第5話:女神と魔物

「ダーリンの特殊能力! それは【魔法呪文詠唱キャンセル技能】! 略して魔法まほきゃん♥」


「ダーリンはやめろ。そして、その略称もやめろ」


 やっとである。

 待ちに待った俺のチート的特殊能力が付与された。

 しかも、名称からして非常に期待できそうだ。略称は別にして。


 もちろん、付与される前に「役に立ちそうにない能力だったら、ネコババしていたことを言いふらす」と言ったら、必死になって考えていた。

 そもそも言いふらすにしても、どこで誰に言いふらすことができるというのか悩んでいたが、女神はそのことに気がついていなかったらしい。

 ああ、バカでよかった。


「で、その能力は、つまりあれか? 敵の詠唱中の魔法呪文をキャンセルできる技ってことか?」


 それは強いかもしれない。

 敵が目の前で唱えている限り、魔法無効化に近いことができることになる。


「違います」


 違うらしい。


「自分の呪文詠唱をキャンセルできるんです!」


 ない胸を張って、自信たっぷりに言う女神。


 ……って、あれ?

 なんか嫌な予感がする。

 気のせいか?


「女神さん……それは具体的に言うと?」


「はい、女神さんです。お答えしますね。つまり、ダーリンは詠唱中の呪文を途中で『や~め~たぁ』と止めることができるんです!」


「…………」


「……ん?」


 茫然自失になりそうな俺の顔を女神が首をかしげ、下からヒョコッと覗いてくる。

 その所作は、非常にかわいらしい。

 かわいらしいが、今はそれどころではない。


「……えーっと。ふざけた能力つけやがったら、どうなるかわかっていらっしゃいますよね?」


「ふっ、ふざけてなんていませんよ!」


「じゃあ、なんだよ、それ! 呪文の詠唱をやめるのなんて簡単だろうが!」


「あっ! 違うんですよ! そうではないんです!」


 慌ててブルブルと手と銀髪を振る女神。


「すいません、説明していませんでしたね。私の世界では、魔法の詠唱は始まってしまうと簡単に止めることができないのです」


「……なぬ?」


 俺は「くすぐりの刑」で脇を攻めようと、両手の指をワキワキしていたポーズのまま動きを止める。

 殴るのはよくないと反省したので、くすぐることにしたのだが、どうやら意外にまじめな理由があるらしい。


「えーっと、ですね。魔法詠唱の仕組みから話しますけどいいですか?」


「おう」


「少し長くなりますけど……」


「今さら、あんたが気にすることか」


「それもそうですね!」


「反省しない奴だな……」


「ではでは。……まず、呪文ですが、基本としてSサイズ、Mサイズ、Lサイズをご用意しています♪」


「呪文というより注文って気がするな……」


「そのほか、特別にグランデサイズ、ベンティサイズ、トレンタサイズがあります」


「どこのコーヒーショップだ!」


「で、呪文の長さは、Sサイズが1小節、Mサイズが3小節、Lサイズが5小節あります。ちなみに、トレンタは30小節です」


「じゅげむを超えそうだな……」


「そしてこれがポイントなのですが、呪文は1小節を唱えてしまうと、そのあとは基本的に詠唱をやめることができません。集った魔力が行き場を失い、爆発して危険だからです」


「なるほど」


「それはサイズアップするほどリスクが高くなります。扱う魔力が大きくなりますからね」


「納得」


「さらにSサイズなら大して気にならないのですが、Mサイズ、Lサイズあたりから魔法発動後の硬直が問題になります。身体に発動時の魔力流が残るためなのです」


格闘ゲームカクゲーで言う、必殺技硬直みたいなものか」


「はい。しかし、ダーリンは違います。ダーリンは詠唱途中、もしくは発動直後に、サイズアップした同系統魔法の呪文や、他系統の同サイズ魔法を詠唱し始めることで、魔法を途中で切り替えたり硬直なしで次の呪文を詠唱し始めることができるのです!」


「おお……。つまり、魔法コンボができるというわけか!」


「その通りです! どうです? すごいでしょう? 褒めてもいいんですよ? 撫でてもいいんですよ?」


「おお、よしよし。褒めて遣わす」


「……ふにゃ~~~」


 頭を撫でまわしてやると、線のような細目になった。目頭が垂れ下がり、なんか妙に力の抜けただらしない顔になる。

 面白いのでもっと撫でる。

 銀の細い髪の毛が一本一本さらさらしていて、指の間を走る感じが撫でているこちらまで気持ちよくしてくれる。

 これはいつまでも撫でていたくなる……が、女神の口元から涎がたれそうになっているのを見て、俺は慌てて手を引いた。

 もっととねだるが、俺はまずは魔法を試したいと告げる。

 すると、女神が俺に呪文をいくつか教えてくれた。


「じゃあ、練習用のターゲットを出しますね」


 女神がパチンッと指を鳴らすと、少し離れたところに黄色い煙と、その横に黒い煙のようなものがモワッと上がった。

 かと思うと、それがギュッと固まって2体のターゲットになる。


「はい。できました。私の世界にいる、一番弱いネズミの魔物を模したものです。ただ、そのままだと気持ち悪いので少し、ほんのすこ~~~しデフォルメしましたけど」


「……いや、待て。これは無理だ」


「え? どうしました?」


「どうしましたじゃねーよ! パクッたな!?」


「ち、違いますよ! 完全オリジナルですよ!」


「うそつけ! どうみても、黄色い電気ネズミと、夢の国にいる黒ネズミじゃねーかよ! これを攻撃したら、いろいろと問題が出るだろうが!」


「もう。ダーリンはわがままですね。なら、本来の姿に戻しますね」


 そう言うと、女神はまたパチンッと指を鳴らした。

 すると、著作権的にまずいネズミ2体が煙に戻り、そしてまた形を作りはじめる。


「……はい、できましたよ」


「……えっ?」


 俺はその容姿を見て固まった。

 それはまさに、異形。


「……あの、女神さん。あれが?」


「はい。私の世界で一番弱い魔物です」


「……無理……」


「……へ?」


「無理無理無理無理! なにあれ! ちょっと! マジ怖いんですけど!! あんなのと戦うの!? え? まじで!? 今までの勇者、3分間タイマー能力や、枝豆つまみ能力であれと戦ったの!? いや、マジ無理ですからあぁぁ!!」


 この段になり、俺はもう異世界に行かないでもいいかなと思い始めていた。

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