第34話:女神と罪

「逆鱗……だって?」


 異世界の人々が、創造神の1人である女神ナイティヤに対して犯してしまった過ち。

 しかし、もう1人の女神であるステイシヤの怒りは買わなかった行為。

 それは一体何なのか?


 俺はリアンの顔を見た。

 事情を知っているとしたら、その世界で18年間生きてきた彼女だと思ったのだ。


「…………」


 だが、彼女は黙って長い黒髪を横にふる。

 どうやら、原因に関しては一般に知られていないらしい。


 ならば、妹……じゃなく弟である女神ステイシヤならばと見るが、そう言えば猿ぐつわをして床に転がしておいたのだ。

 猿ぐつわをはずして聞きだそうかと思うが、ここで余計なことを言われるのは良策ではない。



――フフフ。知りたいのですね、不敬なる人間たちが行った神をも恐れぬ愚行を。



 なんと向こうから話をふってくれた。

 僥倖。俺は下手したてにでてお伺いを立てる。


「ナイティヤ様、無知な我々にお教えいただけないでしょうか」


――フフフ。いいでしょう。いい機会です。話してあげましょう。


 その場にいた全員に緊張が走る。

 話の内容についていけていなさそうな拳士ショーコでさえ、固唾を呑みこむ。

 それはそうだろう。

 これから語られるのは、ひとつの世界の運命を変えた、重大な分岐点の物語なのだ。

 そして逆に言えば、その世界を救うヒントになるかもしれない話なのである。


――もともと私とステイシヤの二柱は、性別のない両性具有体の神でした。確かに見た目は女性的でしたが、あくまで女性ではなかった。


 ステイシヤについては聞いている。

 ということはまさか、ナイティヤも同じように男の娘設定されてしまって、それが逆鱗に触れたのだろうか。


――しかし、我々は信仰心の元に生まれた神。創造神と言われていますが、世界に創造されて、世界を創造した事実を得た神なのです。


 ややこしい話である。

 周りを見ると、リアンでさえ首を捻っている。ショーコに至っては、すでに頭から煙が出ている状態だ。

 唯一、納得しているのは、元勇者のリュウぐらいであろう。


 俺だって混乱しかけている。

 だから、少し口にだして整理する。


「つまり、世界ができた時に二柱は存在しなかった。後世の人々の伝承によって二柱の形が作られ、その設定で世界を創造したことになっていただけだった。しかし、伝承に過ぎなかった創造神という存在が、力を得て真実とされた」


 虚実が真実になった。

 そこで起こったのは、因果の逆転。


「創造神が真実とならば、創造神は世界を創っていなければならない。だから、二柱は世界を創る力を得て、世界を作ったという事実が真実となった……ということですか?」


――フフフ。……あなた、なかなか聡明ですね。


 ナイティヤに感心されるが、とある格闘ゲームの話の中に、そんな感じの設定があっただけだ。いわば、その応用である。


――とにかく私が言いたいのは、私とステイシヤは信仰心に左右されると言うこと。そしてその信仰心でステイシヤはアホでマヌケな男の娘にさせられてしまったということ。


 そこまではいい。

 だがこの流れはやはり、ナイティヤも同じように男の娘に?


――しかし、私は女性に設定されました。


 あれ? ナイティヤは肉体的に女性、すなわち正真正銘の女神なのか?

 それならば、女になりたくなかったと言うことか?

 頭の中で疑問符が飛び交う。


――そこまではまあいいでしょう。我々にとって人間が考える性別などたわいないこと。問題はそのあとでした。


 性別が直接の問題ではないらしい。

 確かにそうだ。性別を自由に変えられる神にとり、些細な問題なのだろう。

 しかし、ならば何が問題だったというのか。


――私は女神、ステイシヤは男の女神になりました。しかし、人間たちはそこに恐ろしき欲望を含ませたのです。


「欲望……」


――ええ。まず、私は男の娘に萌える姉キャラにされました。つまり、女装している弟に萌える変態姉にされたのです。


「……え?」


――ああ、なんて侮辱! その時点で私は、ステイシヤの脇役キャラクターになったと言えるでしょう! まあ、「女神ステイシヤは女神ナイティヤを『お姉様』と呼ぶ」という設定は褒めてあげますが。いいですわよね、「お姉様」という響きは。


「は、はぁ……」


――そして、さらにステイシヤのかわいさは、とんでもないレベルに設定されました。私の信者よりも、ステイシヤの男の娘好き信者の方が圧倒的だったのです。そのため多くの人々が、「ナイティヤよりステイシヤのがかわいい!」と言いだす始末……。


「は、はあ……」


――あなたにわかりますか? 弟に負ける姉の辛さが! 男に負ける女の辛さが!


「い、いえ……」


――わからないでしょう!? しかも、その弟がアンポンタンときているのよ。……でも、実はそんなところもかわいい。なによりステイシヤの見た目は、まちがいなくかわいいわ。女装も似合っている。もう最高に萌えなのよ!


「…………」


――だからと言って、人間たちに「ナイティヤよりステイシヤのがかわいい、萌えー!」と言われるのは許せない!


「…………」


――だから、世界をリセットするのです。そして「ナイティヤ様最高!」と人間たちに崇めさせ、ステイシヤはもう少し従順な性格で「姉萌えっ子」にして、2人でただれた日々を過ごせるよう、世界を変革するのです!


「…………」


――わかりましたか、人間よ。


「わかりました。ナイティヤ様。……あんたはぶっ倒さなければダメみたいだ」


――えーっ!?


 その場にいた全員が、深く俺の言葉にうなずいた。

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