第23話:女神と容姿

「……というわけで、わたくしは目の色と髪の色を変える予定です。女神だとバレるのはまずいので」


 女神が気をとりなおし、俺をその紅玉のような瞳で見つめた。


「やっぱ赤い目とか銀髪は珍しいのか?」


「ええ。銀髪紅眼は、まさに女神の印なんです。なので金髪碧眼の美少女になることにします」


 なるほど。それならバレないだろう。「美少女になる」となれば、胸もきっとバーンと膨らませるつもりだろうし。


「ところで皆さんも転生受肉時に容姿を変えられますけど、ダーリンは変えませんか?」


「……あ、そうか。そういうこともできるのか」


 考えてみれば当たり前である。

 あくまで転生で、肉体は別物になるのだ。

 しかも、その肉体を用意するのは女神たる彼女……おっといかん、彼なのである。

 それは自由にできるのだろう。


「ほら、ダーリンって見た目がメチャクチャ、嫌ってなるほどありふれた容姿をしているじゃないですか! ザ・平凡。基本的日本人男子の典型みたいな? 太くも細くもない眉毛、線のように細かったりクリクリとしたりしていない普通の目、高くも低くもない鼻、おちょぼ口でもタラコ唇でもない口、痩せても太ってもいない輪郭。……ああ、なんて描写しにくい顔なんでしょう」


「今なら俺、殺意の波動に目覚めることができそうだ……」


「大丈夫です。わたくしは女神。肉体の美しさなんて気にしません。私が見ているのは魂の美しさですから。見た目がどんなつまらなくても、わたくしには関係のないこと」


「……おい。本当にそう思っているのか?」


「もちろんですとも。でも、人間は愚かにも見た目を気にするじゃないですか」


「俺は今、生まれて初めて容姿というものをものすごく気にさせられたけどな……」


 自分のことを二枚目などと思ったことはなかったし、逆に自分の容姿にコンプレックスも感じていなかった。

 しかし、「描写しにくい顔」というのは、無個性と言われているようでショックである。


「まあ、確かにチャンスだから見た目を変えるべきかな」


「ですよ! そこで女神お薦めの顔があるんですよ!」


「ほほう。どんな顔だ?」


「すごーく美形ですよ。こちらをご覧ください!」


 女神がコタツに入ったままで、指をパチンと鳴らす。

 すると、前にゲームに使っていたテレビの電源がいきなりはいった。

 そして、絶対的美形のバストアップが映しだされる。

 細く整った柳眉、切れ長で涼しげな明眸、程よく形の整った鼻、かるい微笑を見せる健康的な赤い唇、きれいな美肌の鋭角的な輪郭。それがさらさらと流れるような、肩口にかかるぐらいの金髪が飾っている。

 背後に咲き誇る華を背負っている気がするのは目の錯覚だろうか。

 それでいて首は太めで、肩もしっかりとしていて男らしい。この様子なら、胸は割れて腹はシックスバックというやつだろう。

 美しさと力強さを兼ね備える、ほぼ完璧な美形と言えた。

 この顔で口説かれて落ちない女性はいないのではないだろうかと思えるほどである。


「こ、これはまた……すごいな」


「でしょーでしょー! かっこいいでしょー!」


「お、おお……」


 俺が引いていると、女神がコタツから出てテレビの前で指をさす。


「見てください、この目! こんな目で見られたらドキドキがとまりませんよね! この整った鼻も素敵で、これでクンカクンカって匂いを嗅がれたらキュンってなりますよね! それにこの唇。この乾燥なんて知らなさそうな唇で愛を語られたら溶けちゃいますよね!」


「……ちょっと待て。途中に怪しげな性癖が挟まれていたような?」


「ああ……素敵。ダーリンもその平凡な顔をやめて、この顔になりましょうよ! 絶対にいいですよ! この顔で私に無理矢理迫ってくださいよ! 即落ちしますから!」


「即落ちはどうでもいいが……」


「ああ、そうですね! わたくし、もうダーリンに落ちてますから♥ でも、この顔になりましょうよ!」


「……あんた、絶対に愚かにも見た目を気にしているだろう!?」


「え? や、やだなぁ、ダーリン。べ、別に気にしていませんよー」


 そういいながら、女神はそっぽを向いて口笛を吹き始める。

 いや、この女神、口笛が吹けないらしい。ピンクの唇を尖らせて、単にヒューヒューと空気がもれる音だけをさせている。


「……俺、このままでいいや」


「え~~~~っ! 変えないんですかぁ~!」


「変えないんですぅ~。なんか変な気がするんですぅ~」


「そ、そんなことないですぅ~。ダーリンが変なだけですぅ~」


「変じゃないですぅ~」


「マネしないでくださいよ! もう、なんでダーリン、変えないんですか? こんなかっこよくなれるのに」


「確かにかっこいいけど……なんかイヤだ。俺は平凡でいい」


「えー。変なダーリン。みんなこの顔、気にいっていたのに」


「そんなこと言われてもなぁ……って……えっ!?」


 またである。

 女神がたまにこぼす、不吉なワード。

 俺の心にとげ……いや、杭のように突き刺さる。


「なあ、女神よ……」


「はい?」


「お主、先ほど『みんなこの顔、気にいっていた』と申したな?」


「申しました」


「それはつまり、この顔の勇者がたくさんおるということかな?」


「ああ、そのことですか」


 女神がまた指を鳴らす。

 するとまたテレビの画面がまた切り替わった。

 小さな写真で、先ほどの同じ顔が多数並び始める。

 そしてすべてに、別の名前が添えられていた。


「えーっと……もう聞くのもイヤだが聞いておこう。……これは?」


「もちろん、今までの男の勇者の皆さんです」


「みなさん、同じ顔に見えますが?」


「ん? 同じ顔ですよ? だいたいの方は『二枚目になりたい』と言うので、このお薦めの顔を見せると、一発で気にいっていただけますし」


「…………」


「つまりわたくしの世界には、わたくしの好みの美形がたくさんいるということですよ! ああ、なんて素敵な世界なのでしょう!」


「……女神さん、あなた少し前に『魔獣使いはなぜか・・・勇者をすぐに見つけ出して始末する』とか言っていましたよね?」


「ええ。不思議なんですよね。どうして彼らは、ああも簡単に勇者を見つけられるんでしょうかね?」


「……女神さん、俺も勇者を簡単に見つけられる方法を知っていますよ」


「えっ!? すごいダーリン! どうやって見つけられるんですか!?」


 俺は、すっとテレビの画面を指さした。

 女神はまだ気がつかないのか首を捻る。


「……なんです?」


「勇者を見つけ出す方法は、この顔を探せばいいんです」


「…………」


「…………」


「……あああぁぁぁぁっ!!」


「ああ、じゃねーよ!! この色ボケ女神が!!」

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