第20話:女神と変態
「キャンセル技……とな?」
女神から説明を受けた拳士は首を捻る。
それはそうだろう。格闘ゲームならば当たり前のことだが、それをリアルにやると言われたらわかるわけがない。
要するに女神のアイデアは、俺の能力と拳士の能力を合わせようというわけだ。
少し説明すれば、格闘ゲームにおけるキャンセル技とは「攻撃後の無駄な動きをなかったことにする」というものだ。
たとえば、拳を突きだして相手に当てる。その後、突きだしたの拳を引かなければならないが、その引くという動作をなかったこと(動作時間0秒)にして、次の技をすぐさまつなげるというのがキャンセル技である。
格闘ゲームの場合、前にだした技の実行処理を後からだした技の実行処理が奪ってしまうことで発生するという、もともとバグのようなものから生まれた「技をつなげる技=コンボ技」である。
この「キャンセル=なかったこと(動作時間0秒)」を拳士の能力である「ありえない速さ」で辻褄を合わせようというわけだ。
つまり、やり方がわからない「ありえない速さ」を俺がコントロールすることで実現しようというアイデアである。
そのためには、拳士をキャラクター・セレクトしなければならない。
「うーむ……よくわからないが、我がその矢印みたいなのを背中に刺せば、ありえない速さで動けるようになるということか?」
「簡単に言うとそういうことです」
まさに簡単に言っている。
この方法にはひとつ問題があるにも関わらず、女神は巧妙に隠して説明していたのだ。
問題とはすなわち、「拳士が俺にコントロールされてしまう」ということだ。
女神としては、なんとしても拳士をキャラクターに加えたいのだろう。
理由は想像ができる。
自分が最前線で戦わないようにするためだ。
あの悪巧みの顔は、そういうことなのだろう。
女神とは思えぬ心持ちである。
……だが、すまん。
俺もそれをバラす気はない。
だって、この拳士が使えたら心強いもの。
異世界で生き残るため、ここは
「ふむ。まあ、どうせ異世界に転生するならば、新しい自分と新しい戦いを求めるべきかもしれぬな」
「そうそう! そうですよ! 今がチャンス! このチャンスを逃したら次はないかもしれませんよ! 選ばれた貴方様だけの特別サービスです!」
うわー。悪そうな顔。
しかも台詞がどう聞いても悪徳業者だ。
「なんと今ならビッグボーナス! あと5分以内に申し込んでいただいたお客様だけに、『た○秀』のかつ丼を3杯プレゼント!」
「な……なんだと!? またあれを3杯も食べられるのか!? そ、それは魅力的な……。あの元勇者とももう一度、やりあいたいしな」
いや、待て。
新しい人生を賭けるのにふさわしい魅力か、それは?
それに元勇者は、あくまで出前に来るだけだからな。
やりあいにくるわけじゃないぞ?
……と口に出したいのを我慢する。
ああ、ツッコミたい。
「あい、わかった。我も男だ。心を決めようではないか」
いや、待て。
あんたは女だろうが。
「おお、さすがお客様、お目が高い!」
いや、客じゃねーだろうが。
「それではご成約ということでよろしいですね? では、そこに立って後ろを向いてください」
拳士が言われたとおりに後ろを向いた。
「ちょーっとだけ、チクッとしますけど我慢してくださいねー。痛くないですからねー」
いや、女神よ。あんた、めちゃくちゃ痛がっていたじゃねーか。
「……ダーリン、ほら、今のうちに後ろからズブッとやっちゃえ」
耳元でささやく
俺は本当にこれでいいのだろうか。
「ほら、遠慮しないで。これでボクたちの新婚生活は安泰だよ!」
そんな将来設計はしていないが……まあ、ここは仕方ないと自分に言い聞かせる。
異世界を救うために、力を合わせる的な理屈だ……うん。
「……じゃ、じゃあ、刺しますね」
「うむ。覚悟はできた。ひと思いにやってくれ!」
俺は、セレクトカーソルをギュッと握った。
そして、拳士の背中に突き刺す。
「――うぐっ!」
低く呻く女拳士。
「うっ……うーん、痛い! もう1回!」
「なんだよ、もう1回って! まずい青汁を飲んだみたいな言い方するな!」
「い、いや……この痛み……くっ、癖になるな♥」
「なんで顔が真っ赤で興奮気味なんだよ!」
ヤバい。
こいつ、変態である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます