第10話 エピローグ

活気の無い貧民街の一角に立つ、木材むき出しのしがないカフェが朝日に照らされていた。

看板にはマダーの暗赤色な文字と、白い花びら5枚から成る花の絵が描かれている。

店内を観察してみても飾り気が無く、目に付く物と言えばピカピカの振り子時計と、

花瓶に花が活けられている程度。

看板に描かれているそれと良く似た小さい花が、幾つにも別れた枝の先端にそれぞれ咲いている。


「ごゆっくりどうぞ」


カウンター席に座る男の前に、コーヒーの入ったカップが静かに置かれた。

男は全ての毛髪を根こそぎ失っており、艶めくハゲ頭を晒している。

服は質素な茶色いコートを着ており、どこかの火薬王のように肩を出したりはしていない。


「今朝の新聞見たぜ?いやー、さすがだな」


スキンヘッドの男はコーヒーやローブに目もくれず、

テーブル席に座る別の人物に向かって話しかけていた。


「この辺でも1、2を争う強豪ギャングブルホーンのリーダーベンダに、

いったいどうやりゃ写真付きで土下座されられるんだよ。

その見た目で色仕掛けでもしたってのか?」


スキンヘッドの言う色仕掛けをしそうな見た目とは、マシャを指して言ったセリフだ。


「いいえ、ただわたくしがぐ、う、ぜ、ん、拾ったネズミさんの歯から作ったネイルで、

後ろからチョンとお足をつつきましたら、ベンダさんがピクリとも動かなくなられまして」


「それで?」


「その後は……またと無い機会でしたので、殿方に有ってわたくしに無い大事な所を、

アバンギャルド風にドレスアップして差し上げましたわ」


「アバンギャルド?」


「紙に書いて差し上げましょうか?」


マシャがベンダにナニをしたのかをおおよそ悟ったスキンヘッドは、

ハゲ頭をブンブンと横に振った。


「良いよ、マシャさん」


「で?

元ブルホーンのクソハゲが、いったいウチに何の用?」


相変わらずテーブルそのものの上に座るアカネが、タバコを口から離し、

スキンヘッドを見下ろして尋ねた。


「いやー、俺もここの仲間にしてくれないかなって……」


スキンヘッドは右手でハゲ頭をさすっている。

アカネは目を閉じ溜め息を吐いてから言い放った。


「何言ってるの?ここはただのカフェよ」


「そこをなんとか!なんなら本当にカフェの店員でも!」


アカネは右手のタバコをスキンヘッドに突き付ける。


「銃で撃たれたクセに元気だし、喋る灰皿としてなら良いわよ」


「そりゃあ丈夫さが取り柄ですけど!」


「あれっ!?」


カウンターの向こう側から、ローブが突然声を張り上げた。

3人がローブを見ると、ローブはエビのように腰を折り曲げ、

尻尾を真上に伸ばして左右に振っている。


「あらローブさん、いかがなされました?」


すぐに、ローブは上半身を起こし、カウンターから顔を出した。


「これ、アカネちゃんのだよね?」


ローブが持っているのは、暗赤色の小さな財布だった。

それを見た途端、アカネはそっぽを向いてしまう。


「あら、確かにアカネ様のお財布」


「角砂糖の大袋の後ろに落ちてたんだけど、いつからかなあ。

少しホコリかぶってるよ?」


「ホコリをかぶっているとなると、

結構前からそこに落ちていた事になりますわね、アカネ様……あら?」


アカネはマシャ達に背中を向け、タバコをくゆらせながら新聞を読んでいる。


「アカネちゃん?」


「なるほどなるほど、そういう事でしたの」


マシャはアゴに手を当て、ウンウンとうなっている。


「マシャさん、俺サッパリなんだが」


スキンヘッドが言うと、マシャは両手の人差し指を使い、

自身の口の前で交差させバッテンを作り、ニコッと笑った。


「うん?」


マシャの仕草の意味を測りかねたスキンヘッドとローブが、ほぼ同時に頭をかしげた。

ここで、来客を告げるベルがカランカランと鳴った。

アカネをも含めた全員が出入り口に注目すると、バニーの店員が立っている。

店員は昨日と同じ制服姿だが、背中に回した両手で何かを隠し持っている。


「アカネさん!約束した第2の報酬です!」


店員はアカネの近くに駆け寄り、隠し持っていた物をテーブルに置いた。


「わあ、可愛いぬいぐるみだね!」


ローブが言った通り、それは人型のぬいぐるみであった。

ボタンの目などは見覚えがあるが全体的に細めな体で、

黒く長い毛糸が何本も頭から伸びている。


「夜なべして作りました」


確かにそのようで、店員の目の下には薄いクマが出来ている。


「これ、アカネさんに似てやしないか?」


「言われてみれば、そう見えますわね」


「バレました?」


「あたしに似せろなんて言ってないけど……」


再びベルが鳴る。


「アカネ!戻ったぞ!」


「ジュリアも戻ったぞーっ!」


入店して来たのはノゾミとジュリアの2人。

2人はテーブルの上の、アカネに似たぬいぐるみを見るや否や、

我先にと突撃した。


「うおおおっ!」

「ぬいぐるみだーっ!」


ノゾミが先かジュリアが先かとなった瞬間、マシャがぬいぐるみをヒョイと持ち上げた。


「マシャよこせ!」


「ジュリアのだよっ!」


「わたくしが1番ですから、わたくしのモノーーー」


マシャによって真上に掲げられたぬいぐるみが、ローブと共に瞬時に消えた。


「なにぃ!?」


「ジュリアのなのにっ!」


「ローブさん!?」


「はは、さすがはローブさんだな。

お三方、追いかけるかい?」


スキンヘッドが軽く笑いながら、親指で出入り口を指した。

店内にはベルの音だけが残り、ローブの影も形も無い。


「無駄ね。

あの子は風より速いわよ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女義賊マーダー・マダー〜猫科娘は動けない〜 山盛 @Yamayamamorimori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ