第4話:女神と現金

 多くの勇者の無駄死に。

 その事実で、俺はさらに鬱になってきた。

 だから気分を変えるため、女神に場所を変えてくれとお願いした。

 なにしろ、さっきから灰色の壁に囲まれた取調室で、女神とボケツッコミを繰り広げているのである。

 鬱というより、もう頭がおかしくなりそうだった。


「では、こういうのはどうでしょう?」


 女神が赤い双眸を爛々とさせながら、両腕を大きく広げるように動かした。

 すると、まばゆい光とともに部屋が一転。

 壁どころか床も天井もなくなり、星々の海に投げ出されたような風景になった。

 暗闇なのに視界が確保された不思議な空間。

 浮いている……わけではなく、床はあるようだが闇と一体化して見えない。

 いや。床の位置にはうっすらと、オレンジの光で描かれた円や記号で構成された、魔法円のようなものが浮きあがっていた。

 きっとそこに足場があるのだろう。それでも不安だ。

 一歩でも踏みだしたら、闇の中に落ちるのではないかという恐怖感に包まれ、俺は動けなくなる。


「ようこそ。神霊が集いし場、【神魂しんこんの間】へ」


 不思議と神々しさを感じる物言いに、緊張感にとらわれて喉を鳴らす。


「し……しんこんのま?」


「そうです。ここは神魂しんこんの間……しんこん……新婚・・の間!? 新婚さん、いらっしゃ~い♥ きゃっ★」


「きゃっ、じゃねーよ!」


 おかげで緊張と恐怖がぶっ飛んだ。


「それでなんなんだよ、ここ……」


「これが本来のこの空間の姿です。どうです、荘厳でしょう? なんか召喚の間とか、それっぽい感じでしょう? ガチャしたくなるでしょ? 課金する?」


「しねーよ!」


「今なら、SSRカードが当たりやすくなるキャンペーン中です」


「なんのカードだよ!」


「100連ガチャでさらに確率0.5%アップ!」


「低いな! ……それよりさ」


 俺は目の前で取調室の時から変わらず鎮座している事務机を指さした。

 闇の中でも存在感を失わない、灰色のスチールボディと、その上におかれた空の丼。

 椅子やなんやらは消えたのに、それだけは依然として残っていた。


「なんで机だけ残してるんだ?」


「ああ、それですか。机というか、丼の回収に来るから、しまう前にかるく水洗いしておこうと思って」


「いきなり現実に引き戻されました」


「そのまま置いといて、ゴキブリがきたら嫌でしょ?」


「さすがゴキブリ! この空間にまでくるのかよ!」


「ゴキブリは怖いよ! 本当に怖いんだ! ……ああ、怖いよ、ゴキブリ……N○Kの集金より怖いよ……」


 その場で自分の体を抱きしめるように身を振るわす女神にため息を漏らす。


「いったい、何があったんだよ……ってか、NH○もすごいな……」


 伝説の英雄クラスではないと生身で来られないここに来て、異世界の女神にまで支払いを求めるのだから、N○Kには逆らわない方がいいかもしれない。


「そういえば、○HKの支払いも、かつ丼の代金とか日本の金だろう? あんた、なんで持ってるの?」


「……ひへっ?」


「そんな引きつった顔でとぼけんな。女神が何で異世界の金を持ってんだ?」


「そ、それは……」


 女神は虚空の向こうにある何かを見つめるように、斜め上を見ながら言葉を紡ぎだした。

 なぜかスポットライトがどこからともなく照らされ、その姿は胡散臭いぐらいに芝居がかっている。


「ここは、幻想の世界にある神魂しんこんの間……」


「それはさっき聞いた」


「人は魂だけの存在となって入ってくる聖なる場所……」


「知ってる」


「ただ死んだ直後、ここに連れてくる時は、まず肉体ごと運んできます」


「ほほう」


「しかし、魂以外の死した肉体は不要……」


「だろうな……」


「その肉体が身に着けている服も不要……」


「……おい……まさか……」


「持っていた財布も不要……ですよね?♥」


 舌を横から上へ出して「てへぺろ♥」する女神。

 一気に俺の心が、氷点下。

 俺はしばらく、その女神を冷たい視線で射抜き続ける。


「……あ、あのぉ……」


「…………」


「そ、そのぉ……」


「…………」


「…………」


「…………」


「……うわああぁぁぁぁん!! すべてボクがやりましたあぁぁぁ!! できごころだったんですうぅぅぅ!!」


 突如泣き出して、女神が四つん這いにひれ伏した。

 死んだ転生者の持ち物をネコババしてやがったわけである。

 しかも、その後はあんな適当な特殊能力だけで危険な異世界に転生させていたのだ。


「なあ、女神よ……」


「ぐすっん……な、なんですか……」


「俺、思ったんだ……」


「だ、だから、なんです?」


「退治されるべきは、魔物じゃなく……あんただ!」


「――うわああぁぁぁぁん!! なんとなくそんな気がしていましたあぁぁ!!」


 これでもまだ「なんとなく」なのかよと、つっこむのも疲れた俺だった。




 ……あ。

 けっきょくまだ、特殊能力もらってないわ。

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