第15話:女神とボケ

「ゴホンッ。……失礼した。かつ丼はまだこれからということらしいから、とりあえずそうだな……」


 咳払いした拳士は、少しだけ気まずそうにそう言った。

 そしてなぜかカラオケルームの少しだけ高くなった舞台に立ち、席に着いていた俺と女神を順番に見る。

 片手に持ったマイクで、彼女は言葉を続けた。


「互いの親交を深めるために、デュエット大会というのはどうだろうか?」


「カラオケはもうええわ!」


「――なにぃっ!? 貴様、カラオケをバカにするのか!?」


「そんなにカラオケが好きなのかよ!」


 不思議なことに、もう幼女風拳士の殺気にもなれてきた。

 というより、ツッコミたい気持ちの方が、恐怖を上回っている。


「では、どうやって親交を深めると言うのか!? やはり拳を交えるか!?」


「仲良くなる選択肢が、拳とカラオケしかないのか、あんたは!」


 ある意味でコミョ障というやつなのかもしれない。


「ムッ……言ってくれるな。ならば自己紹介といこうじゃないか」


「おお、なかなかまともじゃないか。それはいいな!」


 俺が賛同すると、女神も手を叩いてうなずく。


「いいですね! そう言えばわたくしも、まだ拳士さんのお名前を知りませんでした。ぜひ、お名前を教えていただけますか?」


「――なにぃっ!?」


「――ひいぃぃっ!」


 相変わらず唐突な拳士の気迫に悲鳴をあげて、女神は俺の背後に隠れた。

 しかし、あの小さな体から、よくあれだけの迫力が出せるものである。

 殺気だけでなんか背後に、大鬼が立っているようにも見えてしまう。


「我の名前を知りたいともうすか! 名を聞きたければ、まず自分から名のるのが古来からの礼儀であろう!」


「あんたが自己紹介しようって言ったんだから、自分から名のれよ!」


「くっ! まっとうなことを言う!」


「まっとうなことならいいじゃねーか!」


「うむ。ならば我から名のろうではないか」


「いきなり素直だな……」


「しかし、真名まなは名のれんぞ」


「魔術士かなんかかよ! 別名もってんの!?」


「一応」


「一応ってなに!? 一応って!?」


「いや、別名というかハンドルネームだし」


「オフ会じゃねーよ!」


「ネットのつきあいは怖いのだぞ?」


「ネットじゃねーだろうが! リアル……でもないけど」


 本当に面倒なヤツである。

 本当に疲れる。


「では、気を取り直して!」


 拳士がまたマイクを握りなおす。


「天に轟け、地に響け! 我が名を聞けば、地獄の鬼はその身を隠し、魔界の悪魔は裸足で逃げだす!」


「前口上があるのかよ!」


「この身は炎に焼かれず、この拳は金剛石をも打ち砕く!」


「長いな!」


「静聴せよ! そして讃えよ! 我が名は――」



――ピンポーン!



 絶妙なタイミングで割ってはいるドアベル。


「まいどー! た○秀です。かつ丼3つお持ちしました!」


「――かつ丼!」


 拳士の名前がかつ丼になってしまった。

 気がつけば、すでに拳士は席に座って待ち構えている。

 しかも、口許からなにか光るものがたれだしている。

 もう食べるまで、きっとこいつは動かないだろう。

 どんだけ楽しみにしているんだ、こいつは。


「まあ、しゃあない。……俺が出るよ」


 俺は席を立ってドアに向かおうとした。

 すると、女神が俺の袖を掴んでそれをとめる。


「ま、待ってください、ダーリン!」


 自分が受け取りに行くと言うのかと思った。

 しかし、女神の赤い瞳は、まるですがりつくようで、捨てられた子犬を思いだす。

 その表情は曇り、今にも空知らぬ雨を降らせかねない危うさがあった。


「な、なんだよ?」


 さすがの俺も心配になる。

 もしかして、かつ丼代がないのだろうか。


「ダーリン……わたくし……」


「…………」


「わたくし、ぜんぜんボケられていません! そろそろボケますから、突っこんでもらえませんか!」


「…………」


「…………」


「……かつ丼、受けとってくるわ」


「――ダーリン!?」


 俺は女神の手を振りはらった。

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