第3話 おふたりともぬいぐるみが大好きですものね
マダーで待機していた2人と、孤児院から帰った3人が合流し、
これで5人全員が集結。
彼女達はオープンカフェを目指して、貧民街に繰り出した。
貧民街を歩く人々の多くは身なりが貧しく、身も心も疲れ果てているように見える。
子供達は打って変わって大はしゃぎで、
オープンカフェに向かうアカネ達の横をドタバタと駆け抜けて行く。
「良い天気ね」
アカネは本当に外に出る頻度が少ないらしく、太陽の光に目を細めている。
5人が並ぶと、やはりノゾミが最も背が高く、
その次にローブ、マシャ、アカネと続き、順当に最年少のジュリアが最も背が低い。
マシャは噴水の様に髪を持っているので実際よりは高く見えるが、
それを踏まえてもローブはともかく、最長のノゾミには届かない。
ジュリアが5人の中から飛び出し、残る四人の方を向いて後ろ歩きを始めた。
「早く行こーよ、ねえ早くっ」
「俺達は良くてもアカネが疲れちまうだろ。大人しくしてろ」
ノゾミに反論されたジュリアは、不満で口を尖らせた。
「うるさい、このノゾミミズ!」
「はあ!?」
名前をもじった幼稚な悪口だが、ノゾミは半ギレしている。
「じゃあローブにおぶって貰えば良いじゃんっ」
「アカネちゃん、どうする?」
「嫌よ。恥ずかしい」
「わたくしにお任せ下さい」
「マシャには無理でしょ」
「力は無くとも、あの様な物を使えば…」
マシャが指差した先には、
物を載せて運ぶ荷車に乗り込む少女と、その荷車を押して遊ぶ少年の二人の姿があった。
「乳母車じゃあるまいし」
「うっ、乳母車!」
マシャはまたしても何処からか取り出したハンカチで、自身の鼻を隠した。
「マシャ、急にどうしたの?」
「乳母車に座っておしゃぶりを加え、ガラガラを振っている尊いアカネ様を想像して鼻血が…」
「ローブ、マシャに軽く蹴りを入れてあげて」
「うん。軽くだね?何処が良いかな?」
ローブが左足を後方に伸ばし、蹴る為の予備動作をした。
左足の太ももには、黒いベルトと2本のナイフが装備されている。
貧民街は治安が悪いので、自衛の為だろう。
「そうね…」
アカネはマシャの体を指でなぞり、狙いを定めている。
「申し訳ございませんアカネ様。それだけはご勘弁を。わたくし、おふざけが過ぎましたわ」
マシャが地面に座り込み、服が汚れる等御構い無しでアカネに向かって土下座をしている。
「分かればよろしい」
「ホント、ローブに冗談は通じないな…」
一連のやり取りに恐怖したノゾミは冷や汗を浮かべていた。
「ねえねえ、早くーっ。
お腹空いたよ!ジュリアンパンだって置いて来たんだから!」
これから食べに行くのに、こんな不味いパンなんか食べてらんないよ…と、
マダーを出る前のジュリアは言っていた。
「自分で決めた事でしょ?」
「良いから早く早くっ!」
ジュリアはただをこね、その場で飛び跳ねた。
するとその弾みで、服の中に隠していたぬいぐるみが地面に落ちた。
「ジュリア、何だよそれ」
「げっ!」
ノゾミが真っ先に指摘すると、
ジュリアは如何にもな声を上げ、ささっとぬいぐるみを拾って背中に隠した。
「何でもないよ!」
「いや、今なんか隠しただろ」
「ぬいぐるみだったけど?」
ノゾミはジュリアが落とした物の判別までは出来なかったが、
ローブは足が速いだけで無く視力も優れているらしい。
「こらローブ!」
「なにぃ、ぬいぐるみだと?ジュリア見せろ」
ぬいぐるみを隠していたと知るや否や、ノゾミはジュリアに強く迫った。
「やだもん!」
ジュリアの背後に回ろうとするノゾミに対し、ジュリアも素早く旋回して応戦する。
「見るくらい良いだろっ!」
遂にノゾミは、ジュリアに飛びかかった。
「やだっ!」
ジュリアはノゾミを回避し、数歩走って距離を取る。
「見ーせーろーっ!」
ノゾミが再びジュリアに突進した。
「ノゾミさんもジュリアさんに負けず劣らず。
おふたりとも、ぬいぐるみが大好きですものね」
「ウチにも沢山有るのにね」
「その点わたくしは、尊い尊いアカネ様おひとりで満ち足りておりますので…」
マシャがアカネに抱き付き、頭に頬ずりをした。
「マシャ、懲りてないの?」
「ノンノンノン。こうしてアカネ様に密着していれば、
ローブさんも手出しがしづらくなりますわ。懲りたからこその抱擁ですのよ」
「貴女が味方で良かったわ」
もし、偏執的なまでの好意をこちらに示す人物と敵対関係になってしまえば、
敗北したり囚われの身になった時に何をされるか分かったものではない。
「マシャだけずるい。僕も!」
マシャの反対側から、ローブがアカネに抱き付く。
「暑いんだけど」
3人がイチャついている間に、ジュリアとノゾミの攻防はエスカレートし、
ぬいぐるみの奪い合いは引っ張り合いに発展していた。
「もう見たから良いでしょノゾミ!」
「いいや、もっとよく見せろ!」
ぬいぐるみには大きな負荷がかかり、ボタンの目の下から中身の綿が飛び出してしまっていて、
まるで痛みに耐えかねて涙を流しているかのよう。
「ローブ、あのぬいぐるみ取り上げて」
アカネは何とかぬいぐるみを指差し、ローブに指示する。
ローブが、
「かしこまりましたっ」
と言うのと、実際に2人からぬいぐるみを取り上げたのが、ほぼ同時であった。
「あっ!」
2人が驚きの声を上げた後、頭上からローブの声がした。
「ぬいぐるみが可哀想でしょ!」
ローブはすぐ近くの建物の屋根の上に立っていて、
ぬいぐるみを眼下の2人に向けて突き出している。
彼女の軽業に、偶々居合わせた通行人の老人も驚いて目を見張っていた。
その建物は2階建てなのだが、それを瞬時に登る程度はローブにとって造作も無い。
「ローブ返せ!」
「ジュリアのだよっ!」
ローブはアカネの方を見て「アカネちゃん、どうしよう?」 と、次なる指示を仰いだ。
「とりあえず降りて来て」
ローブはヒョイッと飛び降り、平然と着地する。
通行人の老人はまたしても驚愕し、思わず「猫か?」
と呟いたが、それに気付いたアカネに睨まれ、そそくさとその場を立ち去った。
「ローブ返してぇーっ」
ジュリアは地面を蹴って飛び上がり、ローブからぬいぐるみを奪い返そうとするが、
ローブが持ち上げているぬいぐるみには到底届かない。
「だーめ」
「ローブの馬鹿っ!このローブタ!」
ジュリアはノゾミミズ同様に、名前をもじった蔑称でローブを罵ったが、
ローブは至って普通に答える。
「僕ブタじゃないよ?」
身体能力で遠く及ばないと理解しているからか、
ノゾミはジュリアと違ってぬいぐるみを奪い返そうとはしない。
だが、ローブの介入自体には些か不満を感じている様だ。
「ちぇっ、後少しだったのによ」
「アカネ様、ここはわたくしにお任せを」
マシャはようやくアカネから離れ、ノゾミに近寄っていく。
「離れてくれるなら何でも良いわ」
「ノゾミさんノゾミさん」
マシャがノゾミの肩をポンポンと叩いて囁きかける。
「何だよマシャ」
「ここは一旦、ごにょごにょごにょ…」
マシャはノゾミに何やら耳打ちを始めた。
「全く…」
4人から離れたアカネは疲れからか、黄色い果実を満載した荷車のふちに座り込んだ。
タバコを加え、ライターらしき物で火を点ける。
アカネはひと息吸い込み、フーッと煙を吐いた。
「本当におぶって貰おうかしら…」
独り言を漏らす辺り、虚弱なアカネには久方ぶりの外出が応えたらしい。
アカネが少し姿勢を変えた拍子に、荷車の果実が1個転がり落ちた。
「あ」
果実は地面に落ちても更に転がり続ける。
「所が!それはとんだ勘違いだったんだと」
「マジ!?」
「ッハハハ、リーダーなっさけねぇ」
そこに、何やら談笑しながら歩く3人組の男が現れ、足元の果実を気付かずに踏み潰してしまった。
「ちょっと、あんた達」
荷車に座っていた自分の所為でも有るからか、アカネが男達を呼び止める。
「何だ?俺達に用か?」
「あれ!?」
「っちょちょちょ、何か踏んでるって」
アカネの手前側からそれぞれノッポ、デブ、チビの3人組は後ろを振り返り、自分達の内のデブが果物を踏み潰していた事に気付くと、
ノッポが硬貨を取り出してアカネに投げ付けた。
アカネは通りすがりなのだが、果実を売っている商人だと勘違いされたらしい。
「悪い!これで勘弁してくれ」
「高!?」
「っへへへ、お前気前良いな」
3人組はすぐに消えてしまった。
アカネは3人組のいずれとも全く面識が無かったが、
彼等の肩に刻まれていたタトゥーにだけは見覚えがあった。
「あいつら…」
「あの、ちょっと…」
果実の持ち主と思しき老婆が現れ、アカネに声をかける。
アカネは硬貨を拾い上げ、それを老婆に投げ付けた。
「これ、あいつらが踏み潰した分よ」
この硬貨1枚で、踏み潰したのと同じ果物を3個は買えるだけの価値がある。
「え?えっと、毎度あり…で良いのかしら?お釣りを…」
老婆はお釣りを返そうとポケットをまさぐるが、
アカネはタバコを地面に落とし靴で踏んで火を消すと、立ち上がって老婆から離れてしまう。
「あら?お客さんお釣り…」
「要らない」
アカネは振り向かずに背中で答え、4人の元へ戻った。
ノゾミもジュリアも大人しくしていて、ぬいぐるみ騒動は収束している様子だった。
休憩から戻ったアカネを加えて一行は5人となり、オープンカフェを目指して再度歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます