第27話:女神と名前

 女神を芋虫状態で放置したまま、俺たちはかつ丼を食い終えた。


 ちなみに、俺と美女が1杯食べる時間と、拳士が3杯食べる時間はほぼ一緒だったことはつけ加えておく。

 しかし、あの小さい体のどこに収まっているのか気になるが、突っこまない方が身のためかもしれない。


「ごちそうさまでした。さて……」


 食事が一段落して落ちついたのか、美女が居住まいを正して向きなおった。

 美女だとかつ丼を食べる姿も様になる。女神や拳士の食べ方……喰い方を見ていると特にそう思う。

 そんなことを考えていると、美女が立ち上がりかるく会釈した。


「突然、騒いで申し訳ありませんでした。改めまして、私はエスティア人の東方族デール領主の娘【オーシィ・リアン・デール】。日本で言う名前部分は、リアンですのでそうお呼びください。よろしくお願いいたします」


「「――名のっただと!?」」


 俺と女神が、美女の名乗りあげに驚愕する。

 そう。

 それはこの場にいる人間の中で、始めて明かされた「名前」だったのである。


「え? なにか問題でもありまして?」


「い、いえ。むしろ何の問題もなく名のったので驚いているわけでして……」


 俺の言葉に、美女・リアンがコロコロと笑う。


「おかしな事を仰って……いやですわ。初めての相手に名のるのは、至極当然のことではないですか」


 ぐうの音も出ない。

 まさにその通りだ。

 むしろ、それが自然である。

 しかし、なぜか今まで俺たちに名のるチャンスがなかったのだ。

 そう言えば結局、邪魔が入って拳士の名前さえも聞いてない。


「おお、リアン殿か。我は【ショーコ・寺林てらばやし】という。よろしく頼み申す!」


「「――すんなり名のっただと!?」」


 拳士・ショーコが、何事もなかったように手を伸ばし、リアンと握手を交わす。

 そんな彼女に、俺は横から突っこまずにはいられない。


「あんた、さっきは前口上とかして、なかなか名のらなかったじゃないか!」


「さっきは自分から名のる場合だからな。今は、相手が先に名のってくれたのだ。とっとと名のるのが礼儀であろう」


「そ、そうね……」


 すごくまっとう。

 なにこれ、言い負かされた?

 思わず、悔しさで「うぐぐっ」と歯噛みしてしまう。


 しかし、ショーコはそんな俺を無視して話を続ける。


「ただ、皆の衆よ。我は女を捨てた身。だから皆も、ショーコではなくショー……クラッシャーショーと呼んでくれ。修行中はよくこのとおり名で呼ばれたものだ」


 腰に手を当て、女を主張する大きな胸を張るショーコ。

 俺は、そんな彼女に冷たい目を向ける。


「おい。それ今、思いついただろう?」


「そっ、そんなことは、な、ない……ぞ……」


「『黒い弾丸』はどうした?」


「そ、それは……い、いろいろな通り名を持っているのだ!」


「目をそらすな!」


 このアホ拳士は、どうもその場のノリでよく考えずに口にしている気がする。

 こいつの言うことも、あまりまともに受けとらない方がよいかもしれない。


 しかし、美女・リアンはまともに受けとったようだ。


「わかりました。クラッシャーショーさんですわね。そうお呼びいたします。……でも、少々長いですね」


 そう言って、顎に人差し指を当てて思考のポーズ。

 ああ。美女はどんなポーズでも絵になる……と思っていると、なにかを思いついたのか、彼女は明るい顔で手を叩く。


「そうですわ! 略して『クショー』さんでいいかしら?」


「おお、なるほど……って、いいわけあるか! 呼び名が後悔にさいなまれているではないか!」


 なんと、アホ拳士のくせにノリツッコミをこなして見せた。

 なんだ、こいつ……なかなかやるな。

 将来、俺のツッコミ役ライバルになるんじゃないか?


 まあ、そんな心配はさておき。

 とりあえず拳士のことは、そのまま「ショーコ」と呼ぶことに決定した。

 話を聞くと「ショーコ」はカタカナ表記。彼女は拾われた時には幼く、「ショーコ」という音しか覚えておらず、漢字表記はわからなかったらしい。

 だから「寺林」という名字は、彼女を育てた師匠とかいう人のものだそうだ。


「でも、すばらしいですわね、ショーコさん。すっきりと女を捨てられたなんてうらやましいですわ」


 一通りショーコの話を聞いた後、リアンは感心したようにそういった。

 本当は「すっきり女を捨てた」とは思えないけど、そこは黙っておいてやろう。


「私もいろいろな葛藤がありまして、女を捨てるか、男を捨てるか悩みましたが、未だにどちらも捨てられないのです。それどころか、先ほどリュウさんに説明していただいた通り、その挙句に男女の意識が分離してしまっているので」


 リアンが暗い顔を見せる。

 そうだ。彼女は心に男――前世の40年以上の記憶と、女としての23年間の記憶が、それぞれ別意識として棲みついたままなのだ。

 さっきリュウが言ったとおり……って、リュウ!?


「ちょっと待って! リュウさんって!?」


 俺は始めて聞く名を尋ねると、リアンは不思議そうに首を捻ってから、そのまま「た○秀」の元勇者の顔を見た。

 まるでその視線を受けとったように、元勇者がうなずく。


「ああ、僕の名前だけど……言ってなかったけ?」


「初耳ですよ! ってか、今の俺、たとえるなら大型バージョンアップで新章スタートにあわせて、過去の未クリアシナリオを一気にネタバレ開放されてしまっている、初心者プレイヤーの気分ですよ!」


「いや、ごめん。その気分はよくわからないけど……。えーっと、僕の勇者としての名前はリュウ。もともとは日本人で【山田 竜太】って言うんだ。改めてよろしく」


 するとリアンが「まあ」と、また手を叩く。


「私の前世の名前は、【川田 虎次郎とらじろう】ですの。竜虎対決みたいですね!」


 いや、対決する必要はないだろう。


「えーっと、それであなたのお名前は?」


 リアンが黒曜のような双眸で俺を見た。

 とたん、つられるようにショーコとリュウも俺を見る。


 ああ、そうか。

 とうとう、俺も名のることになるのか。

 考えてみれば、ここまで長い道のりであった。

 自己紹介は考えてある。

 俺は意を決して、開口する。


「ああ。俺の名前は――」


「――ちょっと待った!!」


 そこに女神が喉を嗄らすような声で割ってはいった。


 全員の視線が、女神に向く。


 それを確認したように、女神が強い口調で訴える。


「その前に……その前に、わたくしを解放してください!」


 女神はまだ、芋虫のように床に転がされたままであった。

 ああ、すっかり忘れていたわ。


「女神の扱いが雑すぎます! わたくし、女神ですよ、女神! それを床に転がしておくなんて! 断固、待遇改善を求めます!」


 誰かこの女神に、自業自得という言葉を教えてやってくれ……。

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