小雨

待ち合わせ場所は銅像の前。左に天秤、右に剣を構えた女が、厳めしく市民を見据えている。市民に紛れる程度にしゃれた服を着ているリュウは、何やら落ち着かない様子で耳元を弄んだ。よく見ると耳にはイヤホンが装着されていた。


「リュウーー! 聞こえるー」


「はいはい、聞こえてますよ」


その甲高い声はメア。そのメアは昨日と色違いの服に身を包んで、リュウから少し離れたベンチに腰かけていた。どうしてこうなったのか、それは少しさかのぼる。


昨日の夜。夏にしては寒寒しい夜風にあたりながら、リュウは窓から身を乗り出して考えていた。鶯のような鳥が、鶯のような声でホーホケキョと鳴いている。


リュウは悩んでいた。なんせ今の今までデートをした事がないのだ。地球にいた頃は世奈や桜美に、買い物に付き合わされたりしたが、それを数には入らないだろう。そんな彼が、初のデート。しかも、相手はティアである。はぁ、どうしたらよいのか全く分からない。


「リュウ、リュウ。ちょっと、こっちこっち」


と、その時女性がリュウを呼んだ気がした。リュウが首を下げると、メアが手招きをしている。不思議に思いつつも、リュウは窓から飛んだ。彼女の表情は存外晴れやかであった。手元から薄茶色の革袋を取り出すと、紐をするりとほどく。中から出てきたのは小さく、真ん中にポカリと穴が開いたものであった。リュウの知識ではイヤホンが脳裏にふっと現れる。



「これは……?」


メアは渡す直前に手を振り上げて、からっと笑った。袖からは白い腕がすらりと伸びている。楽しそうにあちこちを走り回ると、やがて納得気にリュウに話した。


「私分かってるからっ。あんたがほんとは、あの女と付き合ってなんかないってこと」


あの女とはティアの事であろう。確かにその通り、付き合ってはいない。が、その旨を伝えれば彼女はいっそうリュウに求愛を迫るだろう。それはお互いにとって好ましくない。3人の美少女達がどんなに起こるかしれないし、第一、そんな事をしている場合ではないのだ。借金を返さなくてはならぬのだ。


リュウは答えた。


「いや、それは…………」


「いいの。言わなくても。でもね、あのメス豚がどんな卑劣な行為をおこすか分からないでしょ? だから、はい。これ」


リュウの唇を手で押さえると、開いた手でリュウの耳にイヤホン(形状、用途は地球の物と考えて差し支えないと、後から世奈に聞いた)を装着した。その後、彼女は闇夜に消えていったのだった。こんな言葉を残して。


「彼氏らしく行動したら、切り裂いてやるんだからねっ!」


閑話休題。回想は唐突に終わる。ティアが来たからだ。遠目からでも、ティアはやはり目立つ。青をトップスとして、ミニ丈のスカートはベージュで押さえている。エメラルド色のペンダントを首から掲げ、それはまさしく綺麗であった。『可愛い』という言葉は彼女の為にあるのではないか、街を歩く男、時には女からの視線を浴びつつ、ティアがこちらに微笑んだ。



「ごめんなさい。待っちゃいましたか?」


「いや、今来たところだよ。その服とても似合ってるよ」


「本当ですか! 良かったです……!」



目を爛々と輝かせて、喜ぶティアはなんとも可愛らしい。抱き寄せたい衝動を抑えて、リュウはティアを見つめた。銀色の髪は陽光の祝福を受けたように、キラキラと光っている。


今日は劇場を見に行く事にした。リュウがそれを伝えて歩き出すと、ティアが足を絡ませた。


「リュウ様……? 今日は『恋人』らしく振舞ってくださいって昨日いいましたよね……? それなのに、どうして、手をつなごうとしないんですか…………?」


南極ペンギンも真っ青な顔して逃げ出すほど、冷たい声でティアは言った。ひぃっ、とリュウは内心思いつつ、ティアの健康的な手をにぎった。すると、ティアは天使に戻ってにかっと笑った。


「さあ、行きましょう! 今日は楽しみましょうねっ!」


「あぁ、そうだね……楽しもうか」


ああ、どうしてヤンデレ化するのか。それさえなければ完璧なのに。


「ちょっと! 何、手なんかつないでるのよっ!」


耳元で鼓膜が破れんばかりに悲痛の叫びを、気にしないようにして、リュウはティアと恋人繋ぎをして街を見て回った。



「わぁっ、綺麗です……」


とある店で足が止まった。劇場の券はすでに取ってあり、後は気になった店を見て回っているのだ。ティアはよほど楽しいのか、疲れ知らずにリュウをあちこちひっぱり回した。ブティック、雑貨、そして今いるのは装飾屋である。冒険者には当然女性もいる。だが、冒険をする上で必要な武具を装備すると、どうも見栄えがよろしくない。


無論、モンスターを守る上ではそれでもいいのかもしれないが、何とかならないものか。そこで登場したのが、装飾店。言い換えればアクセサリーショップだ。店内には赤や青、紫等さまざまな需要にこたえるべく、たくさんの物が置かれていた。ティアの目が止まったのは、エメラルド色のペンダントであった。


キラキラと輝いて見えるのは、ティアかエメラルドの作用か。周りは女性も多いが、中にはカップルもいた。異世界でも贈り物をするのは、地球のそれと同じようだ。


ティアがあまり熱心に見ているので、店にただ一人いる、店主らしき人が声をかけてきた。


「お嬢ちゃん。それ、欲しいのかい?」


「いえっ!? し、失礼しました!」


じぃーっと見つめていたのが、恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして店を出て行ってしまった。リュウが値段を確認すると、金貨30枚であった。店主は意地悪そうにリュウに尋ねた。


「どうじゃ、若者よ。一銅貨もまけてやらんが、買うかい」


リュウは懐を探ってみた。やがてふっと笑うのであった。



                     ▽


「ごめんごめん。トイレに行ってたものだから」


「もうっ、遅いですよ さ、もうすぐ劇場が始まります」



店の死角で膨れた頬で待っていたティアの手を連れて、リュウは少し早めに歩き出した。結果として劇場には間に合い、指定された席に二人は座った。幕が開いて、照明が落ちて――


場面は、2、30くらいの奥さんと、重そうなたぬきが乗っている太鼓をしょってきたご主人が出てくる。



「あんた、またこんながらくたもってきて! 古びた太鼓なんてどこに置けっていうんだいっ!」


「なにおう、もしかしたら高価な物かもしれないぞ。なんせ、露店の店主の話では、古くからこの太鼓はあったそうだとよ」


「それだけ誰も買わなかっただけじゃないのかい」



「そんな事はないさ。なんなら、姫様の所に売ってきてやらぁ」


「あんた! およしよっ。 ああ、行ってしまった。斬られなければいいけど……」




場面は変わって、金持ちそうな殿のお屋敷前に。役人と先ほどのご主人が出てきたよ。



「む、なんだそれは? 何、太鼓だとぉ。こんなもの、売れるわけがないだろう」


「それはわかる人にしか価値は見出せません。どうか、姫様に合わせてください」


「ううむ、そうまでいうなら合わせてやろう。だが、銅貨10枚でもがっかりするでないぞ。では、ここで待っとれ」



「おーい、主人よ。今、姫様からのご返事が来たぞ」


「どうでしたか!?」


「まあ、落ち着け。ええと、そうだな。心して聞けよ。なんと、なんとだ。金貨300枚で買い取るそうだと」


役人は手紙の封を切って、主人に渡す。


「ええ!? 金貨300枚ちゅうっと銀貨が3万枚ですか!」


「まあ、そうだな」


「ということは銅貨が30万枚ですか!?」


「ええいやめい。こんがらがってきたわ。とにかく、あの太鼓を売ってほしいと姫様はおっしゃたのだ。お前も運のよいやつよの。それでどうするか? 太鼓を売るのか、どうだ」


「売ります! もうすぐ売ります。何ならこの手荷物も全部つけましょう」


「お前の汚い手荷物等姫様に見せられるかっ! 俺が切腹にあってしまうわ」



場面は代わり、奥さんと主人が出てきた。奥さんが主人が心配なようで、何度も外を覗いている。


「あんたっ! 生きてたのかい!」


「へっ、そう簡単に死んでたまるかいな。それより、あの太鼓な、見事に売れたぞ」


「へぇ、そうかい。そりゃたまげた。それで、代金はどこにあるんだい。このさい、銅貨1枚でも文句いわないから、見栄はらないで正直にいってごらんよ」



「聞いて驚くなよ。なんと、なんとだ。き、金貨が」


「金貨が!?」



「おう、落ち着けぃ。俺だってさっき起こった事が信じられないんだ。それでな、金貨が、なんと300枚。そう、ばっちし300枚よ。こん中に入ってるんだ」



「ほ、本当かいあんた。今までゴミしかもって来なかったあんたが、姫様に持っていくなんて言った時は、あたしはこりゃとうとう年貢の納め時と思ってたんだけどよ。それで、その金貨はどこに、どこにあるんだい」


「ここだ。いいか、開けるぞ」


「ああ、いいよ」


「よぉーしっ! それっ!」


「わぁっー! 本当だっ! 本当に金貨だよ」


「だから金貨だと言ってるじゃねえか。どうだ、見直したか」


「ああ、あんたってやればできる男だったんだね。見直したよ」


こうして二人は仲良く暮らしましたとさ。幕が閉じる――



                       ▽


ここは喫茶店、いつものように静かな雰囲気が楽しめるお店だ。ティアとリュウはここで談笑していた。



「いやーっ! 中々面白かったね!」


「そうですね! 特に役人とご主人のやり取りは、大爆笑でしたよっ!」


高揚感が抑えきれない様子で、ティアは笑顔だった。頼んだコーヒーをすすりつつ、リュウは思う。良かったと。劇場は、今日は一つしかやってなかったのだ。とはいえ、そこは異世界。他に、面白い施設がポンポンあるわけもなく。しかし、楽しめてもらったようで何より、リュウは満足気に黒い汁を胃に流し込んでいく。


ティアはメニュー表を珍しそうに眺めていたが、やがて意を決意したかのように店員になにやら、こそっと伝えていた。店員は微笑むと、ささっと奥へと消えてしまう。


「何を頼んだの?」


「フフフッ。内緒ですっ」


感想を言い合っていると、ティアが頼んだらしいパフェが届いた。なんだ、パフェが食いたいなら、隠れて言う必要ないのに。なんて、思っているがどうしてかスプーンはやけに可愛らしい。よく見ると、パフェもデコレーションがいかにも女の子が好むように作られている。


「さ、リュウ様。あーん、してください」


そういわれて、やっとカップル専用のパフェである事にリュウは気づいた。が、時既に遅し。パクリと食べると、ティアはスプーンを渡してきた。口内で甘いチョコの味が広がっていく。パフェの上の方をすくって、小さい口をちょっぴり開けているティアに運んでいく。どういうわけか、ティアは目を閉じていた。パクリとティアは食べ、リュウはパクっと食べる。



「も、もう許せないっ! 見せつけちゃってーーー!」


こんな声がするのは、きっと気のせい。リュウとティアは甘いひと時をゆっくりと過ごしていく。リュウは背中がやけにスース―する。まるで風が起こっているようだ。


「こらーーっ! 早く離れなさい!」


「? リュウ様、どうかしましたか」


「ううん、どうもしないよ。はい、あーん」


メアの攻撃は激しさを増す。風がどんどん風力を増していってしまう。リュウの頭に何か当たった。背中にはこぶができているようで、さするとちょっと痛い。どんどん強くなる。ついにリュウの椅子が飛んでいった。さすがにここで、トリップ状態のティアも気づいた。幸せな時間を邪魔されたので、相当にお怒りの様子であった。



「メアさんっ! 邪魔しないでください」


「何よっ、ベタベタベタベタ、見せつけちゃって! リュウはあたしのものなのーーーー! 『サイクロン』!」


「負けませんよっ! 厳雷(オラージュ)!」



雷撃と風の暴力がぶつかる。まさしく、風神・雷神の戦いであった。その勢いはすさまじく、店のあらゆる人に及びそうである。このままでは、いけない。そう思ったリュウは中に入って、仲裁しようとする。ところが、二人は更に魔力を高めていった。これでは店が壊れてしまう。そこで、二人の攻撃が行われた直後、リュウは『吸収』した。大地をも引き裂いて、地獄から鬼を引き寄せかねない力を何とか、押さえつけた。


「ふんっ! 今日はこれで勘弁してあげるわ……ふぅ」


よろよろと店から消えていくメアとそれを見る、他の客たち。どうやら目立ちすぎたようで、店にいるのがリュウだとばれてしまった。今、リュウはそこそこ有名なのだ。



夕日は西に溶け込んでいる、そのせいか噴水の水も焼けていた。椅子に腰かけて、ティアは空を見上げていた。茜色の空には無数の鳥、魔物が飛んでいる。やがて、ティアが口を開いた。


「今日は楽しかったですよ。私、こんな日が送れるなんて幸せです」


「ティア……」


しかし、その表情には陰りがあるようにリュウには見えた。そうして、重々しく立ち上がると、


「では帰りましょうか。もう、日も暮れます。夜は危険ですから」


そういってティアは、リュウを置いてゆっくりと足を引きずっていく。


「待ってティア。渡すものがあるんだ」


「渡すもの…………? なんですか」


「ちょっと待ってて。すぐ戻るからね」


そういってリュウはアクセサリーショップに足を運んだ。もうできている頃合いだろう。中に入ると、店主がどっしりと白い歯を見せてきた。リュウは無言の笑顔で応対して、足早に店を出た。


「ティア、これ」


ティアはリュウがプレゼントしてきてくれただけでも、涙がでるほど嬉しかったが、中を見てさらに驚いてしまった。きれいな包装がされた小綺麗な箱。震える手でそれを開けると、エメラルドのペンダントが。


「ど、どうしてですか? リュウ様はそれほどお金をもっていないはずです……」


ティアがリュウに近づいて、まじまじと見ると、リュウの手に傷があるのに気づく。一週間前に治療した時には、完治していたはずなのに。リュウに問うと、恥ずかしそうに彼は答えた。


「冒険して、金を稼いでいたんだ。ほら、何か買ってやろうと思って。普段お世話になりぱなっしだからな」


「その為に、こんな傷をしてまで……」


「大した事ないよ、これぐらい」


「バカッ! ……大馬鹿ですよぅっ、リュウ様は……!」


ポカポカとティアはリュウの肩を叩いた。涙ぐみながら、ペンダントを宝物のように握りしめて。リュウはよりそってくるティアに微笑みながら、


「じゃあ、帰ろうか」


ティアの手を絡ませた。それは恋人がするようなつなぎ方であった。


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