死闘 2 黒の牙
神を欺いた暗黒の化身。その頂点に昇りつめたドラゴンが吠える、怒りに燃えていた。鳥は羽ばたき、地面は壊れる。弱き市民は怖気づいてか、腰から震えて足腰が笑っているようだ。
対峙するのは、神に最も近い人間。神剣を手でがっちりと握り、瞬き一つしないで、自らを励ますかのように喉を震わせた。リュウの上空では、魔力玉が太陽から元気を貰って、どんどん体積を増していくのだ。一秒が一時間にも感じる。死闘はまだ始まったばかりである。
「何をする気だ! そのスライムには手をだすな!?」
リュウは不意に叫んだ。横目でティアを見ると、額の汗をさっと拭う。コルは、それでもやはり、笑っていた。ケタケタと、魔族がその正体をついにばらしてしまったかのように。ポンポン、とコルはお手玉のようにスーちゃんを上空に投げた。
「ピー! ピィ!」
「リュウ、動くとこのスライムの命はないと思え」
冷たく、ケタケタとまたコルは笑う。ドラゴンは攻撃の手をやめた。リュウは一人でに動きそうになる足を、どうにか堪えて、コルを睨んだ。あのスライムはただのスライムだ。しかし。
リュウはティアとの最初のダンジョンを思い出す。水辺でティアと子供のように遊んだ時、森でティアに追いかけられた時。いつでもティアの肩の上にそいつは乗っていて、ティアはいつもニコニコとしていた。
コルは何度もリュウを見ながら、ポケットから何かを取り出した。小石程の大きさで、汚れた赤レンガの色のそれを、指先で弄んでいる。そうしてから、コルは笑う代わりに言葉を発した。それは見事リュウの耳にキーンと命中した。
「今までリュウ、貴様の戦いを見ていたが、どうもその『反射』というのは厄介なようだ。その他にも貴様は空を飛んだり、魔法を放ったり非常に面倒だ。そこで、だ」
にやりと笑うと、コルはわざとゆっくりリュウの肩へと石を放った。リュウは避ける訳にはいかず、リュウの肩から、じわりと痛みが響く。違和感はそれだけではなかった。体から力が抜けていく。空気が漏れた風船のようにしわしわと、しぼんでいくような錯覚をリュウは覚えた。
違和感が過ぎ去った時、石はコルの手に戻り、リュウは激しい脱力感に苛まされた。手で膝を押して、どうにか立っているのがやっとであるように見えた。コルは石に表示されている数値を見て、唖然として、ちっと舌打ちを一回。石は役目を終わったといわんばかりに粉々になって飛散した。
「完全には吸いきれなかったか。くそっ、もう一つ『魔力吸収石』を持ってくれば良かった」
腹立たし気にコルは地面を蹴った。本当の小石が地面をコロロロと音を奏でていく。
「魔力……吸収だと? どういう事だっ」
リュウが尋ねると、コルはスライムを柱の方に投げてから、
「そのままの意味だ。貴様の魔力が想像以上に多くて、完全には吸いきれなかったが、それでもできる事はそうはあるまい。できて、黒色の弾が一発程度だろうな」
コルは柱の上にすたっと立って、ドラゴンに戦うように命令を出した。魔力は取られたリュウを倒すのはドラゴン一匹で充分と考えたのだろう。事実、それは間違いではなかった。
魔力が取られ、持っているのは剣一本。その体のみで、Sランクの中でもトップに君臨する伝説の魔物、ヘルドラゴンを相手にするのだから。中央の黒い頭は数体の赤い頭がしっかりと守って、その周りを椿のように美しいバランスを赤が彩っていた。
しかし、リュウの必殺玉はまだ宙にある。リュウは勝機が残っているので、少しだけ笑えた。それがドラゴンの気に触れたのか、獣のように浅ましい声を吐きながらリュウに、その長い首を伸ばしてきた。
ごつごつしている頭を一体切り取ると、そこからズズズと何事もないように生えてきた。と、すぐに別の赤い頭がリュウを飲み込もうと大口を開けた。慌てて、横へと逃げると、リュウがいた地点がごっそりなくなっていた。ドラゴンがリングの石や、泥をぺっとまずように吐いた。危ない、今度は上からの噛みつきが、まて、あれは尻尾か。
軽やかに噛みつきを避けて、すぐさまリュウは飛ぶ振りをして後ろへと逃げた。瞬間、尻尾が空中で音を切る。ほっとするのもつかの間、すぐに攻撃がやってくる。紙一重で何とか攻撃をいなしていくリュウを、コルは恍惚の瞳で見ていた。
「いいぞ、もっと逃げて見せろ! その方が、殺された時が面白いからな! ハハハハッ!」
くそっ。勝手な事いいやがって。リュウは心の内でコルを非難するが、その間にもドラゴンが襲ってくる。速度は忍者と同じくらいだが、数が多すぎる。そうして逃げていると、リュウは自分のした間違いに気づかされてしまった。周辺をドラゴンが囲み、リュウの目の前で黒いドラゴンが意地悪く笑っていた。
ドラゴンから熱気がリュウに伝わってくる。摂氏数千度を超える炎が全方向からくるのだ。逃げるのは空だけだが、人間は空は飛べない。ぎりっと歯をきしませると、リュウは空を恨めしそうに睨んだ。このままでは間に合わない。今から落としても、弾が当たるより、リュウが息絶える方が速い。
無論、どうしてかリュウは死なない。しかし、大会の規約上リュウは負けてしまう。それはリュウにとって今までの戦いが無駄になってしまう。忍者との約束も守れなくなってしまうではないか。
(ん? 忍者? まてよ、何か受けとっていたような)
ドラゴンは赤みを増していく。熱気で視界が閉ざされていく。ケタケタとコルは心底楽しそうに笑っている。そんな極限状態の中、リュウは最後の望みをかけて忍者爆弾を取り出した。ドラゴンの火炎がリュウに辿りつくのを感じながら、リュウはええい、ままよ。と言わんばかりに炎の中に投げ入れた。
「おおっ! これで私の勝ちだ! これで異世界人達のせいでできた借金も返せる!」
リュウがいた地点は赤く焦げていて、人の姿すらない。ティアはその一部始終を全部見ていた。はらりはらりと、涙がこぼれ落ちる。鳥が共感するように、ティアを励ましているようだ。
「おいっ!? 空から誰か落ちてくるぞ!?」
その声は市民の誰かだろう。かすんだ瞳で、空中をティアは見上げて、あっと声を上げてしまった。リュウが生きていたのだ。黒い球に乗って、地面へと刃を突き立てる。
「まさかあれが飛行弾だとはね。忍者の術も侮れないな」
リュウが弾をえいやと、放った後、炎で発火して気づいたら宙に浮いていた。幸運な事に弾の近くに飛んでいたので、万有引力に逆らう己の弾にしがみついて、今は弾の上でリュウは考えていた。弾を落とすのはいいが、避けられたらおしまいだ。確実に黒の頭に命中させねばならない。
いや、まて。いっそ同時に攻撃したらどうだろう。リュウはしばらく考えていたが、やがて弾を地面に落としていった。自らもそれに乗って。
リュウは空を人間らしく落ちていく。天使のように羽は生えていない。それでも、勝つために、リュウは剣に全てを託す事に決めた。避けられたらおしまいだ。リュウの顔は意外とすがすがしい物に代わっていた。視界にハーピーがパタパタとリュウを応援してくれた。
「ドラゴン! これをくらいやがれっ!」
リュウの剣がドラゴンの中心を貫いた。その結果ドラゴンは横たえて、床にドスンと落ちるのであった。
「コル、降りてこい! 一対一、どっちが最強か決着をつけようじゃないか!」
コルは楽しくてたまらないと言わんばかりに、魂を震わせるように、
「面白い! ようし、この手で葬ってくれるわっ!」
リングへと飛びさった。魔力を失ったリュウと、ドラゴンを倒されたコル。人間と魔族との戦いはどっちが勝つのか。
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