第7話 食後の運動には丁度良さそうだ

「かしこまりましたーっ!」


この瞬間、ローブは裏の顔である、マーダーマダー戦力担当としての任務に入った。


ベンダは荷台からジャガイモが転げ落ちるように空中を低く飛び、

その先に建っている民家の角に激突。


ローブの蹴りそのものによるダメージか、激突で頭を打ったのかは定かでないが、

地面に倒れ伏すベンダが起き上がる気配は無かった。


男達は突然の出来事に動揺を隠せず、

ベンダの子分達のみならずルキサスの子分達さえも、ローブの衝撃的な登場にどよめいている。


「何だアイツ……」

「何しやがった?」


出方を伺っている男達を尻目に、

ローブは悠々とぬいぐるみを拾い上げ、付着した土を手で叩いて落としている。


「はい、これ持ってて」


ローブがしゃがみ、店員にぬいぐるみを差し出すと、

彼女もまた状況が飲み込めない様子で、半ば唖然とした表情を作った。


「有難う、御座います……」


「どう致しまして」


店員が恐る恐るぬいぐるみを掴み取り感謝を述べると、

ローブは屈託の無い子供のような笑顔を返した。

「尻尾?」

「あいつ人間じゃないのか?」

「頭も変だな……」

「なんか可愛くね?」


男達に背を向けるローブのズボンからは、動物の尻尾らしき物が伸び、

まるで彼女の体の一部であるかの如く揺れ動いている。


「おいてめぇ!」


男達の中から1人、スキンヘッドの男がローブの前に躍り出た。


「僕の事?」


しゃがんでいたローブは立ち上がり、クルッと振り向いてスキンヘッドと対峙する。


「おい、よせって」


スキンヘッドの仲間と思しき男のが、スキンヘッドの肩を掴んで諌めた。


「ベンダさんをやられといて引き下がれってのか?」


「お前もさっきのベンダさんみたいに吹っ飛ばされんぞ」


因みに当のベンダは気絶したままだが、自分が次の標的にされる事を恐れているのか、

看護しに向かう者は誰1人として居なかった。


「たかが女1人にビビってんのか?」


「でもよ……」

スキンヘッドはローブを真っ直ぐ指差す。


「あいつは何かのトリックを使って、ベンダさんをぶっ飛ばしたに違いねえ!


その証拠にあいつが異性威勢良かったのは最初だけで、今は俺達に向かって来ねえじゃねえか!」


「確かに……」

「あいつが本当に強いなら、とっくに俺達全員やられてるよな」


「おい、トリックは中々上手く行ったみてえだが、そんなもんに俺は引っかからねえぞ!」


スキンヘッドはローブに殴りかかる構えを取った。


ローブは微動だにせず、ただ店員と男達の間に立つのみ。


構えらしい構えも取っておらず、戦闘の意思すら感じられない。


「どうした?作戦が見破られてビビってんのか?」


ローブはポカンと口を開け、勢い付くスキンヘッドとしばしの間目を合わせた後、

ローブ達の居る方向を向いた。


「アカネちゃん、どうしよう?」


「はあ!?」


ローブの間抜けな発言に、スキンヘッドは素っ頓狂な奇声を上げた。

「ローブさんはとてもお強いのですが、

アカネ様の単純明快な指示が無ければ動けない点だけが、玉に瑕ですわね」


「ローブの場合、その瑕がデカ過ぎんだよ」


「ローブ、みんなやっつけちゃえー!」


「やかましい」


「あてっ」


手足を振り回してローブを煽るジュリアの手を、アカネがピシッと叩いた。


「はあ……」


アカネはローブの融通の利かなさに溜息を吐きながら、男達に向かって歩み寄る。


「何だこのチビ?」


「あたし、この子の保護者よ」


「保護者ぁ?」


「アカネちゃんって言うんだよっ」


ローブはアカネに駆け寄ると両手で彼女を指し示し、

スキンヘッドを始めとした男達に紹介する。

「ほお、じゃああいつらも全員仲間か」


スキンヘッドの目が、離れに居る3人を捕まえた。


「そうよ」


「全員女じゃねえか」

「ガキまで混ざってやがるぜ?」

「しかしあの噴水の姉ちゃんは中々……」

「いやいや、俺ぁやっぱり巨乳の方が……」

「幼女……」


相手が女と来れば、礼節を知らない荒くれ者の男達が話す内容など決まりきっている。


「どうもー」


マシャは笑顔で手を小さく降った。


「あー、男なんて絶滅すりゃあ良いのに」


ノゾミは自分の体を自分で抱き、汚物を見る様に目をゆがめて男達を睨んだ。

「ノゾミー、どうしたの?」


「ノゾミさんは女性としての魅力でわたくしに負けたのが悔しくて仕方が無いのですわよ」


「むしろ勝ちまくってくれっ!」


ノゾミがマシャに吠える。


ノゾミはどうも、女扱いされる事を極度に嫌っているらしい。


「で、その保護者さんとやらが何しに来やがった?俺達と付き合いたいってかぁ?」


スキンヘッドはアカネを見下した。


最も、大柄な青年の彼と小柄な少女のアカネとでは頭一つ分以上の身長差が有るので、

見下すのは必然とも言える。


「酒の飲み過ぎ?勘違いも甚だしいわね」


「ほお、俺達ブルホーンをコケにする気か?」


「するも何も、元々コケみたいなもんでしょ」


アカネの挑発に、スキンヘッドの怒りが頂点を迎えた。


握り拳を振り被り、脇目も振らずアカネに突撃する。

「こんのクソチビィーッ!」


アカネは腕を組んだまま一歩も動かない。


それは猛獣を檻の外から眺める飼い主のように、自分の身の安全を確信しているからだった。


スキンヘッドはアカネに触れる事さえ叶わず、果物を踏んだかの様に大きく転倒する。


「うぉあっ!」


アカネの周囲にはつまづく原因になり得る物など存在せず、

スキンヘッドは自分の身に何が起こったのか全く理解出来ないまま、

気付けば地面にうつ伏せで倒れていた。


ただひとつ、俺では到底このクソチビに勝てないのだ……と言う事実だけがハッキリしていた。


「ふん」


「アカネちゃんには触れさせないよ!」


アカネの傍に、低い姿勢でバランスを取っているローブの姿が。


「あいつ、また何かやったのか!?」

「トリックにしたって、全く分からねえ……」


スキンヘッド本人だけでなく、その様子を見ていた全員が同じ調子で呟く。

「特別に教えてあげる。あたし達は小細工なんかしてないわ」


アカネが左手をローブに差し向けると、

ローブは体を起こしてアカネの手に自ら頭を触れさせ、

アカネはバンダナ越しにローブの頭を撫でる


ローブは母親に身を委ねる子供の様に、癒しと安らぎに満たされた微笑みを見せる。


見ての通り、自分はローブの保護者だとアカネが言ったのは伊達ではない。


「この子は風より速い。それだけよ」


「おいおい、冗談じゃねえぞ」

「もしホントならバケモノじゃねえか……」

「尻尾生えてるしな」

「猫みたいで結構可愛いよな」


男達が口々に、ローブへの恐れを漏らす。


「くそ……」


スキンヘッドが地面に両手を突き、上半身を起こそうとしている。

「ああ疲れた」


しかし、アカネがうつ伏せのスキンヘッドの背中に座ったため、

彼はまた地面に口付けをする羽目となった。


「ぐっ」


「度胸が有るのは良い事だけど、大人しく寝てた方が身の為よ。クソハゲ」


アカネは足を組み、クソチビと罵られた腹いせからか、

スキンヘッドをクソハゲを罵って言い返した。


細身なアカネの体重は軽く、

スキンヘッドがその気になれば彼女を押し退けて起き上がる事は可能だが、

一方的に転倒させられた上この様に脅しをかけられたのでは、無闇矢鱈に行動を起こせはしない。


アカネはスキンヘッドに座ったまま、タバコに火を点ける。


「ちょっと一服させて貰うわ」


「クソチビめ……」


再度罵言を漏らしたスキンヘッドに対し、アカネはタバコの灰をスキンヘッドの尻に落とす。

「あぢっ!」


「喋る灰皿なんて珍しいわね。ウチには要らないけど」


これ以上何かされてはたまらないと、スキンヘッドは口を閉ざした。


「アカネちゃん怖ーい」


「あんた達」


アカネは様子見を決め込んでいる男達に、タバコの先端を向けた。


「なんだよ」

「俺らにもそいつみたいに、灰皿になれって言うのか?」


「今すぐ降参してカフェの後始末をなさい。


そしたら見逃してあげる」


「何だと?」

「くそっ、女子供に指図されるとは……」

「でも、座られるのはちょっと羨ましいかも」


アカネはタバコの煙を吐いた後、先程の条件に漏れが有ったと気付く。


「ああそうそう、店員に土下座も追加」

「このぉ、馬鹿にしやがって!」


前列に居た、頭を縄で鉢巻風に縛っている男が駆け出す。!


「続けぇ!」

「同時攻撃だ!」


縄鉢巻の男をきっかけに、男達の集団が次々とアカネ達に向かって突進する。


ひとりやふたり転ばせる程度なら、数で圧倒すれば勝てると判断したのだろう。


「遊んであげて」


アカネの一言でローブが体を沈めたかと思うと、瞬時に姿を消す。


男達がそれに反応する暇も無く、

ローブは両手を猫の前足の様に扱って姿勢を限界まで低くし、

最早本人にしか認識出来ない速さで、男達の足の隙間をスルスルと駆け抜けた。


そしてすれ違いざまに全員の足をくじかせ、スキンヘッドにしたのと同じく転倒させてしまう。


「ぎゃあ!」

「ぐおおっ!」

風より速いローブの前では、集団戦法も何ら意味を成さなかった。


男達は互いに手や足を絡ませ、ジタバタともがいている。


「アカネちゃん、どお?」


集団から抜け出たローブは四つん這いのまま、褒め言葉を求めてアカネを見る。


しかし、アカネはまるで眠ってしまったかのごとく、スキンヘッドの上に崩れ落ちていた。


「アカネちゃん?」


ローブがもう1度呼んでも、アカネは目を開かない。


これにはスキンヘッドの男も困惑し、

うつ伏せはそのままに首を捻ってなんとかアカネの様子を伺っている。


「ねえアカネちゃん、アカネちゃんってばぁ」


ローブは相変わらず四つん這いの姿勢を変えず、

シャカシャカと歩いてアカネに近寄る。

「アカネの奴どうしたんだ?」


「食べたら眠くなるからねっ!」


「それはそうでしょうけど、アカネ様はコーヒー以外口にされておりませんが……」


遠巻きから見ていた3人の背後に、別の3人組が現れる。


「んん?」


人間の足音と気配にノゾミが振り向くと、3人の男達が並んで立っていた。


ノゾミ視点で見て右からそれぞれノッポ、デブ、チビと統一感に欠ける3人組だが、

全員がブルホーンのシンボルである雄牛のタトゥーで右肩を飾っていた。


ノゾミは知る由も無いが、

彼等はバニーに来る途中、アカネとすれ違った3人組である。


「よお。何の騒ぎだ?」

「人多っ!」

「ひぃふぅみぃ……指が足んねえな」


「そのタトゥー……お前らもブルホーンか」

「ああ、その通りだが」

「あれっ?」

「げげげ、ベンダさんが!」


3人組の内のチビが、男達の集団の更に向こう側に倒れている、リーダーのベンダに気が付いた。


「なに、ベンダさんがやられてるだと?」

「嘘ぉ!?」

「じゃじゃじゃ、俺達も助っ人しねえと……」


「待ちな!」


ベンダの元へ向かおうとする3人組の前にノゾミが立ち、両腕を広げて道を塞いだ。


「おい、邪魔をするなよ」

「女ぁ?」

「ヘッヘッヘ、痛い目見たくなきゃさっさとどきな」


ノゾミは3人組の脅しに屈するどころか、握り締めた右手を左手で更に握って指を鳴らし、

首を回して体の調子を整えている。


「お相手は3名。ノゾミさん、大丈夫ですの?」


「デブとチビは弱そうだけどねっ!」

ノゾミはマシャ達に勝気な笑顔を見せる。


「食後の運動には丁度良さそうだ。それにあっちはあっちで何かあったみてえだし、

少しは負担を軽くしてやらねえとな」


ノゾミは十分に体を整えると、左腕を3人組に向かって真っ直ぐ伸ばし、

上に向けた手をクイクイと曲げて挑発した。


「来いよ、遊んでやるぜ」


「ふん、調子に乗りやがって」

「どけよぉ!」

「ククク、後悔させてやるっ!」


3人組は一斉に、ノゾミへ襲いかかる。


チビの右拳による先制攻撃を、ノゾミは体をひねり踊るような動作で避けた。






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