第21話:女神とキャンセル技

「なっ……なんだ、今のは……」


 キャンセル技を実験した拳士は顔を引きつらせ、自分の右足を見ていた。

 そりゃあ、驚くだろう。

 女神コントローラーメガコンを握っている俺でさえ、その動きは違和感しかなかった。

 ゲーム画面で見慣れていることではあるが、それが現実に起こると違和感半端ない。というかオカルトのようだ。

 そのオカルトを自ら体感した拳士が驚くのも無理はない。


 今さっきネズミの魔獣人形に対して、メガコンを使って拳士にださせた技は2つ。

 しゃがんでからの回転足払い。

 そして、「天破地裂てんはちれつ・回天」というオリジナル技。


 ちなみにこの技の元になった「天破地裂てんはちれつ」自体もオリジナル技。彼女が口にした少林寺拳法の技ではない。


 そもそも彼女の師匠という人も破天荒な人らしく、少林寺拳法から派生して武者修行の中から、いろいろな格闘技の技を取りこんで、オリジナルの流派――少林寺拳法・奔放流――を創りあげた人らしい。

 だからこのオリジナル技もムエタイ風で、蹴り上げからの踵落としという連続技だった。


 しかし、彼女はそこからまたアレンジしていた。

 なにしろ彼女の小さい体では、地に足をついたままで踵落としなどできないのだ。

 そこで彼女は自分の特徴である馬鹿力スーパーパワーを使って、まずオーバーヘッドキックやサマーソルトキック風に後転キックで蹴り上げて敵の体を宙に浮かす。そして着地後、自分もジャンプしながら、今度は空中前転キックで踵落としを入れて地面にたたき落とすという、何とも豪快かつ容赦ない技に仕上げていた。


 ところが、キャンセル技によりそのオリジナル技がまた変化したのだ。


「我の……我の右足が……突然、前にワープした!?」


 ワープとは言えて妙だ。


 まずネズミの前まで高速ダッシュ。

 そして正面に来た途端、地を這うような右回し足払いコマンドをメガコンで入力。

 すると、彼女の体は慣性の法則を無視したように急制動。前進速度が突然0となり、直角にしゃがみ込んで足払いを放った。


 これは、ダッシュという動作を足払いでキャンセルしたのだ。


 足払いの威力は凄まじく、ネズミの体を空中で横倒しにする。

 そしてそのままの勢いならば、彼女はしゃがんだままで半回転から一回転していただろう。

 しかし俺は即座に次のコマンドを、「天破地裂てんはちれつ・回天」のコマンドを入力する。


 今度は、足払いがキャンセルされる。


 刹那の間も許さず、回転中のはずの右足は、下から蹴り上げを放っていたのだ。

 そのため空中で横倒しになったネズミの体は、そのまま横腹に衝撃を喰らって宙を舞うことになったのである。

 これでは敵がたとえ人形でなくても、避けようがなく連続コンボで技を食らうことになるだろう。


「ありえない……ありえない動き……これがキャンセル技か!」


「そーです。いかがですか? すごいでしょう?」


 女神が両手をコネコネとしながら近づいていく。


「ね? ね? ね~? わたくしの言った通り奇跡体験できたのでは?」


「た、確かに……アンビリバボーだ……。しかし、やはりどうやってできたのかわからん!」


「だ・か・ら~ぁ。わたくしが申しあげたとおり、しばらくダーリンにその身を任せればいいのです」


「うむむ……」


「ダーリンが貴方の何も知らない無垢な体に、今まで感じたことがない感覚を教えこんでくれますよ。フフフ……」


 いかがわしい。ああ、いかがわしい、いかがわしい。

 一句、詠みたくなるぐらい、いかがわしい。

 これほどいかがわしい女神は、ギリシア神話でも出てこないのではないだろうか。


 だいたい、この女拳士に「俺に操作させる」という事実を受け入れさせる時も、女神はいかがわしさ満々だった。



「さあ、女神たるわたくしを信じるのです。わたくしを信じればまちがいありません。ちゃんとかつ丼も食べられたでしょう? ええ、ええ。安心してください。コントロールと言っても、あなたがキャンセル技の『ありえない感覚』をつかむまでの話。導入部分の先っちょだけ。本当に先っちょだけで、本番はなしです! 大丈夫、テクニシャンなダーリンに任せておけば痛くないです。……え? 痛い方がいい? あ、ああ、そ、そうですか……。えーっと、なら適度に痛い感じで、ずっぷりプレイもありってことで……ぐへへへ♥」



 一体、何を口説いているのかわからない。

 それに俺は知っているんだ。「信じて」「安心して」「大丈夫」「ちょっとだけ」とたくさん口にする奴ほど、信用できないと。

 生前、そういう奴が身近にもいたからな……。

 もっとも、そいつは女神のようにわかりやすくはなかったけど。

 この女神ほど、あからさまに怪しければ普通は信用しないはずである。


「あい、わかった!」


 だが、純真な拳士は、コロッと騙されてしまったようだった。


「確かにキャンセル技に関して師匠が必要ではあろう。体で覚えられるのもありがたい。しばらくは修行としてコントロールとやらを受けようではないか」


「よっしゃー! まいど、おおきにぃ!」


 なぜ関西人っぽい、女神。


「ところでダーリン」


 女神がクルッと銀髪を舞わしながらこちらを向いた。

 その双眸に少しだけ真剣味があることに気がつく。


「もしかしてダーリンは、彼女の技を知っていたのです?」


 俺は女神の質問の意図がわからず、少し首を捻る。


「知っていた? どういう意味だ?」


「だってダーリン、彼女の技をメガコンでコマンド入力できていましたよね?」


「ああ、『天破地裂てんはちれつ・回天』のことか?」


「……そういう名前なんですか? それもどうして知っているのです?」


「はあ? 何を言っている? 彼女のコントロールをしようとメガコンに触ったら、頭の中に彼女の技とコマンドが自然に流れてきたぞ。……そういうもんじゃないのか?」


「……へぇ~……」


「――おい! 『へぇ~』ってどういうことだよ! あんたがくれた能力だろうが!」


「いえ……わたくし、そういう能力を与えてはいないんですよね……」


「え?」


「あれですかね? セレクトしたキャラクターとリンクするから、まあそんな感じのこともあるかもしれない?」


「……『しれない?』……じゃねーよ! なんで自分で与えた能力がわかんねーんだよ!」


「まあまあ、いいじゃないですが。ご都合主義もお約束ですし」


「自分の能力をご都合主義とか言うな!」


 俺の中に一抹の不安が生まれたが、今さら一抹ぐらい大したことないと思い忘れることにした。

 俺もずいぶんとならされてきてしまったものである。

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