第3話:女神と異能力

 話が脱線しっぱなしの上、一緒にかつ丼を食べたり、俺の収入に目がくらみ媚を売ってきた女神を冷たくあしらったりしていたら、死んでから半日が経ってしまった。

 時間の感覚など無意味な空間なのだが、感覚的にはたぶんそんな感じだろう。

 転生手続きの女神の元で、こんなにダラダラと時間をかけた転生者はきっと他にはいないのではないだろうか。


「で、特殊能力は何をくれるんだ?」


 仕方なく、自ら話を進めるよう努力する。

 しかし、肝心の女神が残念すぎる。


「どんな能力かですって? そんなこと、わたくしは知らないわ」



――ポカッ!



「――なっ、殴った!? 女神の頭をなぐったわね!?」


「いい加減すぎるからだ。俺は男には厳しいぞ」


「女神! 女の神!」


「あんた、さっき自分で男のって言っただろうが」


「うっ……。じゃあ、女の子は殴ってはダメで、男の娘は殴っていいのですか!?」


「うん」


 当たり前である。


「差別です、それ差別!」


「区別です。それに女の子に優しくしているんだからフェミニストです!」


「……な、なら、かわいい子を殴ってはいけません!」


「むっ……」


 俺は言葉に詰まる。

 確かにかわいい子を殴るのは悪いことのような気がする。

 格闘ゲームでは、かわいい娘でも蹴り殴りまくっている俺だが、現実でそんなことをやれるはずもない。


「わたくしは、かわいい! ですから、殴ってはいけません!」


「お、おう。確かにあんたは、かわいい。しかも、かなりかわいい。そう言われると殴ってはいけない気がしてきた」


「……えっ?」


 女神の大きな瞳がパチクリとする。

 かと思うと、一気に赤面した。

 リンゴを超えて、完熟トマト。

 そのまま高熱で爆発するのではないかというほどの紅潮ぶりだ。


「えっ? えっ? えっ? そ、そんな正面切って……」


 声が上ずって面白い。

 ここは押しまくるべきだ。


「いや、マジにかわいいとは思うぞ」


 それほど対女性会話力のない俺だが、不思議とこの男の女神には抵抗なく言えた。

 まったく照れずに真顔で言えるのは、やはり男だと思っているせいかもしれない。


「ちょっ……そ、そんな顔で……言わないでっ!」


 いきなり席から立ち上がったかと思うと、

 両頬をおさえたまま顔を伏せ、妙に体をくねくねと狼狽する。

 本当に面白いのだが、今さらそこまで照れる理由がわからない。


「あんた、今までも言われてたんじゃないの?」


「そ、それは言われていたけど……そのぉ……今までの男の人は、ボクのこと女性だと思っていたから……」


「……?」


「だ、だから……男だとわかっているのに、そんなにかわいいって言ってくれるなんて……」


「まあ、男でもかわいいのはかわいいから」


「――!! そっ、そこまで!? ……あ、あのね……」


 女神がススッと近寄ってくると、襟元をひっぱりながら片方の肩をさらけだし、柔肌をうかがわせた。

 そして躰をしならせ、瞳を上目づかいで潤ませた。


「ボ、ボク、男のだけど……いいよ♥」



――ポカッ!



「何の話だよ!!」


「イ、イタイ……もう! 照れ屋なんだから♥」


 なぜか頭を押さえながら、ニヤニヤと笑っている女神。

 さっきと全く違う態度が、気持ち悪いをマッハで通り越して怖い。

 沼だ。

 俺には沼が見える。

 沼につかまる前に、とっとと異世界転生してしまうのが吉だ。


「も、もういいから! 早く俺に能力をくれよ!」


「え? あ、ああ……よーし。あなたには、ボク……ゴホンッ……わたくしが、きちんとすごい能力を考えて与えてさしあげましょう! 感謝してください!」


 なぜかエメラルドグリーンのドレスをフワッと広げながら、居丈高いたけだかに言う女神。

 まあなんでもいいや、早くして……と思うが、ふと気になるフレーズがあることに俺は気がついた。

 気がつかない方がよかった気もしたけど、気がついてしまったからには仕方がない。

 嫌な予感しかしないけど、問い詰める。


「なあ、女神」


「なぁ~に、ダーリン」


「誰がダーリンだ! ……そんなことより、聞きたいことがある。あんたさっき、『きちんとすごい能力を考えて・・・』って言ったな?」


「ええ」


「でも最初に、『どんな能力がつくか知らない』みたいなこと言ってなかったか?」


「ええ」


 女神は、まるで「なにを当たり前のこと言ってるの」みたいな顔で、しれっと答える。

 しかし、もちろん矛盾している。

 悪い予感で、オレの心臓が早鐘を打ちだす。

 ドックンドックンと、鳴り響く。


「なら、聞きたいけどさ……今までの勇者候補の特殊能力ってどうやって決めてたの?」


「ああ。ランダムよ」


「すなわち任意」


「そう。G○○gleに依頼して」


「微妙に伏字じゃない」


「集合知データベースを利用したAIで」


「いきなりスマート」


「『おもしろおかしい能力』ってキーワードを指定して」


「…………」


「たまに『カップラーメンが出来上がる3分間をぴったり当てられる能力』とか、『どんな状態でも剥いた枝豆を箸でつまめる能力』とか、『赤ちゃんに戻れる能力(不可逆)』とか……楽しかっ――」



――ポカッ!



「イ、イタイ……本当に今のはイタイ……」


「痛いじゃねー! どーしてそのキーワードなんだよ! そりゃあ、20年間も魔物が駆逐されないわけだ!!」


 とりあえず、2000人の勇者の想いをこめて殴っておいた。

 きっとこんなもんじゃすまないと思うけどな。

 なんかごめんな、勇者たち。無能なんて言っちゃって。

 俺、がんばるよ……。

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