第14話:女神とカラオケ

「戦闘♪ 戦慄♪ 殲滅♪ キューティ♩ キューティ♩ 戦禍のプリキューティ♬」


 すでに10曲目である。

 魔女っ娘のアニメシリーズのオープニングを連続で、振り付けまで完璧に再現して歌っている。

 まあ、俺もなんとなくなれてきた。

 たぶん、また脱線して、カラオケ大会が始まるだろうとは思っていたさ。

 しかし、なんだな。


「本当に上手いな……」


 思わず俺は賞賛を口にする。

 それに対して、大きな胸を張り、鼻下を指で擦る拳士。


「フフフ。カラオケも真剣勝負。命をかけて修行を重ねてきたからな」


 なにに命をかけているんだ、コイツは。


「中でもこのプリキューティシリーズは、道場仲間や師匠に『お前にピッタリだ』と薦められたのでしっかりとマスターしたのだ」


 絶対、その道場仲間はオタクだぞ。


「踊りながら歌うのはなかなかハードでな。これもまた修行になると仲間に勧められたのだ」


「いや、まあ確かにすごくかわいらしかったですがね……」


「――なにぃっ!」


 またもや豹変して突然、殺気を放つ拳士。

 俺は体が自然に縮こまる。


「かわいいなどと、女子供に対するような言葉はやめていただこうか!」


「なら、そんなかわいい声で、かわいく踊るなよ!」


 縮こまっても自然に出るツッコミ。

 もしかして俺には、ツッコミの才能があるのかもしれない。


「仕方あるまい! やるには恥も外聞も命も捨てて挑めと、師匠に教わったのだ!」


「その3つは並べていいものなのか……」


「指導してくれた師匠など、私の羞恥心を捨てさせるために恥ずかしい衣装を着させてくれて……」


「どんなカッコか死ぬほど気になるな!」


「自分の弟子にあのようなカッコをさせることは、きっと師匠も心苦しかっただろう」


「……いや、それはどうかな」


「羞恥心から呼吸や心の乱れがないか、わざわざ動画撮影までしてチェックしてくれて……」


「うん、その動画、絶対に別の使われ方してたと思う」


「何を言っている? そんなわけがなかろう」


 どうやらこの拳士は、完全に師匠とやらを信じているらしい。

 どこかの山奥でこもって修行させられていたのだろうか。

 世界中を旅していたにしては世間知らずだ。


「師匠は貧乏ながらいろいろな衣装をがんばってそろえてくれてな。女を捨てるためには、わざと女らしいカッコをして恥ずかしいものだと体に教えろと。……ああ、我は死んでしまったが、最後にもう一度、師匠には感謝の言葉を言いたかったな」


 なんか聞いていると、次々と後悔が出てくる。「我が生涯に一片の悔いなし!」はどこにいってしまったのだろうか。


「……ダーリン、これ……」


 すっと後ろから、耳元で囁くような女神の声。

 いつの間にか手にしていたタブレットPCを持って女神が近寄ってきていた。


「ん? なんだ?」


「これ、彼女ですよね……」


 拳士に見えないように、タブレットPCの画面を俺の眼前に掲げる。


「ああ……」


 そこにあったのは、動画サイトの画面。

 タグに「踊る拳士」とあり、普段の胴着を着た凜々しい姿と比較するように、キャピキャピと踊る動画が掲載されている。

 そのビューはかなりハイレベル。広告収入が入るタイプだったので、かなりの儲けがあったことだろう。


「なあ、あんたの師匠ってさ……」


「ん? なんだ?」


「その訓練中に鼻息が荒くなっていたりしなかったか?」


「おお、よく知っているな。師匠だけでなく兄弟子たちもそうだったぞ」


「あんた、たまに下着がなくなっていることとかなかった?」


「……貴様、超能力者か!? なぜそれを知っている……」


「ちなみに、その師匠はどうしているんだ?」


「ああ。我が修行の旅に出てしばらくしたら、児童何とか法とか、なんかの条例だか知らないが、冤罪で捕まってしまったと聞くが……」


「グッジョブ警察……」


 とりあえず、悪は滅んだらしい。


「さて。次はなにを歌おうかな……」


「いや、待て。そろそろ本題に入らないか?」


 放置していたら体力がありそうなこいつは、いつまで経っても歌っていそうである。

 今のうちにとめておかないと、キリがなさそうだ。


「本題……とな?」


「ああ、そうだよ。ここにカラオケをしに来たわけじゃないだろうが」


「……おお、そうであった。我としたことが失礼した!」


 どうやらわかってくれたらしく、拳士は女神の方を振りむいた。

 そして勝負師の明眸で女神を貫く。


「女神殿!」


 そして彼女は言った。


「かつ丼はまだか?」


「――そっちかよ!!」


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