第39話:女神と記憶
想いおこすと、俺のオヤジは自由人だった。
金に関しても、女に関しても、仕事、教育、とにかくすべてに関して自由だ。
オヤジ曰く、生まれついて心臓に疾患があり、長く生きられないと言われたから自由に生きることにしたとのことだったが、結婚して子供まで作れたのだから、当初は本当なのか信じがたかった。
もちろん、オブラートに包んで「自由」と言っているが、悪く言えばいくらでも言いようはあるだろう。
欲しいものは借金しても買ってくるし、夜はどこかへ遊びに消える。
家族と遊びに行くのは好きだが、家の中の片づけや子供の教育には関与しない。
仕事は定職になかなかつけず、人に命令されるのが嫌い。
だからと言って計画性もないため、自分で事業を始めては潰し、始めては潰し、始めては潰し……。
収入より出費のがかさむのは明白だ。
金銭トラブル続出。母親とよくぶつかり合うが、気の弱い母親は一方的に言い負かされる。
しかし、そのうち母親も我慢できなくなり反論するようになったのだが、面倒なことが嫌いなオヤジは話し合いなんて当然しないわけだ。
怒鳴るだけ怒鳴って、あとは手をだして解決する。
物心ついた俺がそれをかばえば、俺もオヤジの標的となった。
けっこう厳つい顔で、ごっつい体をしていたものだから、まあ小学生の俺に勝てるはずもなかったんだ。
幸いだったのは、酒を飲まなかったことだな。
これで酒乱だったら、俺と母親は殺されていたかもしれない……あはは。
たまに気分が悪ければ八つ当たりされることもあったが、そういうことは意外に少なかった。
こちらが文句を言って気分を損なわないようにすれば、穏便にやり過ごせることが多かったのだ。
だから、日常的に暴力があったわけではない。むしろ外から見たら、よく遊びに行くため「仲のいい家族」に見えていたんじゃないかとも思う。
それもあり、俺はオヤジを「自由人」と呼ぶにとどまっている。
そんな我が家だったが、オヤジが浪費家だったおかげでひとつだけいいことがあった。
おもちゃが豊富だったことだ。もちろん、あくまでオヤジが気にいったおもちゃだけなのだが、ゲームが好きなオヤジはよくゲーム機やゲームソフトを買ってきて俺にもやらせてくれていた。
幸いにして、俺もゲームは好きだった。
いや、大好きになっていった。
まず、はまったのがレトロタイプのゲームで、
自分が戦闘機やらロボットやらを操作して、とにかく敵のたくさん出てくる弾をよけながら戦うタイプ。
もちろん、最初はすぐにやられたのだが、悔しくてやり続けていると、ある時期から妙な感覚を味わうようになった。
視点が一か所に集中せず、画面全体をほぼ同時に見ている感じだ。
そうなると敵のデザインや弾の形など、ボケているように見えてくる。というより、それぞれ記号的な情報に変換されて、全体の流れ自体を観測している。
それは次の流れの予測につながる。
こうなると、次はどう避けようなど考えなくなる。ほぼ無意識に、予測した流れに乗るだけだ。
もしかしたらこれが、「無我」の境地ってやつかもしれない。
なんにせよ、この状態が俺はすごく好きだった。
その瞬間、俺自身の存在も無になり、画面の中の流れだけがすべてになる。
おかげで、現実のしがらみから逃れられる。
面倒なオヤジの問題もない。つまらない学校生活もない。下手すれば「生」さえもない。
それは、安心する不安。
それは、不安定な安定。
ああ、俺の語彙力では表せないな。
ただ、この大好きな瞬間も、最初のうち長く続かなかった。
保てて数秒。
すぐに我に返ってしまう。そして我に返った途端、自機に敵の弾が当たる。
ゲームオーバー。
だから、俺はこの仮称「無我」状態に、すぐに入れるように、長く続けられるようにという練習を続けていた。
といっても、とにかく「無我」になろうとしただけなんだけどね。
そんなことを繰り返していたある日。
親父は俺に対戦型格闘ゲームを薦めてきた。
最初はやはりレトロな2Dタイプ。
オヤジが俺と、そのゲームをやりたがったので対戦した。
結果、俺のボロ負け。
オヤジは若いころにやっていたらしい。
それに比べて小学生の俺は、始めてやった格闘ゲームだったんだから当たり前と言えば当たり前だ。
手加減されても、全く歯が立たず。
親父は上機嫌で、俺を叩きのめしてくれた。
そこから俺は格闘ゲームの練習を始めた。
悔しかったから……というのもあったが、それよりも強い動機があった。
ゲームの中とはいえ、オヤジを殴れるのだ。
殴りたかった。
殴りたかったのだ、このオヤジを。
小学生半ばになれば、なんとなくわかる。
このオヤジが、どれだけロクデナシなのかを。
俺は、それをオヤジに伝えたかったのだ。
たぶん……。
ただ、対戦型格闘ゲームはシューティングゲームと違いすぎた。
相手がコンピューターの時は、まだパターンがある。
パターンがわかれば、無我で対応もできる。
しかし、相手が人間だと話が違う。
ネット対戦してみてわかったのだが、無我になると反応がよすぎるのだ。
そのため、相手のフェイントに引っかかりやすくなってしまう。
必要だったのは、やはり相手との駆けひき。
だから、俺は相手の動きをひたすら観察した。
おかげで最初のうちは、まったく勝つことができなかった。
しかし、気がついてみれば「動き」から「癖」、さらに「性格」まで読み取れるようになっていた。
もちろん、すべてを完璧に感じられる超能力みたいなのじゃない。
俺がつかめるのは、敵の内面的概要という感じだ。
それでも格闘ゲームをやるのには十分、役に立った。
この「読み」と「無我」を利用して、俺は勝率を高めていった。
今考えれば、ずいぶんと異端なガキだったのかもしれない。
小学校6年生の夏。
俺はその2D対戦格闘ゲームで、オヤジを完膚なきまでに倒した。
だが、オヤジの興味は、次にVR格闘ゲームに意識がいっていた。
2Dで俺に負け始めてきたので、どうやら隠れて練習していたらしい。
だから、今度はVRで対決しようというのだ。
ところが、オヤジは最初の数戦こそ勝てたものの、その後は俺に負け始めた。
勝って、負けて……。
勝って、負けて……。
負けて、負けて……。
負けて、負けて……。
負けて負けて負けて負けて負け負け負け負け負負負負負負負……。
そのころの俺には、オヤジの動きや考え方が手に取るようにわかってしまっていた。
だから基本の動きと技を覚えたとたん、もう対応は簡単だった。
俺はオヤジをズタボロにした。
リアルなVR空間で、赤子の手をひねるように、徹底的に、容赦なく、みじめなまでに敗北を教えこんだ。
そして、その時はきた。
オヤジが負け続けた怒りにブチ切れて、VRゴーグルを外して立ち上がった。
その口からもれる、何か聞き取れない怒声。
とたん、倒れた。
俺はわけがわからず、しばらく床に転がったオヤジを見ていた。
ピクリとも動かない、大きな背中を見ていた。
声もかけずに、ぼんやりと見ていた。
なんとなくわかったのは、オヤジが死んだということ。
……そうじゃない。
俺が殺したんだ。
後でわかった病名こそ、心臓麻痺。
だけど違う。
違う。
俺が殺したんだ。
ゲームで戦って戦って戦って、戦う自由に絶望を塗りたくり現実で殺したんだ。
じゃあ、どうする?
どうなる?
オヤジを殺し、生き残った俺、そして母親はどうする?
……戦う。
戦うしかない。
世の中にはプロゲーマーという職業が確立している。
ゲーム世界で戦って、勝てば金になる職業。
仕方がない。
俺と母親が生き残るには、これしかない。
中学生になったころには、俺はゲーム大会の常連になっていた。
中学3年生で、スポンサーもついた。
そろそろ、苦労してきた母親にも楽をさせてやれると思っていた。
その矢先、母親は急死する。
嗤う。
でも、俺は戦うしか能がなかった。
一応、自腹で高校も行ったが、青春を謳歌することはしなかった。
そのころの俺は、なんとなく人生そのものが「無我」に感じていて、戦っていないとゲームオーバーになる気がしていたかもしれない。
ああ。
少しだけ変わったのは、高校を卒業した後だろう。
ある女性との出会いで、俺は少しだけ社会性をもてた気がする。
ゲーム以外の楽しいことも学ぶこともあり、その間だけ戦わない時間ができていたはずだ。
しかし、その女性とのつきあいは長くはなく、俺はまた戦い三昧になる。
そして最後は、オヤジと同じ心臓麻痺。
遺伝……というより、それはきっと因果応報。
きっと俺は、最後に俺を殺したのだ。
嗤う。
戦うために戦って。
頂点に立った時、戦う相手がいないから最後の敵として自分を殺したのだ。
……嗤うよな。
とんでもないコメディーだ。
いいや、ギャグコメディーだ。
でも……。
俺は、また戦うのか?
戦うために戦うのか?
ゲームのように意味もなく……。
――違うよ。
――違うよ。助けて……ボクたちを助けて欲しいんだ……。
……ああ、そうだった。
そうだったな。
今度は、そのために戦うんだった。
だから今、俺は生まれ変わろうとしている。
そのために転生の道を通っている。
ここを通るとき、記憶が想起されるとは言われていたが……つまらない
どうせ見るなら、もっと楽しい笑い話がいいだろう?
うん、そうだな……。
いいかげん飽きてきた。
だから……。
――だから、そろそろ行こうか! 新しい
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