第13話:女神と拳士
「失礼する!」
気合とともにドアが開いた瞬間、そこに誰もいないのかと思い驚いた。
しかし、ふと下の方に人影が見えることに気がつく。
小さい。
どう見ても、その姿は小学生。
乱雑に切りそろえた短い髪に、幼顔ながらキリッとした目つき。
黒の道着に包まれて、赤い帯が腰を引き締めていた。
目立つのは胸元だ。下に赤いTシャツを着ているようだが、幼い体に比べて随分と胸の大きさが目立つ。
口調は男っぽいながら、まちがいなく女の子。
しかし年齢不詳とは、まさにこのことだろう。
「わたくしは転生の女神で……えーっと、あれ? お嬢ちゃん?」
女神の不用意な言葉。
その直後、年齢不詳の来訪者の姿が消える。
瞬く間に、その姿は女神の正面に立っていた。
そして、腹部に向けられ寸止めされている正拳。
「言葉に気をつけられよ……」
「――ひっ、ひいいぃぃっ!!」
女神は顔をひきつらせて尻もちついた。
そのままガクブル状態で腰を抜かしている。
女神と扉の距離は、もちろん一投足で埋められるような距離ではなかった。
すくなくとも6、7歩は必要なぐらい離れていたはずである。
それを一瞬で踏み込んで見せたのだ。
(ヤバい。あれはヤバい系だ……)
俺はそれを神魂の間の一角に設置されたカラオケルームの扉の隙間から見ていた。
女神に「転生者同士を合わせるわけにはいかないルールなので、ダーリンはここでカラオケでもしててください」と部屋に突っ込まれたのだ。
ただ、やはり気になるので、カラオケのリモコンを片手に持ちながらも、ドアの隙間から様子をうかがっているわけである。
「安心せい、女神殿。戦士ではない女子供を殴ったりはせぬ」
男らしい女拳士は、女だと思っている男の女神に「女は殴らぬ」と言い放った。
……ああ、何を言っているのか、自分でもわからなくなってきたぞ。
「ただ我は子供と侮られることに憤りを感じやすいのだ。これでも我は28歳の立派な大人」
「え? ア、アラサー!?」
「――なにぃっ!!」
女拳士から放たれる殺気は、一瞬で女神を包み込む。
プルプルと体を震わす女神……あれは漏らしたんじゃないだろうな。
「その言い方は憤りを感じるぞ……」
「若すぎても、年齢相応でもダメなんですか!?」
なんと女神がツッコミになっている。
これは何か恐ろしいことが起こる前兆ではないか。
「え……えーっと……」
震えながら言葉を選ぶ女神。
「そ、そうですね。し、失礼しました。女性に年齢の話は失礼ですよね……」
「――なにぃっ!!」
「――ひいいぃぃぃっ!!」
なぜかまた放たれる殺気。
「我は拳士。女を捨てた者。女扱いしないでいただこう!」
「――めんどくさっ!」
うん、女神。
それは同意だ。
「ともかく年齢や身長や性別、自分がないからといって『胸が大きい』などには触れないでいただこう」
「胸は言ってませんけど!? さり気にわたくしをディスってませんか!?」
「人にはいろいろあるのだ」
「いろいろありすぎです!」
「――なにぃっ!? 胸がありすぎと申したか!?」
「申してませんが!?」
「女子供といえど、どてっばらに一発喰らわせても構わぬのだぞ」
「ダ、ダメ! おなかはやめて! ボクのおなかには、ダーリンの赤ちゃんが――」
――ガッ!!
「――ったい! ホントーに痛い! なにするの、ダーリン! 激おこ!」
「誰の赤ちゃんが、どこにいるというんだ!」
俺は我慢できずにカラオケボックスから飛びだし、光速で女神の後頭部をどついた。
しばらく様子を見ていたが、この2人に任せておいたら、いつまでたってもカラオケルームからでられそうにない。
「マジ、痛いんですけどー! 激おこぷんぷん丸!」
「なんでJKっぽいんだよ」
「げきオコスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム!!」
「意味が分からんわ!」
「ダーリン、知らないの? 今、流行のドラマ『炎の女子高生』で西暦2000年初期のJKブームなんだよ?」
「知るか!」
現地人より現地のドラマに詳しい女神も困りものである。
「だいたいツッコミにしても、カラオケのリモコンで頭を叩いたらダメでしょ! そんなことしたら、もう相撲とれなくなるよ!」
「何の話だ、何の!」
「ほう。おぬしは痩せているが力士か。ならば一手、立ち会っていただこうか」
「ちゃうわ! ややこしくなるから口出すな!」
「ほほう。この我にその口のききよう。なかなか骨がある奴。どれ、手合せでも……」
「黙れ、脳筋」
コイツは間違いなく、拳で語り合いたがるタイプである。
突きあっていたら……いや、つきあっていたら身がもたない。
「だいたい、ダーリン。カラオケルームから出ないでと言ったじゃないですか。転生者同士は会わせてはいけないルールなんですよ」
「いや。それはすまんと思うが、2人だけだと心配で……」
「……いやだぁ~♥ ダーリンたらやきもち焼き♥」
「ちげーよ」
「だ・い・じょう・ぶ♥ ボク、浮気なんてしないよ?」
「そんな心配はしとらん。ってかできないだろう……いや、できるのか?」
一応、男女なので可能ではあるのか?
なんだか性別がよくわからなくなってしまう。
「ともかくだ。こいつはキャラが立ちすぎていてヤバい香りがする。早めに能力を決めて異世界に送り出すべきだ」
「……そんなに早く2人きりになりたいの?」
「いや、俺も早く異世界に行きたいんだよ……」
「ボ、ボクを置いていくつもり!?」
「あんたも一緒に行かないと戦えないだろうが!」
「……あっ。そうだった……」
「ともかくだな、あの拳士を……あれ? 拳士、どこいった?」
さっきまで足元に立っていたちっこい拳士が、いつの間にか忽然と消えている。
俺は女神とともに、周囲をキョロキョロと見回す。
「あっ!」
すると女神がカラオケルームを指さした。
見れば、拳士はちゃっかりカラオケルームに入り、マイクを握って熱唱している。
なんてマイペースなんだ……。
「ダーリン……彼女、いったい何を歌っているのでしょうね?」
「気になるのはそこなのか? ……まあ、どうせ演歌とかそういうのだろう」
なんとなく女神と2人でこっそりと近づき、カラオケルームのドアを少しだけ開ける。
もうすでに自分の世界に入り、ノリノリになっている彼女の歌声が響いてくる。
「魅力♪ 魔力♪ 腕力♪ プリプリプリ、プリキューティ♪」
(魔女っ娘のアニメのオープニングかよ! しかも、めっちゃかわいい声で、めっちゃ上手いじゃねーか!!)
体をくねくねと愛らしく動かし、ダンスまでばっちりだ。
「異界の魔物をキューティパワーで♪ ――はっ!」
覗いていた俺と女神に、やっと気がついた女拳士の体が凝固する。
「…………」
一瞬の間。
そして彼女は顔を真っ赤に染めあげると、体を小さくして身をよじった。
上目づかいでこちらを見る。
「かっ……勝手に覗くなよ……ばかぁ」
「女捨ててねー!!」
凄くかわいかった。
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