最終章 魔王消滅編

状況

 ティアが拉致されてから、数日経ったある日。秋風も登場していて、空はすっかり秋である。そんな中、世奈は胡乱気な瞳をリュウにぶつけていた。折れそうな程華奢な腕が伸びていく。


「よしよし、辛かったね。もう大丈夫、悪い人はだ~れも来ないからね」


「……おい、何の真似だ…………離さないか!?」


 リュウは世奈に抱き着かれていた。色香がリュウの鼻孔を犯し、思考が鈍ってしまいそうになる。たわわな胸で圧死させられる程に、世奈はリュウを抱きしめているのであった。抵抗しようと、リュウは手を伸ばすが、悲しいかな、縄で拘束されている。うーんと伸ばしても、ギチギチっとベッドをきしませるくらいしかできないのである。


「さあ、魔王の事など忘れてしまいなさい……この特製スープを飲んで、全てを忘れるのです……!」


 桜美はぐつぐつに煮えた鍋を持ってきて、蓋を開ける。リュウから見て右側に腰かけると、毒々しい色をした食物が顔を覗かせてしまった。それをスプーンで一掬いすると、リュウの口内へ入れていく。瞬間、リュウの体が魚のように跳ねてしまった。否、リュウは飛んだのだ。手錠を壊して空を踊るのであった。


「あ! 待って~!」


「それ、何が入ってるんだ? 前回食った時は、からしを生かじりしたような味がしたけど!」


 桜美は頬に手を当てて、視線を落としながらぽっと答えた。


「まあひどい! 乙女が愛する兄さまの為に作ったのに、例え尻尾からひり出した淫魔の液体が入っているからって、一口も食べてくれないなんて……しくしく」


 自分で口に出して、しくしくと言っているのだから、情緒もひったくれもないもんだ。かと思えばからっと笑って、イタズラ娘のようにベロを突き出してくる。世奈は接着剤で引っ付いてしまったように、又は磁石でひかれあうからっ、とでもいうようにべったりと引っ付いているのだが。


 これが、ここ数日であった。いや、勿論ティアの行方を捜そうと一行は頑張ったのだ。それは本当に、リュウが空を駆けたり、世奈と桜美が情報収集したりと。


 だが、正直言って異世界から現れたティアの事を、ヤンデレ娘の彼女らが必死に探したかと言われると微妙であった。勿論女であるから、仲良くはなるが、果たして愛する男をかけてまで、探そうと思うだろうか。否である。という訳で、二人はリュウを監禁したのだ。ずっと一緒にいる為に、寂しさを埋める為に。リュウも二人との時間が少ないように感じていたので、されるがままになっていたのだ。


「もう一回捜しにいこうぜ……こうしていても退屈だし……!」


「そんな事ないよ? 私は幸せだもん」


 世奈は嬉しそうに笑う。なんの曇りもなく、快活に白い歯を見せるのだ。さりげなく組んだ足は、艶めかしく、美しい。涼しさを孕んだ、日光がカーテン越しに斜めにベッドを切り裂いた。光に照らされて、世奈の体がいやらしく映える。


「い、いやっ、こうしていても…なぁ」


 ま、いいか。と一瞬思ってしまうリュウであったが、何とか持ち直す。魔王城では、ティアが暗くじめじめした牢屋で、辛い仕打ちを受けているかもしれない。つやつやした鞭で肢体をビシッと打たれて、泣き叫びティアがこう言って叫ぶのだ。


「助けてっ! リュウ様---!」


 それを思うとやるせない気持ちにリュウはなる。すくっと起き上ると、真面目な顔つきで二人を見つめた。すると、しぶしぶと言った風に部屋を出て身支度を始める二人なのでありました。そんな光景を、窓の外から眺める水晶体が一つ。カーテンの隙間からじーーっと何かが睨んでいるのであった。その事と、リュウの頭が痛くなった事は何か関係があったのだろうか、さあどうだろう。



 さて、魔王城では、ティアがどっしりと椅子に敷いていた。部屋はがらんとしていて、家財は殆どないのは何とも悲しい。エリが分厚い書類の束をコルに差し出した。コルがびくっと震えてそれを受け取る。内容は請求書のようだが、その額なんと聖金貨99枚。何やら悲痛な声がコルから洩れると、すぐに屈強な男が部屋に入ってきた。


「じゃあ、これも持っていきますね……こんな安物の剣じゃ質にいれてもたかがしれてるかなぁ」


 ぼそっと余計な一言を加えて、コルの持ち物は何もない。いや、服はあった、椅子があった。水晶体も。だがそれだけだ。エリはニコッと笑って、幸せな気持ちを周囲に分けていた。なぜなら、これからはコルと一緒に寝るのだから、喜びもひとしおだ。


「あぁ、鏡がぁ、初給料で買ったギターが。世界で一つしかないからって、高かったのにっ」


「隊長! 大丈夫です! 資金は十分に蓄えられました! これからも、私たちの陰謀を達成すべく頑張っていきましょう!」



 そう、コルは借金地獄に陥っていた。異世界人の食事。モンスターの買い取り。移送代等、数えればきりがないが、ともかく聖金貨99枚分、借金していたのだ。


 まあ、ドラゴンやワイバーンをバンバン異世界人に与えていたらしょうがない。大会で買ったなら、全てうまくいったはずなのだが、リュウに負けた今、契約書によって差し押さえを食っていたのである。


(くそっ、これも全部リュウのせいだ。あいつが悪いに違いない!)


 爪が手の平に食い込むのも構わずにコルは恨みを高めていくのであった。それは完全な八つ当たりであったが、コルはそう思っていないのだ。コルを気にする風もなく、ティアは水晶体を見つめていた。ムムム、と唸ると、割れんばかりに水晶体を掴むのであった。画面に映るリュウを見て、可愛い顔が台無しになっていく。眉を寄せて、


「お仕置き!えーい!」


 と言うと、リュウは頭を押さえて、ベッドでのたうち回っていた。しっかり数十秒、ようやくお仕置きをやめた。


 魔王はティアに人質以外何の興味もない。そもそも拷問道具を魔王は持っていないのだ。フセイン王国に着くと、コルにティアを預けてデュオスは天高く消えてしまった。やがて、空からチャリンと聖金貨が一枚音を立てるだけで。コルは不足していたメイドの代わりをティアに命じて、エリを指導役に任命した。元々、人に好かれやすいティアはすぐに他のメイド達とも仲良くなり、時折ティアの快活な笑い声が響くのであった。


 翌日、一行は旅を開始すべくとある場所に来ていた。紫にペンキで塗ったくったような、怪しげな場所。暖簾をくぐって、出てきたのは黒のタイトスカートをぴっちりと着込んだ、切れ長の女性だった。メガネがぴかっと光って、


「いらっしゃいませ、占いの館へ」


 仰々しく言った。困ったときの神頼み、そう、一行は占いに全てを託す事に決めたのだ。

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