第12話:女神とアホ
「たのもう!」
その声は雄々しく猛々しいものだったが、男にしては高い声だった。
声が聞こえてきたところには、ドアがぽつんと立っている。
どこかの未来から来たネコ型ロボットが出しそうなドアである。
色まで同じ朱色をしているところを見ると、この女神がまたデザインをパクったのではないかと思ってしまう。
ちなみに俺も、この神魂の間に来るときに、あの扉をくぐった。
真っ暗な空間に、不思議な扉が1つだけ見えたのだ。
扉の隙間からは、眩い光が四角くもれていた。
それはまさに、絶望の中にひとつだけともされた希望の光。
蓋を開けてみたら、こんなオチだったけどな。
「もし新しい道を歩みたければ、その扉を開けなさい」
その声は神々しく母性にあふれた、どう聞いても女の子の声にしか聞こえないこえだった。
だが、実は男である。
正確に言えば、こいつにとって性別などあまり関係ないのかも知れない。
もちろん女神だ。
先ほどまで、大股を開いて空を飛びながらネズミの魔獣を蹴っていたとは思えないほどしとやかな声である。
「新しい道とな?」
「そうです。今までの人生とはまったく違う道を歩むことができます」
「なるほど。しかし、我は我の道を全うした。違う道など不要。では、これにて失礼する」
なんて堂々として男らしい。
「――ちょっ! ちょっと待ってください! もう少し悩みましょうよ! ね? ちょっと、ちょっとだけ時間をください。一緒に人生について考えませんか?」
それに比べて、なんて堂々としていないのだ、このバカ女神は。
まるでエセ宗教の勧誘である。
「い、いいですか? この扉を開けないと、死んじゃってジ・エンドですよ!? 終わっちゃうんですよ!? もうおいしい物も食べられないんですよ!?」
「かまわぬ。我が人生に一片の悔いなし!」
どこの世紀末覇王だ、こいつ。
「我が闘争は、すべて満足がいくものだった」
「闘争って……あ、でも、その扉をくぐれば、あなたが今まで味わったことのない戦いが待っていますよ!」
「――なにっ!? 我が味わったことのない戦いと申したか!」
「申した!」
釣られるな、バカ女神。
「むむむ。それはなるほど、興味がそそられる」
「で、でしょう? 試しにおひとつ、いかがですか? 今なら初回特典で、サービス料が無料ですよ!」
なんのセールスだ、バカ女神。
「ふむ。未知の戦いか……。今まで人間だけでは飽き足らず、異世界旅行会社をつかって異世界に行き、魔物や他の勇者とも手合わせしてきたが、それを超えると申すか」
「……え?」
あからさまな狼狽。
バカ女神が、スッカリ忘れていたな。
わが国【
「ま、魔物や勇者と……戦ったことがあるのですか?」
「うむ。とあるところで【空手アホ異世界】という小説を読んでな。話の中で空手でドラゴンを倒したりするのだが、それに感動して異世界で武者修行していたのだ。かなり戦ったが、思いのほか勝ちまくってしまってな……」
タイトル通りなかなかアホな小説のようだが、さすがにマネするヤツが出るとは、作者も予想していなかったのだろう。
しかし、世界は広いのだ。
こういうアホがいるから、その小説にはちゃんと「よい子はマネしないでね」と書いておくべきだったと思う。
「最後は小説の主人公がトラックに勝負を挑んでいたのを思いだし、我は自衛隊の戦車と戦ったのだがあいにく負けてしまった」
その主人公も相当にアレだが、なによりも驚いたのは自衛隊の戦車の強さだろう。
つまり異世界の魔物や勇者よりも強いということだ。
どうりで、異世界からの侵略がないわけである。
防衛費削減しないで本当によかったな。
――って、いや、ちょっと待て、俺。
突っこむところはそこか?
あまりにツッコミどころが多すぎて混乱してきたぞ。
「と、とりあえず、中に入ってきてお話でも……あ、かつ丼食べます?」
このバカ女神、どうやら人を口説くのにかつ丼を出すのが癖のようである。
しかし、誰も彼もがかつ丼に釣られるわけではない。
「……かつ丼? こんなところでかつ丼?」
思った通り、さすがのアホな転生者も訝しげだ。
「はい! 名店【た○秀】のかつ丼を出前で頼みますよ!」
「な、なんだと!? 5日間は並ばないと食べられないあの店の……」
そんなに並ぶのかよ!
というか、詳しいな、このアホな転生者。
「ええ。女神特権で最優先で出前してもらえます!」
このバカ女神には、一度権力の使い方を徹底的に教える必要があるな。
「しかも、プラチナ会員なのでみそ汁もつきますよ!」
会員サービスがあるのかよ、【た○秀】。
「なんと!? お主、あの世界で100人しかいないというプラチナ会員なのか!?」
なに、そのプレミアム感!
というか、本当に詳しいな、このアホな転生者。
「かつ丼は……『勝つ』という縁起物だから大好きで、その中でも【た○秀】のは一度、食べてみたいと悔やんでいたところだ」
おい、アホ。
お前さっき「一片の悔いなし」と……。
「おいしいですよ。箸で切れるんですよ、かつが」
「……箸で切れる……だと……」
「切れます」
「…………」
「…………」
「どうやらそなたとは、じっくり人生について話し合う必要があるようだな」
かつ丼食いたいだけだろが!!
ヤバイ。
ぜったいこのアホもヤバイ。
こいつが来たら、また異世界が遠のく気がする。
確かに転生女神の元で、これだけ長いしている俺も大概だ。
しかし、このアホはもっとすごい。
なにしろ、まだドアを開けてもいないんだからな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます