第17話:女神と勇者因子

 異世界を救う勇者となれる奴には何タイプかある。


 まず「努力タイプ」。

 特筆する能力があるわけではないが、知恵や勇気、そして運も助けになって勇者として成功するタイプ。


 次に「天才タイプ」。

 生まれた時から何かしらの才能を持っていて、それをうまく利用して勇者として名を馳せるタイプ。


 そして「転生タイプ」。

 別名は「女神の祝福タイプ」。

 異世界転生時に、女神の祝福や、奇跡、神や精霊などからの天授により能力がつくタイプだ。


 そしてこの最後の転生タイプにおいて、神により力を与えられることで、その人物にはある特別な神の因子が宿ると言われている。


 それが通称「勇者因子」だ。


 そのぐらいは常識として、俺も知っていた。

 だけどそれを彼女が持っているのは信じがたい。

 俺は元勇者に、それを確認する。


「なら、彼女はすでに1度転生しているってことになりますよね?」


「――なにぃっ! 我を『彼女』などと呼ぶな!」


「ああ、はいはい。俺のかつ丼、食べて良いから少し黙っててくれる?」


「――あい、わかった!」


 素直だった。

 動物を静かにさせるのは、やはり食べ物を渡すに限る。


「ダーリン、拳士さんはまちがいなく初転生のはずですよ」


 女神が俺の耳元で囁くように言う。


「異世界神協調委員会で管理しているはずなので、例外的再転生の場合は必ずその旨の通知が来るはずなのです」


「え? 再転生ってありえるの?」


「あくまで例外的に。それは魂の状態にもよりますね。ただその時でも、ほとんどの場合は女神の祝福を重ねて与えないようにしています。いわゆる勇者因子は、神の力。それを器を超えて人に与えすぎれば、『人』という存在を壊しかねませんので」


「…………」


「ん? どうしました? 難しすぎましたか?」


「いや、ごめん。あんたがまじめな話をしているのが、ものすごく違和感で」


「――ひどっ! ダーリン、真顔でひどっ!」


 だって仕方ないではないか。

 なにしろ今までが今までなのだ。

 いきなりまじめな話をされても、違和感しかないし、いつオチが来るのかと待ち構えてしまう。

 いや。まだ油断はできないぞ。

 残心。


「僕も、彼女は再転生じゃないと思うよ」


 俺と女神の会話に苦笑しながら元勇者が言った。


「彼女はたぶん、二世だ。それも勇者因子が2種類混じっている感じがするので、たぶん夫婦共々勇者だったのではないだろうか」


「え? それって……サラブレッドじゃん……」


「だね。だけど、使い方を学んでいない」


 そう言うと、元勇者は拳士の前に近づいた。


「拳士さん、失礼だけどご両親は勇者では?」


「もぐもぐ……うごぐげもぐ……」


「あっ、ああ。ごめんね。食べてからでも良いよ」


「……うぐっ……。失敬! ……えーっと、実は知らないのだ。我は天涯孤独の身で、師匠に拾われたのでな。ただ、師匠にも似たようなことは言われたぞ」


「……そうか。変なことを聞いて悪かったね」


「そんなことより、真の勇者とはすごいのだな! 感服したぞ!」


 拳士が感心したように元勇者を見つめた。

 その目が、いつの間にか尊敬の眼差しになっている。

 両親のことは、まったく気にしている様子がない。


「我は今まで勇者と言われる者たちとも戦ったが、ここまで圧倒的に負けたことはなかった!」


「君は力はすごいけど、どうやらそれに頼りすぎて技がついてきていないよ。あと、勇者と言ってもピンキリだからね。力の種類もさまざまで、単純に殴り合いなら勝てるけど、戦闘・・になったら勝てない相手もいる。それに……僕は一応、元覚醒勇者だからね」


 覚醒勇者とは、超人的な勇者のレベルから、さらに人知の及ばぬ領域まで力を伸ばした者を言う俗称だ。

 自分がいる世界を救うために、「人であることをやめた者」とも言える。

 逆に言えば、彼らがその気になれば世界を滅ぼせるのだが、それは絶対にありえない・・・・・・・・


 この手のネタは、物語でよくあるだろう。

 たとえば、誰にも止められない力を得た者が、平和になった世界でその力を自分の欲望のために振るう。

 たとえば、救ったあとの世界や人間に絶望し、やはり滅ぼしてしまおうとする勇者の話。

 確かにそれは、ただの勇者ならあり得ない話ではない。


 しかし、覚醒勇者は絶対にやらない。


 いや、逆説なのだ。

 絶対にやらないからこそ、覚醒勇者になれたのだ。

 すべてを悟り、すべてを望み、すべてをあきらめ、すべてを受け入れる。

 だからこそ、覚醒できるのである。

 そこに至った者が、あとから私利私欲に走ったり、絶望したりしないのだ。



 だからって、最低賃金を割っていることまであきらめることはないと思うのだが。



「拳士殿。君の潜在能力は凄まじいと思う。たぶん、その力の強さだけなら、僕を超えることができる」


「ほ、本当か!?」


「ああ。ただ残念だけど、君はそれをコントロールすることができない。もう少し若ければよかったんだけど……」


「――なにぃっ!? 年増だと申すかああぁ!? ……って、あ……も、申し訳ない。つい……」


 怒りモードから、いきなり素に戻った。

 少しうつむき加減でモジモジとしている。

 元勇者のことは敬うことにしたのだろう。

 まあ、あれだけの強さを見せつけられればそうなるかもしれないが、嫉妬や悔しさよりも相手をすぐ認められるとは、本当に素直である。


「いや、ごめん。言い方が悪かったね。君はある程度、肉体も精神も成熟してしまっているということなんだ。潜在能力を発揮することは可能だろう。しかし、そのコントロールを学ぶことは難しいんだ。下手に能力を使ってしまうと、振りまわされたり、暴走しかねない」


「子供の方が学ぶのが早い……という感じですか?」


「まあ、近いね。これは理屈じゃなく、感覚的なコツなんだ。そしてさらに覚醒するには、悟りながらもあきらめない心がいる。理不尽を呑みこみながらも許さない心がいる」


「…………」


 ションボリと下を向く拳士。

 高みを見てしまった拳士にしてみれば、きっと目指さずにはいられなくなったのだろう。

 しかし、それに手が届かないとなれば、口惜しいに違いない。


 さらに彼女は、生前を「一片の悔いなし」と言っていた。それはたぶん嘘で、ある意味であきらめてしまったことがあったのではないだろうか。それこそ、自衛隊の戦車にも勝ちたかったはずだ。

 悔いて、悔いて……どうにもできないことを認めながらも、あきらめることをしない。理不尽な世界を認めながらも、それを覆す不条理な力を求めることが覚醒勇者の証。彼女はそれをすでに一度、手放してしまったのだ。


 俺も痛いほどわかる。

 舞台は違うが、勝負の世界という意味では共通だ。

 俺だって何度も世界一を逃した。高みにいる奴らの強さに心が折れそうになった。

 いいや、何度か折れた。

 それでも俺は、つぎはぎの心で挑み続けた。

 しかし、俺が目指した世界など、この拳士が目指した世界に比べれば小さいものだ。

 だから俺は、拳士に少し同情と、大きな応援を向けたくなっていた。



 ただ、少し真面目モードすぎて残心を忘れていた。

 おかげで、かたわらにいた女神が、すごーく悪巧みを思いついたような顔をしていることにも気づけずにいたのである……。


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