第10話:女神とコントローラー
「南無妙法蓮華経……」
「ダーリン?」
「観自在菩薩……」
「なんでお経を唱えているんです?」
「――はっ! つい口に出して唱えてしまった!」
俺は邪念を取りはらうため、心の中で真摯にお経を唱えていたのだが、どうやら夢中になりすぎて声に出してしまっていたようだった。
しかし、それだけ真剣に取り組んだおかげか、俺の中から邪な気持ちがなくなった。
うむ。
コタツに入りながらでも邪念を払い、悟りを開ける俺は、もしかしたら真の勇者にふさわしいのかもしれない。
「で、その邪念ってなんなんです?」
「それはだな――って、人の心を覗くな!」
「覗いたわけじゃないですよ! 強く何度も思うから声が聞こえてきちゃうんです!」
油断も隙もない。
無心だ。無心になるのだ。
…………。
でも、なんかこちらを睨めつける女神の視線が痛い。
これは話をはぐらかした方が良さそうだ。
「そ、それよりだな、その……ほら、話を戻そうじゃないか」
「……なんの話です?」
「なんの話ですじゃなく、俺の能力の話だよ!」
「ああ。ダーリンが呪文もまともに唱えられないヘタレの上、魔力量も少ない甲斐性なしという問題ですね」
「悪意あるな、おい!」
「ともかく、なにか方法を考えないといけませんね……」
「そうだなぁ。格ゲーみたいに、コントローラーを操作するならまだしも、呪文となるとなぁ……」
「……――あっ!」
突然、今までコタツの上にひれ伏していた上半身をガバッと起こした。
そして、ポンッと手を打ってみせる。
クリクリとした紅玉の瞳が、口よりも多弁に語る。
「その顔はなんかいいアイデアを思いついたということか?」
「あたり前田のクラッカー!」
「いや、あんたいつの時代の人間……じゃなく女神だよ」
女神は俺のツッコミを無視して、コタツから出ると勢いよく立ちあがる。
「ほら、ダーリン! いつまでコタツに入っているんですか!」
「どの口がそれを言うんだ……」
「とりあえず、このままではあれなんで戻しますよ」
女神は、パチンッと指を鳴らした。
すると、六畳一間も家具もなくなり、真っ暗な周囲に魔法円のある、本来の【神魂の間】に一変した。
それに女神の服装も、ジャージ姿から元のドレス姿に変わっていた。
「ダーリン、そこに立って」
言われたとおり立つと、女神がなにやら聞き取れない呪文を唱え始める。
地面の魔法円が一度消え、新たに俺を中心とした先ほどとは違う魔法円が現れる。
フワッと女神の銀の髪が踊るように浮きあがる。
そして次の瞬間、女神が俺に向かってかざした両手に、また魔法円が現れた。
それが俺を包みこむように広がる。
わずかな熱。
これは、最初にキャンセル技をもらった時と同じ感触。
気がつけば、魔法円は消えていた。
「……よし。これで大丈夫でしょう。ダーリン、手をだしてください」
言われたまま、掌を上にして片手を前にだす。
「呪文はそのポーズで『エクスチェンジ』です。ダーリンにわかりやすくしておきました。はい、唱えてみてください」
「……エクスチェンジ」
突きだしていた掌の上に、どこからともなく現れた光が、四方八方から集中する。
かと思うと、それは銀の塊となり、俺の掌に落ちてきた。
「……コイン?」
正にコインだ。ちょうど百円玉のような大きさである。
しかし、そこに描かれているのは、どこかむかつく女神のドヤ顔だった。
「それはダーリンの魔力をこめた呪符のようなものです。ダーリンのイメージに合わせて、コインの形にしました」
「それはいいけど、この模様はなに?」
「フフフ。かわいいでしょう?」
「……棄てていい?」
「ひどっ!」
「ってか、これでどうするの?」
「スルーしましたね。まあ、いいですけど。……次の呪文は『インサート・コイン』です」
「インサート・コイン!」
俺の目の前の何もない中空に、突然コインの投入口が現れた。
今時、ゲームも電子マネーで支払う時代なので、妙なノスタルジアを感じさせる。
俺は当たり前のように、持っていたコインを投入口に差しいれた。
すると、今度は俺の腰より少し高い位置に、青い光が線をいくつも描いていく。
そして形になる。
「……ジョイステック?」
空中に出てきたのは、まぎれもなく赤い丸玉がついたジョイステックだった。
隣には、緑のボタンが4つずつ上下に並んでいた。
とりあえずスティックを握ってみると、空中に浮いているのに、しっかりと感触がある。
ボタンを押してみるが、こちらも普通に押すことができた。
「ほう。なかなかの感触。しかし、ボタンは三○工業製の感触にして欲しいな。あと、マイクロスイッチの感触を――」
「――知りませんよ! 贅沢言わないでください。これでも大変なんですからね」
「仕方ないな、我慢しよう。それで?」
「次の呪文は、『キャラクター・セレクト』です」
「キャラクター・セレクト!」
今度は、ジョイスティックの前に「Select」と書かれた矢印の形をしたアイテムが現れた。
ちょうど片手で握れる程度のサイズである。
「それがセレクトカーソルです。簡単に言うと、そのカーソルで刺した人をそのジョイステックで操れるようになるのです」
「ほほう」
「呪文の詠唱は、ジョイステックでコマンド入力をすれば、刺された人が代わりに唱えます。だから、ダーリンのしょぼーい詠唱に頼らなくても済むようになります」
「ほほう」
「もちろん、その際の魔力は刺された人の魔力を使います。つまり、ダーリンのしょぼーい魔力量でジョイステックさえ維持できればよいわけですね。これで詠唱問題と魔力量問題を一気に解決できます!」
「ほほう」
「しかも、ダーリンのキャンセル能力がコントローラー経由で操られている人に働きます。魔力量の多い人にセレクトカーソルを使えば、ダーリンのしょぼーい魔力量とは関係なく魔法もたくさんキャンセルで撃てちゃいます!」
「ほほう」
「ちなみに、セレクトカーソルは『エンター』と言いながら、対象者の背中に刺します。ただ気をつけてくださいね。一度、刺すと――」
「エンター」
「――ぎゃあああ!! 痛い痛い痛い! 背中、痛い!!」
女神の雰囲気台なしで、跳び跳ねながら背中に手をまわそうとする。
しかし、セレクトカーソルを刺した背中のど真ん中まで手が届かない。
やがてセレクトカーソルは、女神の体の中に消えていった。
「なにすんの、なにすんの、なにすんのおぉぉぉ!!」
「君に決めた!」
「ボク、ポケ○ンじゃないよ! そんな簡単に決めないで! これ一度、刺しちゃったら二度と抜けないんだよ!」
「だって、俺のしょぼーい魔力量と違って、女神にはすごーい魔力量があるんだろう?」
「そ、それはもちろん、無限に近い魔力量があるけど……」
「なら、適任じゃないか。俺のしょぼーい魔力量と違って」
「根に持ってる!? ってか、そんなことより、これじゃボクも下界に行って戦わないといけないじゃないか!」
「前の時はそうしてたんだろう?」
「で、でも、それでも女神的に勇者のサポート役だった! 女神は矢面で戦ったりしないもん!」
「まあ、いいじゃん」
「ちょっ、軽すぎ!」
「だってさ、俺はあんたとずっと一緒にいたいんだ。あんたがいないとダメなんだよ」
「……えっ?」
「頼むよ。俺だけの女神になってくれないか?」
「そ、そんなプロポーズみたいに……。もう、ダーリンったら♥ そこまで……そこまで言うなら……ボク、覚悟を決めるよ♥」
「ありがとう。チョロくて助かったよ」
「そ、そんな。チョロいなんて……って、チョロいってどーいうこと、ダーリン!」
これで死ぬほど、このダメな女神をこき使えると思うと、少しだけやる気がわいてくるのだった。
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