第1章 第7話 大魔術

ひとまず落ち着き、4人は机を挟んで座っていた。俺の隣には依頼主の男性が座り、俺の前にシャルテ、その隣にテルルという配置だ。


「ええと、私の名前はナガスといいます。アレン君に時々依頼をしているものです」

 

「依頼⋯⋯?」

 

テルルが依頼とはどういう事?という顔をしていると、

 

「あ、そーいえばアレンに猫のこと聞かれて子供に渡したって言った後、なんか依頼料が何とかって言ってたわね。もしかしてアレンってなにか仕事してるの?」

 

「あぁ。俺はなんか楽で疲れない仕事がないか考えて、何でも屋という名の仕事を自分1人で経営するのが1番楽だと判断した。たまに猫探しとか動くものもあるが、ほとんど今回みたいな雑用だしな。シャルテはなんか勘違いしてたみてーだが」

 

「アレンの年なら仕事じゃなくて勉強だと思うんだけど⋯⋯」

 

テルルがそう言うと、アレンは少し暗い顔をして小さな声で呟く。

 

「──勉強ならガキの頃に嫌になるほどやったさ」

 

「え?」

 

「いや、何でもねぇよ。で、今回の依頼はナガスの奥さんの贈り物を作ったんだよ」


「えぇ。私の妻は病気で、なにか励ますものを作ろうとしたんですが、なにを作ったものかと思っていまして。それで、アレン君に頼みにきたんですよ。」

 

「そーそ。おまかせだったから何作ろうか迷ったんだが、置物とかの方がいいだろ?だから家にあるものを使って造花作ったんだよ」

 

「へー、花を造るとはいいセンス何じゃない?どんなの?」

 

「おう、見て驚けこの再現度の高さにな!」

 

シャルテがそう尋ねる。するとアレンは自慢気に箱を開けて、

 

そこには花があった。言われなければ造花とは分からない程の再現度。恐らく花屋にぽつんとあっても不自然に思われないだろう。

 

3人は言葉を失った。

 

だが、言葉を失ったのにはもう一つ理由があった。

 

その花は、白い花弁が特徴的な

 

「へっへーん、どーよこの造花!マジでこれで商売出来るだろ!俺何でも屋やめて造花作りの職人にでもなろうかと──」

 

「バカァアアアアアアアアッ!!」

 

「どわぁああああああああ!!」

 

死者に手向ける種の花だったのだ。

 

シャルテはアレンを思い切り蹴飛ばしていた。アレンは部屋をゴロゴロと転がっていき、ついに壁にぶち当たった。

 

「な、何すんだいきなりッ!?人をいきなり蹴飛ばすなんてどんな教育受けてんだ!?」

 

「当たり前でしょ!?病気の奥さんに夫のナガスさんがこんな花持ってきたらそれこそ奥さん死んじゃうわよ!」

 

「ホントですよ!私中身見れて良かったですよホントに!」

 

「アレン、知らない様だから教えとくけど、この花は死んだ人に手向ける花なんだよ⋯⋯」

 

蹴って来たことに反論するアレンに1人も心配する素振りを見せない。

 

「何だよそれ花にそんな意味あんのかよ!花なんか全部一緒じゃねぇか!」

 

アレンはそう言うが、

 

「一緒じゃないですよ、ちゃんと意味があるんです!もうアレン君に依頼するのはやめときます!」

 

「えぇ!?ちょ、ナガス、嘘だよな?なぁ⋯⋯?なぁ!?ナガスさーん!お得意様がどんどんいなくなっちゃうよー!?」

 

怒って出ていこうとするナガスを必死に止めようとするアレンだが、ナガスは足を止めない。

そして、ナガスの足にしがみついて止めようとするアレンを必死に剥がそうとするナガスに、

 

「あの、ナガスさん。奥さんの病気ならシャルテに頼んでみたらどうですか?シャルテなら大抵の病気なら治せると思うんです」

 

テルルがそう言った。

 


場所はナガスの家。ベットにはかなり衰弱した様子のナガスの奥さんが横たわっている。どうやら、そこそこ重い病気らしい。

 

「じゃあ、始めるわよ。テルル、魔術陣作るの手伝ってくれない?魔術陣起動させるのに結構魔力を使うと思うから」

 

「オッケー、シャルテ。魔術陣の方は私だけで作るから、シャルテは魔術陣の起動の方に集中して」

 

「分かったわ」

 

そうして、大治癒術が始まる。

 

本来、大魔術とは戦争などで用いられていた術である。

それは対多数の相手の時に使われ、1人を相手に使うものではない。さらに、大魔術を起動する為には魔術陣と長い詠唱時間、4、5人の魔術師の魔力を全て出し切らないといけない程の莫大な魔力が必要であり、さらに息がぴったりな者達でないと大魔術が暴発する可能性まである。そのため、大魔術を使う者は年々減ってきている。

 

だから、2人でそれを起動させようというのは、本来ならば不可能である。

 

この2人が天才だからこそ、親友だからこそ出来る芸当なのだ。


「《光の精よ・我が元に集まりて陣を成せ──》

 

テルルが魔術陣を作り上げていく。

 

「《光の精よ・我が元に成された陣に道を成せ──》

 

シャルテがその魔術陣を起動していく。

 

アレンはこの時、驚愕していた。

理由は明白だ。まだ魔術陣は完成していないのに、魔術陣が起動しているからだ。


これも、本来不可能である。

魔術陣が完成していないのに魔術陣を起動させようとすると、先程も言ったように暴発が起きる危険性がある。

なのに、魔術陣からはそんな気配はなく、正常に起動している。

恐らく、未完成な魔術陣を起動出来るのは世界広しといえどこの2人だけだろう。

本人達は魔術陣を未完成で起動させることが出来る素晴らしさに気付いていないようだが、勉強熱心な2人だ。いずれ気が付くだろう。

 

アレンは驚愕しながらも、2人が成す大魔術を見て、

 

美しいと、

 

「《光は陣を成し・光は彼の者を癒し──》」

 

「《其の道は傷つき者に・其の道は病める者に──》」

 

ただただ、見とれていた。

 

「《其に陣を顕現せり》ッ!」

 

「《道を辿りし光よ・彼の者を癒し給え》ッ!」

 

そして、魔術陣が完成すると同時に魔術陣が起動し終える。

 

そして光がナガスの奥さんを包む。

その光はすぐに消えてしまったが、奥さんの顔色は最初に見た時と比べると別人のように良くなっている。

 

「──このまま寝て、起きたら良くなっていると思います。多分起きるのは明日の昼頃位だと思います⋯⋯」

 

「そうですか!そうですかッ!本当にありがとうございます!なんとお礼を言ったらよいか──ッ!」

 

「そんな、お礼なんていいです⋯⋯。私達はここで魔術陣の練習と復習が出来たのでそれでいいんですよ⋯⋯」

 

「──ッ!本当にありがとうございますッ!」

 

ナガスは2人の態度に感激して泣いている。そんな2人はいつもより少し元気がないようだ。恐らく、というより確実に大魔術を使ったからだ。それもそうだろう。大魔術を使っても疲れないのはそれこそおかしい。


シャルテは少し疲れながらもナガスを見てやって良かったと思っていた。

そんな事を考えていた時。気付いた。


アレンが、少し離れた場所で壁に背中を預けながら、懐かしそうに、そして羨ましそうにシャルテとテルルを見ていて──

 

「いやぁ、これだったら最初からアレン君になんて頼らないで、シャルテ君とテルル君に頼べば良かったよ──」

 

「っておーい!?それはないだろナガス!?」

 

次の瞬間にはアレンはナガスにこれからも何でも屋をよろしくお願いします!と叫んでいた。


(気のせい、だったのかな⋯⋯?)

 

シャルテは疲れていたせいだと思い、その事を忘れた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


その日は、母さんが病気になってしまった日だった。


その日は、俺が魔術師を目指すきっかけが出来た日だった。

 

俺は、その日見た魔術に惚れたのだ。

 

どんなに、綺麗だっただろうか。

 

どんなに、美しかっただろうか。

 

俺はそれを忘れたことはない。

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