第6話:女神と練習
俺は正面から女神を真顔で見つめた。
その赤い明眸を貫くように。
そして、重々しく口を開く。
「チェンジで」
「なんか、言い方がいかがわしい感じがするのは気のせいですか!? だいたい、なにをチェンジするんです!?」
「女神」
「わたくし!?」
「初期不良だし」
「違います!」
「じゃあ、キャンセルで」
「魔法はキャンセルできても、女神はキャンセルできません!」
「ならば、あんたを倒して俺は流転しよう」
「かっこつけた言い方してもダメです! それに倒すのは、女神じゃなく魔物です!」
「魔物よりあんたのが弱そうなんだよ!」
「そんなことありませんよ! というか、なんで女神と魔物を同列で比べているんですか!!」
だって仕方がないじゃないか。
一番弱いと言っていた、ネズミ型の魔物。
マジ怖い。
というか、あれはネズミ型と言っていいのだろうか。
確かに頭の形、そして体型もネズミだった。
しかし。
ネズミは、牙を生やしていない。
ネズミは、お腹に大きな人間のような口などついていない。
ネズミは、肩や横腹から人間のような腕をたくさん生やしていない。
ネズミは、小腸のような血塗られた尻尾をしていない。
ネズミは、体中から血管が浮きでて脈動していない。
そしてなにより。
3メートル近くの身長はありえない。
「大丈夫ですよ! あれは耐久力こそ本物ぐらいですが、ただの人形ですから。それに、さきほどお教えしたMサイズの魔法を2発なら余裕で倒せます!」
「……本当かよ」
半信半疑だが魔法を試すことにする。
ちなみに魔法には神霊系統というのが7つあり、火→氷→水→土→風→火という関係性になっているらしい。
つまり、火系統は氷系統に強く、風系統に弱いというわけだ。
また、独立して光系統と闇系統というのがあり、この2つは互いに相手が苦手だが、先の5系統とは強弱関係がない。
細かいことはどうでもいいのだが、俺にとって大事なことは、唱えている魔法を同じサイズでキャンセルするには、それよりも強い系統の魔法を唱えなければならないということだ。
「えーっと。ネズミは土系統の魔物だから、さっき教わった水系統を唱えて、それをキャンセルして氷系統を唱えると。つまり濡れ鼠にしてから凍らせればいいわけだな?」
「そうです。さすがダーリン! 理解が早い!」
「よせやい、照れるぜ!」
なんか俺も調子に乗ってきた。
もちろん魔物は怖いけど、やはり魔法が使えるという事実に興奮しないはずがない。
「よし! やってみるか!」
10メートルほど先の闇に立っている不気味なネズミの魔物に向かって、俺は右腕を突きだし手を広げた。
ちなみに手を広げたりポーズを取る必要はないらしいが、こういうのは気分が必要だ。
そして俺はまちがえないように、覚えたての呪文をゆっくりと思いだしながら唱え始める。
「えーっと……『水の神霊に……願い奉る……』」
「あ、ダーリン」
「……ん? なんだ?」
「もっと詠唱は速く――って、詠唱を止めちゃ――」
――ボンッ!!!!!
爆発した!
なにかが広げた手のあたりで爆発した。
なにが爆発したのかわからない。
しかし、凄い衝撃が走り、激しい痛みが俺を襲った。
俺の右腕は、着ていたシャツごと前腕から先が消え失せていた。
「――いってえええぇぇ!!」
血は出ていない。しかし、痛い。その痛みは、燃えるような熱となって伝わってくる。
「――ダーリン!」
女神が、すぐに何かを唱え始める。
すると嘘のように痛みが消えていく。
激痛の余韻さえ、すぐになくなる。
「…………」
気がつけば、腕が何事もなかったように戻っている。
もちろん、シャツの袖も元通りだ。
「もう、ダーリンったら。途中で詠唱をとめてはダメだとあれほど言ったのに」
「なら、途中で声をかけてくるなよ! 腕がなくなって、すげー痛かったぞ!」
「まあ、そうでしょう」
「うわー。冷静な返答」
「痛みは仕方ないのです。ここは魂の間だから、形は幻のようなもの。わたくしの力ですぐに戻せますが、魔力の波動による精神への影響と、『腕を失った』という精神的痛みは、しっかりと現れてしまうのですよ」
「…………」
「もう、ドジなダーリン♥」
「――って、今のは俺だけが悪いのか!?」
「ま、まあ、でも、詠唱を止めると、こういうことになるというのが経験できてよかったじゃないですか」
「したくない経験だったよ……」
「ここなら安全に経験できますよ。それにたくさんすれば、痛みもそのうち快感に……」
「したくねーよ! なら、俺のかわりに爆発しろよ!」
「えーっ。痛いの嫌いです」
「だよねー! 俺もだよ!!」
記念すべき最初の魔法詠唱は、こうしていきなり失敗に終わったわけである。
まさに前途多難すぎるだろう。
俺への試練、辛すぎないか?
神も仏もないものか……。
……あ、女神って神か。
な~んだ。
神を目のあたりにしても絶望しかない事ってあるんだな。
今なら、悟りを開けそうだよ、俺……。
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