第25話:女神と復讐者
「ちょっと、どういうことかわからないんですが……」
玄関先(?)での俺のひきつった言葉に、元勇者の出前が乾いた笑いをこぼす。
「アハハ……だよね。実は僕も頼まれただけで、ちょっと困っているんだけどね」
そう言いながら元勇者は、横に立っていた、俺と同年代ぐらいの美女を見る。
美女、いやもうまさに美女。
どんな美女かを表現しろと言われると、どう表現しても陳腐になりそうで困るほどの美女。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花……これでいいか。
もっと単純に説明すれば、漆黒の艶やかな黒髪は長くストレートで、腰の辺りまで伸びている。たぶん、枝毛なんて1つもない。もう本当にきれいでサラサラしていそう。
おでこは少し広い感じだが、それだけに整った眉毛が際だって見える。こういうのを遠山の眉とか言うのか。よくわからないがなんかで読んだ気がする。
そして目だ。パッチリとしながらも、スラリと流れるように切れ長。それを飾る睫がまたきれいに並んでいる。マスカラとか塗っているかのように目許を際立たせていた。
さらに毛穴などうかがえない、きめ細かい肌をした鼻。すべすべとした大理石を思わす表面と整った形が、もうそれだけで芸術品になりそうなぐらいだ。
お堅い芸術品とは対照的に、柔らかそうで食べてしまいたくなるのが真紅の唇。口紅を塗っているのかわからないが、鮮やかな控えめの唇は目を奪われるほどプルンと揺れている。
もちろん、その輪郭も完璧。少し丸みを帯びた頬から流れる顎へのラインはスラリと鋭角的。曲線と直線のコラボは、なぜか車のエアロフォルムを思いださせた。
身長も高めでスリムな七頭身。モデルみたいだが、紺地に真っ白な牡丹模様の着物の着こなしはとてもすばらしいかった。
ただ……。
ただひとつ、普通と違うところがあった。
耳が大きく上に伸びて尖っているのだ。
「えーっと、こちらの方がもしかして?」
俺はしばらく見とれた後、ふと我に返って尋ねた。
すると、元勇者が深くうなずく。
「そう。転生者の――」
「――ダーリン、かつ丼が届いたの?」
だが、その時。
どうやら目が覚めたらしい女神の声が、背後から聞こえてきた。
――刹那。
和服美女の双眸が静かに燃える。
束の間、俺を押しのけて、スルリと部屋の中に素早く入ってくる。
そしてこちらに近づこうとしていた女神と対峙した。
「……ん? どなた? いくらなんでも新しい転生者ではありませんよね。拳士さんでも早すぎたぐらいなのに」
「ええ。
美女は鈴を転がすような声で話した……が、どうしたことだろうか。どこか寒気を感じる。
怖い。そして心が痛い。
……ああ、この雰囲気は拳士の殺気と同じだ。
ただ、拳士の殺気が炎なら、こちらは氷の刃。
「わたしは、あなたに
「……え?」
「アア、嬉しいです。2度と会えないと思っていたのに、またお会いできるなんて……女神よ」
「え、えーっと……」
「アア、女神よ……」
そう言うと、彼女は左手を前に翳した。
「――
美女が口にしたのは、たぶん呪文。
その命令に応じたように、彼女の左手が金色の篭手に包まれ、それと一体化するように巨大な弓が現れる。
矢をかざしもしないまま引かれる弦。
そこに光の矢が姿を現す。
鏃が狙うのは、女神の頭。
「あ、あのぉ……」
「女神よ……死にさらせや!!!!」
放たれる光。
次の瞬間には、女神の額に光の矢が刺さる。
「――ぎゃあああ! 痛い痛い痛い! 刺さったぁ!!」
「――女神!」
驚いた俺がトレーを落としそうになると、さっと元勇者が素早く片手でそれを支える。
だが、その態度は冷静そのものだ。
「やれやれ……」
「おい! あんた……」
「大丈夫だよ」
何を言っているんだと、俺はチッと舌打ちをして女神に駆けよろうとする。
だが、女神は額を抑えてカエルのようにしゃがみこんでいるものの、もうすでに矢は消えていた。
ああ、そうだった。
ここでは肉体は仮初。
痛みは精神的に感じるものの、肉体的に傷ついてもすぐに戻る。
「――くっそ。絶対殺す!」
極道の女も真っ青な口調で、また弓を構える美女。
ヤバい。いくら肉体的な傷を負わなくとも、精神的な苦痛は同じぐらい伴う。
止めよう……と思っているうちに、元勇者が彼女の手を上から抑えた。
片手でかつ丼が乗ったトレーを器用に持ちながら。
「はい、ストップ。事情が事情だから、この女神にも痛い目は見てもらった方がいいと思ったけど、あまり憎悪をぶつけるのはよくないよ」
「し、しかし……」
「――あああっ!」
女神が悲鳴を上げる。
また射られたわけでもないはずなのに、なんなんだと俺は振り向いた。
そして俺までも「うおっ」と変な声をもらしてしまう。
「胸が……胸ができた! というかボク、女の子になってるよ!」
その言葉通り、女神に立派な胸ができていた。
エメラルドグリーンのドレスの胸元から、しっかりとした谷間が覗いている。
うわあぁぁ……いい……。
女神の容姿だけは、ぶっちゃけストライク。
それが胸まで立派になってしまったら、俺的に百点満点だ。
「見てください、ダーリン! ほら、これ! これがボクのフィメールフォーム……ってあれ? ダーリン……顔が真っ赤ですよ?」
ヤバい。完全に見惚れていた。
俺は顔の熱さを感じながら、そっぽを向く。
「……あれ~ぇ? もしかしてぇ、ダーリンったら照れてますぅ~? ボクのかわいさにノックアウトですぅ~? ぐへへへへ♥」
「気持ち悪い笑い方するな!」
「いいんですよ、ダーリン。もっと見ても♥ ほれほーれ。感触も楽しんじゃいますぅ?」
「――って、おい! 背中に胸を押しつけるな!」
「ぐへへへへ♥ 照れちゃってかわいいんだからぁ♥ よーし、もうすこ――」
――スコンッ!
「――うぎゃああああぁぁ!」
突如あがる悲鳴とともに、俺は背中を強く押された。
前のめりになりながらも何事かと振りむくと、尺取虫のような体勢で床にひれ伏し、尻を突き上げている女神の姿。
その尻に突き刺さっている光の矢。
ああ。見る見るうちに、胸がしぼんでいく。
なんてもったいないんだ……と眺めていると、上から美女の冷たい視線が降り注ぐ。
「いちゃつかないでもらえますか、むかつきますから」
美女の冷たい言葉の横で、元勇者までもがうなずいていた。
うん。
おっぱい好きで、ごめんなさい。
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