第18話:女神と豚足

 「た○秀」の出前である元勇者は、圧倒的な力を見せ、女拳士のことに関して助言を残し、店に戻っていった。

 その行動は心技体そろって、まさに元勇者の威厳を感じさせた。


 しかも、この神魂の間に来るのに乗ってきたのは、勇者が自分の世界で数々の試練をクリアして手にいれた【セント・グリフォン】という聖獣であった。

 これがまたすごいのだ。

 聖獣というだけあって、金の毛並みの鷹の頭部に、純白の獅子の胴の姿は、どこか神々しく近寄りがたい存在感を醸していた。

 それに神霊空間と呼ばれる次元を移動する能力があり、神の世界に行くこともできるのだという。だから、ここにも来られるのだろう。

 さすが勇者が乗る聖獣という感じだ。


 ただ、その聖獣【セント・グリフォン】が引いていたのが、「た○秀」の名前が入った出前箱を載せる台車だったために、全てが台なしという感じだったのが残念だ。

 本当に元勇者には仕事を選んで欲しいと思うのは、俺の我がままであろうか。

 どこか【セント・グリフォン】も悲しげに見えたのは気のせいか。


 ともかく、店長から「給料下げるぞ!」と携帯電話でおしかりの電話をもらった元勇者もいなくなり、また3人に戻った。

 そして、さりげなく女神の分のかつ丼も平らげた女拳士は、涙目の女神に満足そうに頭をさげる。


「いやぁ、馳走になった。では、我もこれにて失礼する」


「――ちょっ!? 食い逃げですよ、それ!」


「約束通り、かつ丼は馳走になったんだし……」


「大事なことは、かつ丼じゃありません! わたくしの大事なかつ丼を食べておいて、勝手なことしないでください!」


「大事なことなんじゃねーか、かつ丼……」


 思わず突っこむが、今回は女神のが正しい。

 ここは、女神に助け船をだす。


「なあ、あんたもとりあえず、かつ丼を3杯も食ったんだから、女神の願いを3つ叶えるのが礼儀じゃないのか?」


「ランプやツボから出てきた魔神のような条件だが……まあ、確かに受けた恩は返そう」


 腰をあげていた拳士は、また椅子に座ってくれた。

 そして、手をテーブルに伸ばす。


「――って、マイクを握ろうとするな!」


「いや、ちょっと食後のカラオケを……」


「デザートかよ! いいから、話を聞け。ほら、女神が泣き始めただろうが……」


 かつ丼を食べられた哀しみもあったのか、隣で完全に無視された女神の紅玉から、大粒の涙がこぼれ始めている。

 本当に女神は、無視されることが苦手らしい。


「むむ……。わかった、わかった。……それで結論的には、我に転生しろというわけか?」


「ぐすんっ……はい、そうですはじ、ぞうでぶ……」


「鼻水を拭け、鼻水を!」


 俺はテーブルに置かれていたティッシュを渡す。


「ず、ずびばぜん……」


 あられもない姿で鼻水をかんだ女神は、改めて呼吸を整えると拳士に向きあった。


「えーっとですね……あなたにはわたしの世界に転生してもらいます。これはあなたにもメリットがあります」


「メリットとな?」


「はい。まず、転生受肉時に10代の肉体を提供します」


「――なにぃっ!? 10代だとおおおぉぉぉっ!?」


「――ひいいぃぃぃっ!」


「いちいち殺気を放つな!」


 凄む拳士。

 怯える女神。

 突っこむ俺。

 なにこのパターン化しそうな流れは。


「と、ともかくですね、これでさっきの『肉体的若さ』はクリアできます。つまり、あなたが潜在能力を発揮できる可能性が高まるわけです」


「むむっ……それは確かに面白そうだ」


 新たなる強さに挑戦できる魅力は、彼女にとって何事にも代えがたい魅力なのかもしれない。

 ただ、精神は記憶を保つために、現状維持となるのだろう。そうすると、精神的成熟はクリアできないことになる。


「それから、あなたの能力について実はさっき調べました」


「我の能力? どうやって?」


「女神のスキル【女神アナライザー】で!」


 ネーミングが胡散臭いが、そこは突っこむと話が長くなりそうなのでこらえる。


「め、女神アナライザーだと……かっこいい」


 なに言ってんだ、拳士……。


「ふふふ。かっこいいでしょう?」


 なに言ってんだ、女神……。


「ほ、他にもかっこいいスキルがあるのか?」


「他にもありますよ。まずですね――」


「――いきなり脱線するな!」


 とりあえず、2人の後頭部を高速でかるくはたいた。

 ダメだ。むしろちゃんと突っこまないと話が進まない。


「わ、我の頭を……はたいた……?」


 拳士が驚愕の眼差しを向けた。


「まさか我が……我が反応できなかっただと!?」


「プロゲーマーの手の動きを舐めるなよ」


「な、なんと……侮りがたし、プロゲーマー! 今の動き、まるで『ツッコミ』という結果がまずあって、それに手の動きという事象が合わせられたかのような……」


「なに、そのどこぞの呪いの槍ゲイ・ボルグのような設定は! ってか、女神。続きを!」


 とにかく早く話を進めさせる。

 ツッコミばかりではキリがない。


「あ、はい。えーっと……あ、そうそう。拳士さんの能力ですが、まずは物理攻撃に魔力をともなわすことができることです。これはまだ完璧じゃないにしろ、すでに発現していますね」


 確かにネズミの魔獣人形を倒した時に、元勇者も言っていた。

 これはこれから転生する世界で大きなアドバンテージになるだろう。

 なにしろ、魔獣は魔力を使わないと倒せないらしいし。


「それからもうひとつですが、これがすごいです。一瞬ですが『物理法則』を無視した動きができるようです」


「――なにぃっ!? 『ぶつ切り豚足』を無視だとおおおぉぉ!!」


「――ひいいぃぃぃっ!」


「そんな美味そうなもの無視できるかああぁぁっ!」


「――そんなこと言ってねーよ!」


 やはり話がなかなか進まなかった。

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