洗脳
「うぅん! 南陀仏弥陀仏! はいっ! てや!」
紫の布を一枚被った男が、手を十字に切っていた。リュウは黙って見つめる。世奈の視線が熱くなる。
険しい山を登り切ったように、荒い息をついてから占い男は言った。
「ぜぇっ、ぜぇっ。で、でました! 場所はフセイン王国の遥か上。何人も寄せ付けない、天空に浮かぶ暗黒の城!」
「ほんと~? なんか怪しい……っ」
世奈が訝しそうに男を見る。部屋を転げ回っているようにしか見えなかったのだ。男は手を差し出す。
「当たるも、当たらぬも八卦。約束の金貨3枚、頂こう」
一行は国を出た。長い蔓がリュウを歓迎した。シュルシュルと、道が開かれる。草原に出ると、リュウは空を飛ぶのであった。桜美の手から桜色の花が斜めに落ちていった。アルト王国はもう見えなくなった。
フセイン王国に着くと、門の前で着地した。門番の目は死んでいる。力なく尋ねてきた。
「何の用だ?」
「商売を少々したいと考えております」
リュウは適当に嘘をつく。見せつけるように、木の実を差し出した。門が開かれ、門番は首を回してリュウを見ていた。その目は暗く濁っていた。
町民は皆、一行を見ていた。動きを止めて、ニタニタ笑っている。街では半裸で踊る女がいた。男は道端で寝ている。黒い鳥がゴミを求めて街を飛んでいた。
「な、なんか怖くない?」
世奈がリュウにしがみつく。リュウは世奈を抱き寄せ、王城を睨んだ。急勾配が目の前に見える。頂上は鳥に阻まれ完全には見えない。時は、正午。太陽は活動していた。
ふと、こんな声がした。リュウは右を見る。橙色の店前に佇む男が数人。金髪の美女を囲んでいた。ジュースを落とした女性は、困惑したように叫んだ。
「な、なんだよ!?」
男の目は死んでいた。ゆらゆらと鬼火のように四方を取り囲む。リュウは一人の男を地面に倒した。町民は誰もしゃべらない。男は天を向いて、唾を垂れ流した。
「魔王様ぁっ魔王様っ」
リュウは路地裏に来ていた。煤けた窓から人が見ている。打ち捨てられたボール、壊れたレンガ。女性の名はフラと言うそうさ。リュウはフラに尋ねる。
「この街はどうなっているんだ? 皆、様子がおかしい」
「洗脳だよっ 魔王に思考を操られているのさ」
忌々し気にフラは窓を睨んだ。ニヤニヤしながら、子供は窓を閉めた。男の馬鹿笑いがこだまする。アッハッハ、アッハッハ。
フラは街に溶け込んでいった。一行は王城を目指す。足元にリンゴが転がってきた。投げた女性はケタケタと笑った。
「リンゴがひとーつ! リンゴがふたーつっ!」
無視して城を目指す。城に入ると、リュウは目を擦った。信じたくない光景が広がっていた。王は死んで、兵士が死体を貪る。黒い鳥が美味しそうについばむ。汚く黒ずんだ嘴が、太陽で光った。
「回復カトゥリ」
リュウは嘆いた。世奈は失神寸前だ、足腰は笑っている。桜美が空を睨んだ、鳥が嘲笑った。兵士が我に返る。
「お、俺は一体何を……!? うわぁあぁああ!」
嘔吐した。赤いカーペットが敷かれた地面を黒が汚していく。兵士の胃液から王の血がでる、でる。
王が死んだら町はおしまいだ。秩序は乱れ、街は荒れ狂う。一行は話し合った。結果、一回首をでる事にした。褐色の肌にぶつぶつができている、兵士が己の体を恨めしそうに見た。大理石がコツンコツンと鳴いた。窓にはフラがいた。先ほどの男達も一緒だ。目は死んでいた。
「こっちにきなよ、楽しもうぜ」
フラは男とダンスを踊った。服ははぎ取られ、顔は笑っていた。その目は死んでいた。一行は引き返し、城を探索する。フラは城に入った。その手に剣が握られていた。
兵士は際限なく湧き出てきた。どうしてか、リュウに襲い掛かる。剣が腰から抜かれる。リュウの手は血で濡れていた。姫は餓死していた。檻に入れられて、骸骨になっていたのだ。メイドの姿はないが、紳士の姿はあった。
地下へと階段を見つけた。床が動いて、兵士が駆けつけてくる。世奈は気絶していた。桜美と二人、リュウは足を前に進める。
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