死闘 1
「リュウ殿。これをもっていくでござる」
リングにでようとするリュウを止めたのは、忍者のマル秘爆弾であった。紫と黄土色が混じりあった、禍々しい色をした爆弾を、リュウは2,3個程ポケットに入れた。今日は嫌に晴れていて、空には雲一つない。魔物水を浴びていた事もあったので、スーちゃんは元気そうだ。
リングの上にはコルがにやりと笑っていた。コルの横には金色の瞳をぶつけるドラゴン。頭は柱より高く、黒の鱗が太陽の下で神々しく光っていた。なんとか取り返したらしい剣を鞘に収めると、コルは息を吐くように笑った。
「よくもまあ、スライムだけでここまでこれたものだ。いやはや、関心するよ全く」
「おい、このスライムをバカにするなよ。いいか、これはな、魔物水を浴びているのだよ」
リュウにしては、ムカッとしたから適当に言い返したに過ぎなかったが、コルの表情は困惑に満ちる。眉がしわっとより、天を仰ぎ見た。そうしてから、やはりにかっと笑うのであった。
「まあいい。太陽がある限り、スライムは弱いからな……」
リュウは目ざとく聞き留め、尋ねる。
「何の話だ? どうして空を見た」
「なんでもない。さて、無駄話は無用だ。リュウ。殺されても文句言うなよ」
「けっ、こっちのセリフだ。腕の一本くらいは覚悟しとけ」
長い一日が始まる。神がいない世界で、魔族と人間の戦いが始まるのだ。
▽
ゴーンと鈍い音が響いた時、二人はリングの端に立っていた。既に剣は抜かれている。最初に動きを仕掛けたのはドラゴンであった。ただでさえ、長い首を前に突き出したかと思うと、翼をはためかせ、鼓膜を貫くような大声を上げた。何をいっているのかリュウは分からない。むしろ、意味などない方が良かったか。
黒い巨体が虎のような速さで、突進してきた。リュウは少しの動きで、ドラゴンの下にもぐると、滑るように剣を走らせる。赤い鮮血がドラゴンからは漏れなかったが、浅くない傷跡を刻み込んだ。リュウの身長より長い、ここだけは紫がかった尻尾がリュウに襲い掛かる。
水面に石を投げた時のように、地面を何度も叩いて渦巻き状にリュウを取り囲んでいく。尻尾は頑丈で傷跡はつくが、ドラゴンの尾は切れる気配がない。
と、その時前方から雷撃が飛んできた。地面を這って避けて、前方を睨むと、コルの右手が白に近い赤色で覆われていた。しかし、攻撃は終わらない。尻尾はリュウを取り囲んでいるし、雷撃、飛礫、水の大砲。さすが隊長というべきか、あらゆる系統の魔法が使えるようだ。
コルは声高に叫んだ。その声は地響きを伴ってリュウを貫いた。
「どうしたどうした! 口ほどにもない奴だな!」
見え透いた挑発にリュウは応じず、ドラゴンの攻撃部位を変更した。噛みついてくるドラゴンを何とか交わして、大きいたてがみを踏んずけると、垂直に剣を突き刺した。
「グワァッァァアアァ! ァぁァ!?」
しかし、肉を切り裂いた感触はなく、悲鳴を上げるドラゴンにリュウは振り落とされた。片手で地面を支えて、位置エネルギーを逃がさないように跳躍して、柱の上に立った。隙を見せたら一瞬で持っていかれるからだ。
コルがドラゴンに近寄ると、魔法をかける。リュウは黒色の鉛弾を連射する。コルに当たっているはずだが、コルに傷はつかない。どうやら高速で回避しているようだ。リュウにはその動きが見えているのか、だんだんと弾の速度を合わせていく。ヒュン、シャッ。風を切り裂いているが、弾はリングを破壊するだけであった。やがて、ドラゴンは長い咆哮を上げると、傷は消えていった。
ここまでしておいて、両者に息切れはない。そのあまりにも凄い戦いに、聴衆は言葉を忘れてしまっていた。世奈、桜美、ティアは固唾を飲んで、一歩も動けないでいる。ティアの手の中でエメラルドが瞬いた。
リュウは柱の上にスライムをおいて、戦いを開始した。神のように空を駆けると、ハヤブサのように滑空していく。その攻撃はコルの鎧を貫通した。血が腹から足を伝って、筋を作っている。すぐに傷は治されたが、コルは怒りの色に支配されてしまう。
「貴様、この私に傷をつけるなど……人間風情が良い気になるんじゃない!」
獣のような唸り声で、コルはそのような言葉を叫んだかと思うと、ドラゴンの上に立った。瞬間、ドラゴンの頭が9つに分かれてしまった。リュウの顔がはっと開かれる。
ただでさえ、強かったドラゴンが9体になったのと同じだからだ。しかし、真ん中は黒色だが後は赤色の鱗で包まれている。恐らくは真ん中を倒せば、後は全部消えるのだろう。
ならば、リュウは直径50センチ程の、ちょっと大きめの弾を空中で作ると、ドラゴンの向けて放った。当然、ドラゴンに回避されるが、それでいい。
「どこを狙っているのだ、そんな攻撃がヘルドラゴンには通じると思っているのか!?」
コルの言葉に返事せず、地上の遥か上。雲より高くなるように意識して、空中で弾を固定した。リュウはそうしてから、
「お前こそ、頭が9つになったくらいで俺を倒せるとおもうなよ!」
逆にコルの神経を嬲っていく。効果はてきめんで、コルはゾウのように直線に突っ込んできた。右からくる剣を、リュウは剣を振るって対応する。ガキンと、金属の擦れる音が二人を一瞬止めた。次はリュウの番、といわんばかりに剣をコルの左肩に振り下ろした。これもまた、コルが対応して剣が悲鳴を上げるだけであった。
けれど、敵はコルだけにあらず。ドラゴンが風を纏ってリュウの背後に回ってきた。後ろからはドラゴンの噛みつきが、前からはコルの剣術が襲ってくる。前者、後者とも一流の域に達しており、とても両方を相手にする事は出来ない。
リュウをドラゴンの牙ときらめく剣が貫いた――
「リュウ様! ちょっと、何をするんですか。い、いかせてください!」
「ダメだよっ、ティアちゃん。まだ戦いは終わってないよ。それに、あれくらいじゃリュウちゃんはやられないって」
さて、その通り。リュウは『反射』を用いて、攻撃を跳ね返した。無理に引っ張ったバネが戻るように、二人は血の雨に濡れていた。互いの全力の攻撃は皮肉にも、自身の体を最大限に痛めつける事になったのだ。
しかし、コルは笑っていた。まるで予想通りだともいわんばかりに。回復し終わると、柱へと近寄っていった。狙いはなんと、スーちゃんであった。ぐにゃりと右手でわしづかみにすると、コルは心底愉快そうに白い歯を見せた。
「このスライムがどうなってもいいのかなぁ!?」
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