第35話:女神と説得
――フフフ。この私を倒すと? まあ、なかなか面白いことを言いますね。
憤怒神らしく怒火の熱を孕ませ、ナイティヤは言葉を響かせた。
――私はこの世界の存続を支える二柱の片割れ。私を倒すことなど不可能でしょうが、もし倒したとしても世界は失われますよ。
なるほど、それは困る。
それでは本末転倒だ。
俺は言葉に詰まってしまう。
たとえ魔獣王というのを倒したとしても、ナイティヤが心変わりしないかぎりは同じようなことがくりかえされてしまうだろう。
「女神ナイティヤ様! なぜなのですか!?」
その俺の代わりに口を開いたのは、リアンだった。
彼女は黒髪を揺らし、魔方陣に向かって強い口調で話しかける。
「貴方は見目麗しい美の女神。ステイシヤ様も確かにかわいらしいお方ですが、貴方様の方が美しいではないですか!」
リアンの疑問は、哀しみをともなって放たれた。
たぶん、戦いの記憶が蘇っているのだろう。
その戦いの中で起こった惨劇。それを思ってか、彼女の瞳に涙が浮かぶ。
もしかしたら、「こんなくだらない理由で戦っていたのか」という哀しみかもしれないが。
ちなみに、床に転がされて呻いている
まさか異世界の人々も、自分たちの世界を救済しようとする涙の訴えが、床下収納の底に向かって放たれているなど思いもしないことだろう。
本当に、シュールな絵画である。
「そんな美しい女神様が、男の女神に嫉妬する必要などないはずです!」
――フフフ。そんな言葉、私は信じません。信者たちは、みんなステイシヤの方がかわいいと……。
「私は、ステイシヤ様よりもナイティヤ様の容姿の方が理想ですわ!」
――り、理想……ですって!?
「はい。憧れですわ! 私はかわいい派よりも、美しい派なのです! それにナイティヤ様は知的ですし!」
――憧れの知的美人!?
いや、それはどうだろう……とツッコミをいれたいがここは我慢だ。
なんかいい流れである。
それに、俺は別のことが気になった。
「なあ、リアンさん」
俺は小声でリアンに話しかける。
「ナイティヤ様ってそんなにきれいなの?」
――知りたいの!? 私の美しさを知りたいのですね!?
地獄耳か!?
そしてこの自己顕示欲は、さすが芋虫の姉である。
ただ、こちらとしては確かに知りたいので肯定。
――そう。知りたいのね、知りたいのね……フフフ。なら見せてあげましょう!
その言葉に合わせるように、魔方陣が光った。
かと思うと、赤い光がそのまま上に照射される。
少しずつ、床下収納の上に像が結ばれていく。
その立体映像に現れたのは、銀髪で赤い目をした女性のバストアップ。
「あ……本当だ。超美人……」
俺がつぶやくと、リュウもうなずく。
「確かに。これは絶世の美女だな」
――え? 超美人……絶世の美女!?
簡単に言えば、少し幼い曲線をもつステイシヤを大人びた感じにした顔だった。
確かに「かわいい」は似合わない。
鋭角的な顔のライン、そしてなんと言っても豊満なバスト。
女性らしい首から肩甲骨のラインも、映像だというのに色香が漂う。
ストレートではなく、かるくカールがかかった髪型も大人の雰囲気話を醸しだしていた。
リアンもかなりの美人だが、ナイティヤはそれに大人の色香と神秘性がともなっている感じだ。
「ほう。確かに美しい。我も美しさでは、ステイシヤ殿より、ナイティヤ殿の方が上だと思うぞ」
やっと内容が掴める話になったからか、ショーコも腕を組んでうなずく。
そして「うらやましいのぉ」とつぶやいた。
ショーコは特に童顔でかわいい系なので、こういう大人の美人には憧れがあるのかもしれない。
ところで、女捨てたんじゃないのか、あんた……。
――ちょっ……ちょっとそんなにみんなで褒めないでよね! べ、別に褒めて欲しくて姿を見せたわけじゃないし!
映像はリアルタイムらしく、ナイティヤは赤面した顔でそっぽを向く。
ツンデレか、コイツ。
まあいい。ここはダメ押しをしておこう。
「確かにナイティヤ様は『かわいい』って感じはないけど、それは大人の艶をもつ女性だからですね。信者たちがたまたま、かわいい派が多かっただけじゃないでしょうか。きれい派ならば、まずまちがいなくナイティヤ様でしょう」
――そ、そうかしら……。
「なんなら、俺たちがそちらの世界に行ったら、ナイティヤ様の美しさを広める活動でもしますよ。こんな美人の女神様は、もっと讃えられるべきですよ!」
――そ、そうよね! そう思うでしょう? ええ、ええ。そうなのよ……。
「そうですよ。……あ、ちなみにステイシヤ様は今、ナイティヤ様をみんなが褒めるものだから、いじけて向こうに行ってしまいました」
――あら。どうりで静かだと思ったら。
「でも、ナイティヤ様のことは美しいと認めていらっしゃいましたよ! 『わたくしのお姉様は美人』とさんざん聞かされましたから」
――あのステイシヤが私をね……フフフ。
まあ、そこは嘘八百だが、嘘も方便である。
あとは野となれ山となれだ。
「それにステイシヤ様もナイティヤ様の事を好きなのは、まちがいないですし。白菜の漬け物も、ナイティヤ様を喜ばそうときっと漬けていたのですよ」
――私のために白菜を……やはり、そうではないかと思いました。あの子も私のことを好きで好きで仕方ないのですね。もう普段は意地っ張りなのだから……フフフ。
俺が好き勝手言っているせいか、部屋の隅で芋虫の動きが激しくなっている。
でもまあ、腹が立っているかもしれないが、芋虫が姉のことを嫌いではないことはまちがいないだろう。
というわけで、もう少し黙っていてくれ、芋虫。
これからが本題なんだ。
「ああ、これはぜひナイティヤ様の素晴らしさを広めたい! そうだ……きっと俺たちの運命はそれを成すことなんですね! ……ああ、でもナイティヤ様は魔獣王を放ってしまったお方でしたね」
――な、なぜそれを!?
チョロい。簡単に釣れるな。
ってか、やはり犯人はこいつか。
おや。芋虫がまた一段と床で跳ね回っている。むしろ陸揚げされた魚のようだ。
ああ、待て待て。もう少しだ。
くすぐりの刑は、機会があればさせてやるから。
「ナイティヤ様、魔獣王の件はまだ一部のものしか気がついていません。ただ、魔獣使いがナイティヤ様を崇めているのは事実。バレるのも時間の問題でしょう」
――マ、マジで!?
「マジマジ。でも、それって、ナイティヤ様の評判を広めるのにも、ちょっと問題ですよね……。魔獣王を排除して、魔獣使いが勇者と争わないようにできればいいんですがねぇ……」
――…………。
さて、どうでるか。
うまくいけば、異世界に行く前に問題を解決できた初の勇者になれるかもしれない。
あれ? でもその場合、俺って転生してもらえるのかな?
勇者としてもてはやされて、ハーレムでウハウハしたいのだが。
――魔獣王の排除……それはできないわ。
だか、ナイティヤが重々しく俺の期待を裏切った。
俺は思わず、身を乗りだす。
「ど、どうしてです!?」
――フフフ。なぜなら……。
「な、なぜなら!?」
――暴走して、私の手に負えなくなっちゃった★
「――なっちゃった★ じゃねーよ!」
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