第28話:女神と穴

「まったく! ヒロインたる女神を床に転がしたまま話を進めるなんて、貴方たちは信仰心が足りません!」


「あえて言おう! そんなもの欠片もないと!」


 女神のクレームに、テーブルでお茶すする全員が黙ってうなずく。

 元勇者リュウの束縛から解放された女神は、さらにぷんぷんと怒りだす。


「罰当たりです! 心からの謝罪と賠償を求めます!」


「そういうこと言う奴は、だいたい自分の非を認めない奴なんだ」


「酷いです! ダーリンまで一緒になって! どっちの味方なんですか!?」


「どちらかと言えば、あんたの敵だ!」


「明確な敵意!? で、でも、ボクの部屋でボク放置って……ボク、放置プレイは嫌いなんだからね!」


「プレイじゃないし。……ちょっぴり本気で忘れていただけだ」


「もっと始末悪いし! ……おっと、そんなことより自己紹介の続きしよう!」


「切り替え早っ!」


「え~。ボク……ゴホンッ……わたくしも自己紹介させていただきますね。みなさん、わたくしに注目してください」


「どんだけ自己顕示欲が強いんだ、あんたは……」


 要するに「かまってちゃん」らしい。

 俺が自己紹介をするところだったんだが、すっかり自分が話す気満々である。

 まあ、トリの方が目立つので、俺は最後でいいけどな。


「では、我が名を皆さんに伝えましょう。よくお聞きなさい」


 なぜか彼女にスポットライトが当たった。

 しかも、神秘的で雄大な感じのBGMまでどこからともなく鳴りだす。


「我は女神。世界を創ったと歌われる神。我が名は……【創造神ステイシヤ】!」


 全員がなぜか「オー」と声をあげる。

 たぶん、みんな俺と同じで「意外にまともだ」と思ったのであろう。

 美女リアンなどは、手を叩いて感嘆する。


「素敵なお名前ですわね、【騒々しい捨て石や】様!」


「――誰が捨て石ですか! しかも、囮として引きよせようと一生懸命がんばって目立とうとしているのに、敵に『ふん。騒々しい捨て石や。バレバレやないか』って、バカにされている感じにされている!? 捨て石だってがんばっているんですよ!? 健気か!?」


 なぜかストーリー仕立てのツッコミである。


「だいたいあなたね……えーっと、名前はなんでしたっけ?」


「リアン……【オーシィ・リアン・デール】ですわ」


「ああ、【おしり病んでる】ね」


「――なんじゃと、わりゃあ!」


 突然、極道モードのリアンが、テーブルを叩いて立ちあがる。

 美女の顔が台なしになるほど眉間に皺を寄せ、鼻の穴が広がり、口の片方がつりあがる。

 極道……というよりは、ヤンキーっぽい。


 ビビリな女神は、「ひぃ~」と叫んで尻もちをつく。


「おうおう! それじゃ、まるで痔やないか! ワシがキレ痔だったのは前世までじゃ!」


 ドスの利いたツッコミで、前世のカミングアウトするリアン……もとい、虎次郎。

 うん、別に知りたくない情報だ。


「なんならケツの穴、見せたろうか! 今はきれいなもんや!」


 うん、それはちょっと見て見たい気も……いや、なんでもない。


「なにがきれいですか! 女神である私の方がきれいに決まっています!」


「あ~ん? このリアンのケツの穴よりきれいやと? 勝負したろうか!?」


「いいでしょう! 受けて立ちますよ!」


 いや……なに言いだしているの君たち?


「勝負とな? そう聞いては我も黙ってはおられんな。参戦しようではないか!」


「いいから、あんたは黙ってろ」


 突然、参戦の意思表示をする拳士ショーコにすかさずツッコミをいれる。


 ヒロインたちのケツの穴勝負を始める異世界転生話なんて聞いたことないぞ。

 俺が将来、語るべき冒険譚が18禁になったらどうしてくれる。

 まあ、異世界に行けるのかも怪しいけどな……。


「まあまあ、君たち。脱線はその辺にして」


 さすがに黙殺できなくなってきたのか、元勇者リュウも腰をあげる。


 すると、それに凜とした声が続く。


「そうですよ! やめてくださいませ、虎次郎!」


 それはまちがいなくリアンだった。

 いつの間にか、表情も元の美人顔に戻っている。

 いや、元には戻っていない。照れているのか怒っているのか、エルフのような耳の先まで真っ赤にしていた。


「勝手にわたしの……そ、その……お、おしりとか……見せるとか言わないでください!」


「しかしな、リアン。このクソ女神、ムカつくんじゃ!」


「お気持ちはわかりますが、それではこのクソ女神様と同レベルですわ」


「うぐっ……まあ、そやけどなぁ……」


 横で女神が「クソ女神様……」と歯ぎしりするが、そんなことは放置だ。

 なにより驚いたのは、リアンの様子だった。

 1人で会話しているのだ。

 しかも、表情に口調、声の調子まで切り替えながらである。


「あっ……。き、気持ち悪いですよね……。すいません」


 ポカーンと見てしまっていた俺に、リアンが伏せ目で謝ってくる。

 その声が、あまりに痛々しい。

 違うのだ。俺は慌てて否定する。


「いや、別に気持ち悪くはないけど。さすがに驚く」


 気持ち悪くないというのは本心だ。

 むしろ、その複雑な精神状態が心配になる。


「驚く……ですよね。でも、気持ち悪いと言われないのは嬉しいです」


「まあ、二重人格とか格闘ゲームでもいるし」


「ゲームキャラですか。……面白いお方ですね」


 また、鈴を転がすように「ふふふ」と笑う。

 そして、なにかを決心したようにうなずいてから語りだす。


「虎次郎さんは、生粋の男でした。そんな彼が転生した時、自分が女性になったという事実は、とても受け入れらないことでした。そのため彼は、心を半分閉ざしてしまったんです。それに対して赤ん坊だったせいなのか、脳が外界と接する自我が別に形成しました。それが私です。先ほどは分離と言いましたが、どちらかと言えば仮初めの人格ですわ」


 寂しそうな口調。

 しかし、俺がなにか言う前に、虎次郎が口を開く。


「なに言っとるか、バカが。お前は仮初めとかじゃねー。むしろ、仮初めじゃ困る。わいはリアンがいなかったら、今ごろ気が狂っちまってたかもしれねぇ。メインのお前がいてくれるから、わいはサポート役だと割りきれるんじゃい!」


「虎次郎……」


 端から見たらまぬけな一人芝居なのだが、本人たちは至って本気だ。

 そして、2人の本気を見ていて俺も気がついた。

 どうやら、虎次郎はリアンの守護霊……いや、もしかしたら父親役を演じることで自我を保っているのではないだろうか。


 でも、それってもし彼女とつきあうことになったら、常に父親同伴ということじゃないのか?

 デートの時も、夫婦になってからも……。

 これはいくら美人でもかなりハードルが高い。


「ちなみに、虎次郎はクソ女神様を恨んでおりますが、私――リアンはクソ女神様をあまり恨んでおりません。ここに来たのは、虎次郎が『クソ女神に一発かましたい』というのと、私がクソ女神様に元の世界に戻していただきたいというのがあったからなのです」


「ちょっと! 恨んでないにしては『クソ』言い過ぎ!」


「ああ、申し訳ございません。捨て石様」


「捨て石違う! ステイシヤ!」


 うん。たぶん、リアンも恨んでいるな、これ。



 ……って、あれ?


 なんか忘れている気がする。


 ……まあ、いいか。

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