第7話:女神と魔力量

「水の神霊に、願い奉る……虚空の活水……にて……怨敵を拒絶せよ…………水禍大槌すいかおおつち!」


 俺が正面に出した手の先に水色の魔方陣が浮きでた。

 魔方陣の直径は、俺の上半身ほど。

 それが一瞬輝きを増したかと思うと、次の瞬間にはその魔方陣と同じ直径の水柱が正面に向かって線を引くように伸びていった。

 正面にある空気の壁を押しのけるように、風が渦巻く。

 そして、ネズミの魔物を吹き飛ばす。


「やりましたね、ダーリン!」


「す、すげぇ……」


 初めて成功した魔法。

 ファンタジーな世界が今、俺の手の中にやってきたのだ。

 しかし、確かにはなった後、数秒ほど体が固まったように動かなくなる。


「おめでとうございます、ダーリン!」


「おお、ありがとう!」


「3回も失敗したけど上手くいってよかったですね!」


「うぐっ……」


「しかも、肝心のキャンセル技でコンボ魔法は試せていませんが!」


「うぐぐっ……」


 そうなのだ。

 その通りなのだ。

 俺はあれから、さらに2回ぐらい腕をふっとばして失った。

 もちろん女神の邪魔があったわけではなく、ただただ俺が失敗したのである。

 実は俺は、長い文を覚えたり、早口で言ったりすることが大の苦手なのだ。

 ボケに対するツッコミは、神速でできる。

 だが呪文詠唱は、ツッコミのような条件反射で短い言葉を吐くのとは違う。

 考えながら、思いだしながらみたいなのは、舌を噛んでしまったり、言葉を噛んでしまったりしてしまうのだ。

 だから、さっきも成功はしていたが、かなりゆっくりだった。


「ダーリン、魔法戦はスピード勝負ですよ。如何に正確に呪文を唱えて相手の先手をとるのかが大事になります」


「うぐぐぐっ……。わかっているけど、なんか口を動かすのは苦手なんだよなぁ」


「もう、やれやれですわ。それじゃあ、せっかくのキャンセル技も宝の持ち腐れではないですか」


「うぐぐぐぐっ……」


「まったく……『猫に小判』ですわね」


「うぐぐぐぐぐっ……」


「『豚に真珠』ですわね」


「うぐぐぐぐぐぐっ……」


「『馬子にも衣装』ですわね」


「うぐっ――って、それは違う!」


「『男の子おのこにも女装』?」


「そうじゃない! 元の意味が違う!」


「あら。でも、まさか呪文をまともに唱えられないなんて……」


 さすがに俺は言い返せなかった。

 しかし、まさかこの女神に呆れかえられる時が来るとは。

 今まで生きてきた中でダントツナンバーワンに屈辱的だ。

 いや、まあ、もう死んでいるけど、とにかく屈辱なのだ。


「ともかく、ダーリン。一度ぐらい、コンボ魔法を試してみましょう」


「わ、わかったよ……」


 女神が指を鳴らすだけで、偽のネズミの魔物が元の位置に戻る。

 だから俺は、またそちらに手を向けて呪文詠唱にはいる。


「えーっと……水の神霊に、願い奉る。虚空の……活水…にて…怨敵を……拒絶せよ…………水禍大槌すいかおおつち!…………あれ?」


 魔法がなぜか発動しない。

 一瞬、魔方陣は出るのだが、すぐにしぼんでしまう。

 詠唱の仕方が悪かったのかと考え、もう一度試すがやはり発動しない。


「ど、どういうこと?」


「……ちょっと失礼」


 とまどう俺の額に、女神が人差し指を軽く押し当てた。

 すると、赤い目を鳩が豆鉄砲を食らったように真ん丸にする。


「うわぁ……これはまた……」


「な、なんだよ?」


「からっぽ」


「ちゃんと脳みそ、はいってるわ!」


「そうではなくて、魔力不足なのです」


「……え?」


「ダーリンはSサイズとMサイズを各1回ぐらいの魔力量しか保持できないようです」


「な、なんだと……」


「つまりSM1回で打ち止めです」


「略さなくてよろしい」


「まさか(魔力の)器がこんなに小さいとは……」


「なぜわざわざ『魔力の』を小声で言うんだ! 人間が小さいみたいに言うな!」


「ダーリン……小さい……」


「下を見るな!」


「ボク、小さくても気にしないよ?」


「俺が気にするわ! ってか、そうじゃなくて! 魔力の容量不足で発動できなかったってことか!?」


「ええ。そうですね」


「うわー。急に他人事のような冷たい返事」


 しれっとした顔で目をそらす女神に俺は詰めよった。


「それじゃ、コンボ魔法ってSからMのコンボ魔法しか使えないってことか!? Sからだと硬直があまりないから、キャンセルの意味がなくないか!?」


「そんなことないよ、ダーリン。ボク、Sサイズでも気にしないよ! むしろ、ちょうどいいかも!」


「頼むから目線をあげて。そのネタから離れてください、お願いですから」


「はいはい。仕方ないなぁ」


「なんで偉そうなんだよ……」


「女神なので! ……と、それはともかく困りましたね。この魔力量だとネズミの魔物を1匹倒せるかどうかです」


「それじゃ生き残れないよな。魔力量って増やせないの?」


「これは精神的なものが影響しているので、精神的に大きく成長できればあるいは……」


「人の精神が未成熟みたいに言うのやめて。一応、20歳はこえているんだ」


「でも、精神の器が大人サイズなら魔力量はもっと多いはずなんだけど……ダーリンったら、子供サイズ♥」


「いちいち下を見るな!」


 とにかくもらった特殊能力は、今のところ全く役に立たないことがわかった。

 これで異世界に行くわけにはいかない。


 俺は、まだしばらく転生できないらしい。

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