第30話:女神と時間
「ところで、我にはよくわからぬのだが――」
女神の呼び名が「ルビス」に決まったところで、拳士ショーコが挙手して質問を口にする。
「――なぜ女神殿は、『騒々しい捨てクソ女神』という別名をつけたのだ?」
「ルビス! ルビスが別名! ってか、その呼び名、ひどっ!」
男の女神「創造神ステイシヤ」改め、「ルビス」が立ちあがって否定する。
もうこのメンバーだと、誰がボケで誰がツッコミだかわからないな。
「それは私も不思議でした」
正面に座っていたリアンが、艶やかな唇を開いた。
「なぜ、捨てクソ様は名前を変えるのでしょう?」
「ボク、女神でさえなくなったよ!」
リアンもなかなか悪意あるまちがえ方である。
この辺りは、虎次郎の影響なのだろうか。
ちなみに今、俺たちは6人ほど座れる四角いテーブル席に着いて、玄米茶をすすりながら会話している。
コタツにすると、また動けなくなりそうなのでテーブルセットにしてもらったのだ。
ただ神魂の間の真ん中に、テーブルがある風景はなかなかシュールだ。
俺の左に女神ルビス、右に拳士ショーコ。
その反対側に、元勇者リュウ、美女リアンが座っている。
リュウが未だにいるのは、リアンが異世界に行くまで責任をもつためらしい。
リュウとしても、現状がわからずにリアンを預けるのは不安なのだろう。
これは少しずつ事情を説明しなければならない。
「女神の名前を変えるのは、勇者や女神を狙う『魔獣使い』から見つからないようにするためなんだ」
「ああ、彼らですか。……あら? でも、クソ様はここにいるのでは?」
「もう誰のことだかわからないぐらいに略してきたな。……まあ、いいか」
「――よくないよ!?」
ルビスのツッコミはもちろんスルー。
「君たちは本当に相変わらずだなぁ」
リュウが爽やかに笑った。
相変わらずと言われるほど長いつきあいなどないのだが。
ともかく俺は、ルビスからもらった能力であるメガコンといきさつを説明する。
もちろん、ルビスは献身的にセレクトカーソルを自ら受け入れたという話にした。
一瞬、反論しようとしたルビスだが、ショーコが「さすが女神殿」といった途端に、俺の説明は全て真実と言うことになっていた。
この女神、本当に俗物である。
「なるほど。だから一緒にあちらの世界に行くことになったと」
「ああ。それにこの女神自身にも、きっちり落とし前つけさせた方がいいだろう?」
「おお、落とし前は大事や! きっちり指つめさせんとな! あんちゃん、わかっとんな!」
「もう虎次郎、いきなり出てこないでくださいませ!」
うん。なんかややこしい。
目の前で表情がコロコロ変わるリアンを見ていると余計混乱する。
もう目を瞑って、ここには6人いると思った方が簡単かもしれない。
「ところで、そのセレクトカーソルという物はもうないのですか?」
リアンの質問に、俺は女神に目で尋ねた。
すると、女神がコクリとうなずく。
「たぶん、もう新しいのができていると思いますよ。キャラクター登録は、バージョン1.0で5人まで。20人までなら、有料DLCで対応できます」
「有料DLCってなんだよ!」
「有料DLCは、別料金で手にいれるダウンロードコンテンツのことですが」
「いや、すまん。俺の質問の意図は、そこにない」
「え? そうなんですか? 男の人ってよくわからないですね」
「性別関係ないし、あんたも男だろうが……って、また話がそれる!」
横から「心は女の子ですぅ」と迫るルビスの顔を押しのけて、俺はリアンに話を促した。
彼女はセレクトカーソルの何が気になったのだろう。
するとリアンが口許に片手を当てて、うつむきかげんで黙考した。
数秒後、思いきったように顔をあげる。
その瞳にあるのは決意。
「そのセレクトカーソルというのを私にも刺してもらえませんか?」
「え? でも、それすると、俺に操作されちゃうんだけどいいの?」
俺の確認に、虎次郎が「あかん!」と叫びだす。
まあ、父親役としては、「男に体を自由にされる娘」など許せるわけがない。
しかし、リアンは虎次郎を黙らせると、俺にまた真摯な瞳を向けてきた。
「まずは私の能力の説明をした方がよいかもしれませんね」
「能力って……ああ、さっきの弓?」
「はい。これです……」
そう言うと彼女は立ち上がり、左腕を前に伸ばした。
そして掌を開いて、体に力をこめる。
「――【
彼女の左手から前腕を包むように、周囲から光が収束。
また金色の篭手が現れる。
全体に青い幾何学模様が入り、それが光を放っている。
そこから伸びる長弓。
これも同じような模様をしているが、形的には和弓なのか握っている部分より上の方が長い。
ただし、矢を番えるグリップ部分には、穴が空いてそこに通すようになっているらしい。
「これがクソ……ではなく、ルビス様からいただいた能力です。この魔弓は私の中に眠っている魔法道具で、私の意志で自由に呼びだすことができるのです」
さりげなくクソ呼ばわりするが、そこは流しておこう。
ただ、弓といういかにも使えそうな武器ではあるが、所詮はクソが与えた能力である。
「この女神の能力だからきっと役に立たないんだよね? もしかして、相手の性別を変えられるだけの武器なの?」
「いえいえ。違いますよ。それは副産物なんです」
リアンは首をふって少しだけ苦笑する。
「えーっと魔獣という存在は、獣というより日本の妖怪のような存在なのです。そして彼らは陰陽でいう『陰』の魔力で構成されています。だから、人のもつ『陽』の魔力で斃すことができます」
「ふむ」
「この星天鐶の魔法の矢は、その陰陽を反転させる能力があるのです。つまり、魔獣に刺せば、その『陰』の魔力を『陽』に反転させ、結果的に斃すことができるのです。ちなみに、人間は肉体に陰陽の魔力を併せもち、男性は『陽』が多く、女性は『陰』が多い」
「ああ。それが反転するから性別が入れ替わると?」
「はい。魔力の量は肉体的な変化をもたらしますので」
「なるほど。あくまで副産物。対魔獣兵器なんだな」
「ええ。しかも、魔法を生成するのには呪文を唱える必要がありますが、これは陰陽反転という効果をもたらす矢を生む魔法道具で、呪文の必要もないのです」
「…………」
「……ど、どうかされました?」
「そ、それ……メチャクチャ、ちゃんとした武器じゃないの!?」
「そ、そうですけど?」
驚くリアンをよそに、俺は女神ルビスの方に体を向ける。
そして両肩に手をのせて思いっきり揺すった。
「あんた、どーしたんだよ!?」
「な、なに!? ダ、ダーリン!?」
「頭おかしくなかったのか!? こんなまともな能力を与えるなんて!?」
「お、落ちついてダーリン! 逆! それ逆! 頭がおかしくないから、まともな能力を与えたんだよ!」
「いいや! あんたは頭がおかしい!」
「ひどっ! おかしくないし! それにその能力を与えたのって、ボクが魔獣王に倒されて復活した直後だよ!」
それを聞いて、俺は揺するのをやめる。
「……ああ。今と違って、まだまともな意識が少し残っていた時期か」
「そうそう。今と違って……って、ちょっ!?」
「……そう言えば復活してから、『じっくり勇者を育てようと思った』とか言っていたな。もしかして、だから虎次郎を赤ん坊にしたのか?」
「うん。あの時のボクは、AI任せに能力を適当に与えたりせず、きちんと転生者に直接、能力を渡していたし、すぐに戦いに行かないように成長する余地を与えていたんだ。だって弓の練習期間だって必要でしょう?」
「…………」
「……な、なに? なんで無言?」
「い、いや……。時間って残酷だなってね」
「や、やめてください……なんか悲しくなってきました」
とは言え、虎次郎を女性にしてしまったり、同じ顔の勇者を生産していたりしたのだから、そもそも時間の問題だけではない気がするが……。
……って、あれ?
なんか気になるぞ?
時間……。
ん?
なにかおかしくないか?
「実は私が5年前、時空の狭間に落ちたのは、魔獣使いとの戦いのせいでした」
5年前……。
「私は魔弓を18才になるまで訓練してきたのですが、どうしても構えて狙いをつけるまでのロスタイムがなくせず、複数の敵だとだんだん追い詰められまして」
18年……。
「でも、それってキャンセルで解決できるのかな」
リュウが疑問を投げるが、俺はそれどころではない。
5、18、23……20……。
頭の中で数字がまわる。
「我が思うに、どこまでキャンセルできるか問題だな。1射目をかまえたまま、もし2射目の矢をそのまま構えられるのであれば……」
「なるほど」
拳士も話に加わってなにか相談している。
だが、頭に入ってこない。
俺はもっと重大な問題に気がついていた。
「まあ、女神様も一緒に行くと言うことなら心配ないかな。僕はもう君たちが転生しないつもりじゃないかと思っていたよ」
リュウが苦笑する。
「このまま
「――!? またって……またっていいましたよね、リュウさん!?」
俺は立ちあがって身を乗りだしてリュウに訊ねた。
その勢いに、リュウが目を丸くする。
「え、うん。だって君と始めて会ってから、もう5年も経っているじゃないか……」
「「……えっ!?」」
俺とルビスの声が重なる。
そして俺は、この瞬間にやっと違和感の正体に気がついた。
20年前に現れた魔獣王。
23年前に魔獣王を倒すために転生した虎次郎(リアン)。
そうだ。
まったく計算が合っていなかったのである。
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