第36話:女神と悪魔

――いや、ほら、だってね? 私、ステイシヤと違って、魔獣に対する耐性的なものがあったんですけど、そもそも異世界の魔獣って私たちの力が効きにくいのですよ。


「…………」


――だからね、ほら、あれよ、あれ。なんていうのかしら? パワーアップ? 呼び込んだところまでは良かったんだけど、なんか、だんだん魔獣王が力をつけてきてしまってね。


「…………」


――気がついたらね、なんか言うことなんて聞かなくなってしまったわけです。


「……おい、こら、ナイティヤ」


――い、いきなり呼び捨て!?


 彼女の文句を切り捨て、俺はドスの効いた声で威嚇する。


「なぁ~にしてくれてんだ、あんたぁ~!」


――ひぃっ! ……フ……フフフ。そっ、そんな怖い声出しても、こここっ、怖くなんてありませんよ。女神ですからね!


「なら……虎次郎さん、一発お願いします」


「おいっ! こらぁ~! おどりゃー! なにかましてくれんじゃ、われぇ~! ケツの穴から手ぇ、突っこんでぇ~、奥歯ガタガタいわしちゃろうかぁ!!」


――ヒィイイイッ! 怖い怖い! やくざ怖い!


 さすが本職、女になってもドスの効きが違う。


 しかし、この女神、実は臆病なのか?

 思ったよりも脅しに弱いぞ。


 ああ。よく考えれば、芋虫の姉だったな。

 それに基本アホだし。

 同じノリで攻められるんじゃないか?


――めっ、女神を脅すとは不敬! 怒りましたよ! ダテに憤怒神してませんからね!


「ダテだろう」


――不遜! こうなれば、さらなる災厄を呼びこみ、やはり世界をリセットすることにします!


「ほう……ならば、こちらも容赦するのをやめようではないか。せっかく、穏便に済まそうと思ったのだがね」


――なっ……何をする気です!?


「なぁ~に。これから白いご飯を炊いて飯にしようかな……てね」


――はいっ? あなたバカですか? 所詮は愚鈍な人間、何を言って――


「――白菜のお漬物に醤油をチョロリ」


――……え?


「白いご飯にあいそうじゃないか?」


――まっ、まさか!?


「ステイシヤが漬けた白菜の漬物、すべて食べる。食べつくしてやるわ!」


――ちょっ、ちょっと……。


「キュウリも、もちろんもうやらん。梅酒も一滴たりともわたさん!」


――ま、待ちなさい! 人間ごときが、女神の食べ物を口にするなど慮外……


「はんっ! 知るか、知るか、知るか! あんたが今、味わっているキュウリと梅酒が『最後の晩餐』ならぬ、『最後の晩』だと思え!」


――おおおおっ、落ちつきない! おろおろおろっ、愚ろろかな人間よ!


「あんたが落ちつけよ!」


 俺の方が驚くほど狼狽している。

 だが、手応えありだ。

 たとえるなら、釣り針をしっかりと咬んでしまっている大物を釣り上げようとしている気分だ。

 釣り竿には、強い引きを感じている。このままリールを巻いてやる。


「ここは大人の味で、一味とうがらしをかけて醤油でいただこうかね……」


――ピリ辛ですって!? ……白いご飯に白菜とキュウリの漬物の組合せ……人間よ、わかっているの!? それだけでご飯が進んでしまうのよ!?


「こちとら日本人を長くやっているのだから、百も承知よ! ああ、焼き海苔も買ってきちゃうかね!」


――くっ。その上、焼き海苔なんて……。


「しかも炙るぜ……」


――香り立つじゃない! 酷いわ! べ、別に食べたくなんてないけど……でも、美味しそうで酷いわ!


「湯気のあがる炊きたての熱々ご飯の上に、お新香をのせて海苔で巻く。パリパリの海苔が音を鳴らして、お新香と白いご飯を巻きとる。口に近づけると、ほら海苔の香ばしさと醤油の香り。そして口に入れると……想像するがいい! 元想像神だから得意だろう?」


――想像違う! 創造! ……ああ、でも、思わず想像してしまう、自分が憎い!!


「だが、残念だな。あんたは2度と、この美味い漬物を食えぬのだ!」


――くっ、殺せ……ではないわ! まだよ、まだ負けないわ! ステイシヤをだしなさい! ステイシヤと話させるのです!


「そいつはできねー相談だな。何しろ、本当はよぉ、ステイシヤは縛りつけて床に転がしているからな」


――なっ! なんですって!? 私のステイシヤになんてことを!?


「はあん? なにが私のステイシヤだよ! 敵対者だろうが、生温いこと言ってんじゃねーや!」


――あ、あなた、それでも本当に勇者候補の人間なの!? ステイシヤをどうするつもり!?


「あ~ん? もちろん、口では言えないほど、えっちで、スケベで、もうエロエロな事をしてやるに決まってるじゃねーかよ。メチャクチャにしてやるぜ! そしてその後は奴隷としてこきを使い、毎日毎日、俺のために漬物と味噌汁を作らせてやるぜ!」


――あああっ悪魔っ!!


「ぐはっははははは!」


 と俺が調子に乗って笑っていると、リュウに「ちょっと」と引っぱられて魔方陣から離される。

 そして耳元で囁かれる。


「……これじゃ、僕まで悪党の片棒を担いでいるみたいなんだけど?」


「芝居ですよ、芝居。……でもまあ、女神を縛り上げたのは、リュウさん自身じゃないですか。もうすでに共犯者ですよ。毒を食らわば皿まで。もうあなたの手は黒く染まってしまった。今さら逃げるとか言わないでくださいよ?」


「……きっ、君は女神だけでなく、元覚醒勇者も脅すのかっ!?」


 ふと横で、虎次郎から「立派な極道っぷりだ」と感嘆される。

 いや、もちろん芝居であることは本当だ。

 ただ、このノリで突っ走っていきたい。


「……いや、さすがによくないだろう。それに僕は元々、部外者だしね。とりあえず、ステイシヤ様は解放させてもらうよ」


「――あっ、ちょっと!」


 俺がとめようとするが、間にあわない。

 あっという間に、ステイシヤを拘束していた光の輪が消え失せる。


「はうっ……はあ……はぁ……」


 猿ぐつわもはずされ、その場に倒れこむステイシヤ。

 疲労しているのか、息が荒い。

 うむむ。さすがに悪いことをしてしまったかなと思っていると、ステイシヤが腕をついて上半身だけ起こした。


 俺は近寄って片膝をつき、彼女の顔を覗きこむ。


「えーっと、すまん。やりすぎたか?」


 するとステイシヤは、ゆっくりと顔をあげた。


「はぁはぁ……ボ、ボク……これからえっちで、スケベで、エロエロな事されちゃうの!? はぁはぁ……メ、メチャクチャにされちゃうの!?」


「なんで嬉しそうな顔で上気してんだよ!」


 そこにショーコも近寄ってきて、ステイシヤの両肩を支えてやる。

 そしてその上気した顔を一瞥後、彼女はリュウへ神妙な顔を向けた。


「リュウ殿。どうだろうか。……我も縛ってみてもらえぬか?」


「――どうだろうかじゃねーよ! 興味津々かよ!」


 俺がツッコミをいれるのと同時に、リュウがガックリと肩を落とす。


「僕がまちがっていたよ。……うん、もう2人とも縛っておこうか」



――聞こえましたわよ! 他にも女性を縛るですって!? この変態悪魔ども! ……くっ。仕方ありません。要求があるなら聞きましょう。ですから、これ以上の狼藉はおやめなさい!



 怪我の功名というか、なんか結果的にうまくナイティヤを誘導できた。

 ただ、過去にひとつの異世界を救った元勇者のリュウは、巻き添えで「変態悪魔」の汚名を着せられて、すごく落ちこんでしまっていた。


 うん。ごめん。

 正直、すまんかった……。

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