5話 犠牲
ドンチャ ドンドン チャッチャ───
祭りの音楽のような音楽が流れている
今からすることは楽しいことではないだろうに
楽器を奏で歌を歌う村人達の表情はどこか寂しそうで、苦しそうだ
夜道を照らす為の灯りだけがやたらと明るく、浮いて見えた。
やがてその音楽と明かりは遠く離れていく。
ひとり幼い少女をそこに残して───
「いくよ、お兄さん!」
ザッと木の影が飛び出した素早い子供に慌ててついていく。
いち早くコトミの元へと辿り着いた子供はなにやら彼女と言葉を交わす。
所定の位置で立ち止まった僕を二人が見つめる。
───おかしい。
作戦ならコトミがこちらに来る手筈。
早くしないと山の神が来るだろう。早くしろと口パクで伝えたところで二人は微動だにしない
「なにしてるんだ」
二人が動かないならこちらから行くしかない。
近付くと子供は口を開いた。
「こいつ、帰りたくないって言うんだ」
「コナをおいていけないよ!」
子供はコナというらしい。
「でも早くしないと二人とも...!」
「だからコナだけ帰って!」
「嫌だ!お前が帰れ!」
どうすれば良いかわからないまま二人を眺める事しか出来ない自分が悔しい
「じゃあ、お兄さんに決めてもらおう!」
「え、僕?」
二人がバッと僕を見上げた。
「うん、いいよ」
僕に何を任せると言うのだ。と思っていた矢先
───ぼふんっ
「!」
奇妙な煙に一瞬目をつぶる。
そして再び目を明けると、コトミと
コトミに瓜二つの少女が立っていた。
かわりに、コナの姿が見当たらない。
「こ、コナは?」
「オイラ!オイラがコナだよ!」
「?」
向かって左の少女が自分がコナだと名乗った。
「オイラ、きつねなんだ!」
突然コナと名乗る方の少女からきつねのような耳と尻尾が生える。
「化けるのは得意だよ!」
「そうなんだ...」
「あんまり驚かないんだね」
「驚きすぎて逆に冷静でいる感じ」
「変なの」
二人の少女はけらけらと笑う。
「さぁ、お兄さん!もう一度目をつぶって」
「どうして?」
「いいからいいから!」
言われた通りに目をつぶる。
すると子供が目の前で走っている音と衣服がすれる音がする。
「あけていいよ!」
言われた通りに目を開ける。
先程と同様にコトミが二人並んでいる
「さぁ、お兄さん!好きな方を選んで!」
「選ばれた方がお兄さんと帰るよ!」
見た目だけでなく声までそっくりだった。
キツネと言うのはすごいんだな。
「さぁ、早く早く!」
「どっちかえらんで!早く!」
少女達に急かされる。
しかし少し待ってほしい。ここで僕がどちらを選ぼうと一人はここに残される計算になる。
でもどちらかを選ばないときっと僕まで山の神の餌食となる。それはだめだ。
僕は小さい子供の命さえ救えないのか。
「ふたりとも、じゃだめ?」
すがるような問いにすかさず返ってくる返事
「だめ」
例えどちらがどちらか今分かったところで僕はどちらかなんて選べない。
いたたまれない気持ちで視線を落とす
すると視界の端でなにかが動く。
─────それは、キツネの尻尾だった。
尻尾を出した方のコトミをふと見上げる
その目は自分でない方を選べと強く訴えている
自分を選ばせる為にわざと尻尾を出したのだ
もうひとりのコトミは、少し震えていた
「はやく!」
コナが叫ぶ。
「大丈夫だから!」
また僕は、頷くことしか出来ない。
パッとコトミの手をとる。
「早く!そのまま村まで走って!振り返らないで!はやく!」
言われた通りに走り、山を下る。
小さい少女は泣きながらも必死に僕の手を握り、すがるようについてくる。
これでよかったのだろうか。
コナは、今どんな気持ちだろうか───。
ふと目から涙がこぼれる。
それは拭っても止まらず、頬をつたり流れた
今コトミを助けたところで、この子も数ヶ月後にはまた山に出される。
それを知ってなお、この子の命も救ってあげられない自分が情けなくて不甲斐ない
一刻も早く姫を助けて「勇者様」と皆から言われるようになったら、まずこの村に「こんなのおかしい」と言いに来よう
今の「ただの村人」の僕ではなんの力にもなれないけれど、勇者なら。勇者なら。
コトミの手を強く握る。
それまでこの子が生きていればいいのだけれど
この子を村まで送り届ければ
僕の冒険の、長かった一日目は幕を閉じる───
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