6話 盗賊
昨晩はコトミの家で一晩泊めてもらった。
彼女には父親しかいなかった為、父親はたいそう喜んだが、これからこの村で二人が生きにくくなったらどうしようと思うと昨日はなかなか寝付けなかった。
そんな僕は、今、山の頂上にいた。
どれくらい歩いただろうか。
岩山というかなんというか、ともかく登山用の山ではないような足場の悪い山だった。
何度か転がり落ちそうになったくらいだ。
これと言うのも、昨日の村から暫く歩いた先にあった村─クルソ村─の村人達に「山に住む盗賊を捕まえてほしい」と頼まれてしまったのだ。
結局道中では盗賊どころか人間にすら会っていないが、本当にいるのだろうか。
山頂の風に煽られてマントがバタバタとはためいている。少し寒いな。
目をつむって大きく息を吸う。
頂上の空気は美味しいと聞いたことがある。
「ねぇ アンタ」
息を吐く。
うん、美味しい。...気がする。
ふと空を見上げる
「ちょっと!聞いてるの」
この高さでこの美味しさなら、きっと空はもっと美味しいだろう。
いや、空気が薄くてそれどころの話ではないか
うーん、いつか行ってみたいな。
─────バチンッ!
「ッ!?」
頬に鋭い痛みを感じる。空を見ていたハズなのに、今見えているのは足元の砂利。
「なんだ!」
顔を持ち上げ周囲を見渡す。
今僕は何者かに頬を叩かれた
気付くのに数秒かかった
咄嗟に対処できなかった。これは、命取りだ。
ココは既に敵地だ。ぬかった。
「なに無視してくれてんの」
背後だ
慌ててマントを翻し反動で後ろを向く。
「え」
そこにいたのは女の子だった。
「君が、盗賊かい?」
いやそんなはずはないだろう。盗むどころか、逆に何もかも盗まれてそうな細身の女の子だ。
───はっきりいって、弱そう
「そうよ。
「嘘でしょ」
「嘘なんかつくものですか。こっちは、生活かかってンのよ」
目の前の少女は、桃色の髪をふたつぐくりにしている僕と同い年くらいの少女だった。
口元は隠れているが、大きい目は真っ赤に輝いており宝石のそれを思い出させる
「で、アンタは私の家に何の用かしら?見ない顔だから村の人間じゃないわね」
「家?」
「そうよ。この山は私しか住んでない。つまりココはアタシの家よ」
「随分と広い敷地だけど、ひとりなの?」
「そうよ」
嘘じゃないのだろうけど、謎すぎる。
何故こんな女の子がひとりで山にすんでいるのか
「なんで?」
「知らない相手に話す道理はないわね。得体の知れない哀れな冒険者さん」
言い終わると同時に、ぶわっと風が吹いた
煽られた前髪が元の位置に戻る頃、首に冷たいモノが当たる感覚がする
「さ、アナタは私に何をくれるの?」
耳元で囁かれて背筋がぞわぞわと凍る
そうだ、彼女は盗賊だ。
首にあてがわれた短剣はそのままに、彼女は片手で僕の荷物や体をまさぐった。
盗賊が欲しいものなど何も持っていないハズだが、だからって衣服を盗られたら嫌だなぁ
「...なんも持ってないのね。子供だもんね」
ただでさえ慣れていない女性との接触のせいで心臓はバクバクと波打っている。
「なんで目を合わせないの」
自分が今どんな顔をしているかすらわからないのに、密着した女の子の顔なんてとてもじゃないが見れやしない
鼻の下がのびきっていたりしたらどうしよう
「ねぇ、名前はなんて言うの」
首に当てられていた短剣が外された。
そっと離れた少女の顔を見る
口元のマスクはとられ、彼女の幼さが残りつつも凛々しい顔が見てとれた。
「ユーフェリア・ザ・ロッド」
ちゃんと少女の目を見て名を告げる。
「ユーフェリア...」
少女は僕の名前を小さく呟いた。
「ユーフェリアは、なんでココに来たの?」
少女は少し段になって椅子のようになっている岩に腰を下ろしてこっちこっちと手招きをした。
少女は弟でも眺めるような、そんな優しい目でこちらを見ていたから、(警戒は解かないが)そっと少女の横に腰かけた
「僕は、姫様を救う為の旅をしているよ。新米勇者ってところかな。いや、勇者ではないんだけど...」
「姫!?」
過剰な反応を示されて少しびっくりした。
「王様に頼まれて...」
少女は何故かこちらに身を乗り出してくる
「ちなみにどこの国?」
おそるおそる僕の顔を覗き込んできた彼女の紅い瞳には僕の顔がうつっている。
「えと オータム城下町、っていう」
そう答えると彼女の視線はフッとそれた。
まっすぐ前を見つめる表情からは彼女が何を考えているかは読み取れない
「ノエリッタ」
───?
「私の名前。ジャベータ・ノエリッタっていうの」
そういえばまだ名前を知らなかった。
「素敵な名前だね」
再び彼女と目が合う。
「ありがとう、ノエルって呼んで」
「わかった」
二人の髪を風が撫でる。
ノエルが前髪を整える様子を横目で確認する
「ねぇ、フェリア」
彼女はえらく大事そうに僕の名前を呼んだから
「なに、ノエル」
僕もちゃんと名前を呼んだ。
すると彼女はピョンッと腰かけていた岩から飛び降りて、そして僕の前に立った
「アタシを連れていって」
彼女はたしかにそう言った。
その言葉を僕の耳に届けるように、強い風がふたりの髪を撫でた
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