死闘 終 勝て!

(なんだろう、前にも来た事があるような……)


 四方は真っ白で、白いタイルを敷き詰めているようだ。ゆらゆらとリュウは浮いていた。実体の感覚はなく、まるで無重力にいるようである。


「いいえ、まだ死んでいませんよ」


 この世界の神、キュアはできる限り小さい声で囁くように言った。リュウは驚いた様子もない。やはり、魂に記憶があるのだろう。


「貴方は……キュアさんでしたね? もしかして、私は何度もここにきていますか」


 リュウは尋ねる。キュアは髪の先をくるくると弄って何やら考えていたが、


「はい。本来なら死んだ者しか、私に会う事はできません。ですが今回は特別で、死ぬ前に呼んじゃいましたっ」


「それはまたどうしてですか?」


 キュアはリュウに瞳をじっと見つめる。その瞳に未来はあるか。世界を変えて、全てを託すに足りる強さを備えているのか。ふうっ、とキュアは口を丸めて、吐息を宙に送った。


(うん。大丈夫。私は無理だったけど、貴方なら世界を変えていけるはず!)


 手に持っていた青白い水晶体をキュアはリュウに見せた。地上ではスライムがコルに蹂躙されていた。太陽はスライムを痛々しく焼き、コルは容赦のかけらもなくスライムの体を切り裂いていく。少し、また少しと体積が減少していき、呻くような声をスライムは上げていた。



「私はここでずっと見てきました。人間、魔族、魔物。この世界には正しい人だけとは限りません。いえ、正しい人の方が少ないでしょう。特に自己の力を超えた力を手に入れた方、そう、チートを得た方は悪き道に進もうとするでしょうね。なぜなら、その方が楽だからです。魔族の圧倒的な力を目の前にしたら、力を自身の利益の為に使う方が人間らしいですからっ」


 リュウは黙って聞いていた。キュアは話を続けていく。スライムはうめき声をあげていた。


「ですが、貴方はそうしなかった。力を正しい事にだけ使っています。今回だってそうです。どうして、お金を返そうとしているのですか? あれは貴方を奴隷に陥れた本人の借金ですよ……!」


「理由なんてないんです。ただ、惚れた女を守りたい。苦しい顔を見せてほしくない。それだけですよ」


 リュウは照れくさそうに答えた。チラチラと魂が点滅している。やはり、生きた状態では限界があるようだ。呆れた様子で、にっこりと笑ってキュアはリュウを見つめた。



「全く貴方は……分かりました……リュウさん」


「はい。何でしょう?」


「勝ちなさい! そして、この世界を救うのです!」


 キュアは白い光に乗せて、リュウを送ろうとした。しかし、リュウは釈然としないように尋ねた。


「あの、どうして『この世界』と呼ぶのですか? 何か、世界の名があるのではないですか」


「ありませんよ」


 キュアがはっきりと言って、それがリュウとの別れになった。白い光は羽となり、リュウに力を与えるだろう。これで、リュウも人間の限界を超えて、『勇者』の仲間入りという事だ。キュアは体が自然と崩れてしまった。どうやら、力をリュウに与えすぎたようである。


(それにしても……世界の名かぁっ)


 キュアは仰向けになって白を見つめた。寝転がって水晶体に手を伸ばす。地上ではリュウが天高く舞っていた。天使のごとく、優雅な踊りでも踊るように。


(デュオスが持っていちゃったからなぁ……)


 願わくば世界に光を。リュウよ、神の名において命じる。勝って、世界に平和を取り戻せ。キュアはそう思いながら、水晶体をぼんやりと眺めるのであった。



 ▽


 世界に色が散っていく。リュウが目覚めた時、まず最初に感じたのは太陽の眩しさであった。次に体がふわりと浮かぶ。どうやら空に飛ばされたようで、遠くに山々がこんにちはしてくる。


「ええい! いい加減に終わらせてやるわ!」


 スライムは元の大きさに戻っていた。全身ボロボロでピニューと呼吸だか、呻きだか分からぬ声を漏らしていた。リュウはスライムを柱の上にそっと置いた。もう大丈夫、後は何とかするから。と言わんばかりに空へと羽を伸ばした。


 ばっさばっさと背中の翼を上に、下に自由に動き回る。どうしてか体が軽い。地上ではリングをいっぱいに黒い球がコルの指先から浮いていた。市民たちの姿は遠い。リングの近くにいるのは、リュウのよく見しった人達ばかりだ。



「はぁ……はぁっ……いい加減にくたばれ!」


 コルが叫ぶのをかすかに聞き取る。今なら勝てる。全身から力がみなぎってくる。コルから魔力弾が飛んできた。グングンとリュウに近づいてくる。手を下にかざして、青白い魔力を空気ににじませる。


「終わりだ!」



 コルの攻撃がリュウに当たった。コルは肩を落として、嬉しさに頬を綻ばせる。やった、やっと倒したのだ。こんなに強い奴だとは思いもしなかった。そうしてもう一度、手を額に置いて空を仰いで、コルはぎょっとした。リュウはピンピンとして、宙に漂っていたからだ。コルの背筋にうすら寒いものがひた走った。


「何者だ……何者なんだ貴様は!?」


 コルは叫んだ。それはまさしく、虚しい叫びであった。返事の代わりにリュウから青白い光線が伸びてきた。避けようと体を動かして、そこでコルは気づいた。体が動かないのだ。足が地中に埋まった石のごとく、動いてくれない。上からは光線がはっきりと見えるのに、どうして、どうして。


「ああ、うわぁああああっ!」


 コルの右肩を貫いて、戦いは終わった。リングの上はボロボロだ。瓦礫が山を作って。その上で埃をかぶったドラゴンがずずんと横たわっている。リングの上からスーちゃんが落ちてきた。リュウは白い羽でスライムを包み、深く眠った。


 こうして、得た金は聖金貨100枚。さあ、後400枚だ。だがしかし。その戦いを遠くから眺めているものがいた。暇を持て余した魔王、デュオスはリュウを見つけて、口角を吊り上げるのであった。

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