達と戦うために家を出た。

 

さっきまでいつもどうりだったのに。あの二人がいなくなった瞬間、2人はさっきまでの明るさが嘘のように静かになった。

 

今にも泣き出してしたいそうなネネを抱き寄せ、言った。

 

「⋯⋯ああ、帰ってくるとも。当たり前だろ?僕達の自慢の娘達なんだから」

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