銀花
街路樹は虹色に散りばめられていた。ふわふわっとピクシーがあちこちで舞っている。そんな、どこか浮ついた夏のある日、人々はとある大会に夢中になっているのであった。
予想以上に大会が盛り上がったので、遠方からの観光客も増えてアルト王国は喜び半分、驚き半分であった。急遽、席の準備等数を揃える事になったので、決勝戦は1週間後に延期となったのである。リュウはこれを聞くとたいそう喜んで、すぐに寝てしまった。準決勝の疲労が相当なものだったのだろう。
そして、今日は何日だったか。そうそう、明後日が決勝戦で会った。がやがやとすっかりお祭り気分な街並みを眺めていると、つい忘れてしまう。特に、リュウはこの数日間、なんと冒険に出ていたのだ。コルとの戦いが控えているのに、なんとも疲れ知らずというか。どうやら、リュウは元来が戦闘が大好きなようで、異世界に来てからはそれが著しくなったようである。
ギルドを出たリュウを待ち構えていたのはハーピーであった。あっ、とリュウがいう間もなく、潤んだ瞳はそのままに抱き着いた。リュウの腰に白い手を回して自分の方へと引き寄せる。
「あ、あんた何したの!? 私あれから頭の中が、混乱状態なんですけど!」
「ちょっ、ちょっとハーピーさん落ち着いて。人が見てるからっ」
ぎゅうッと離れようとしないハーピーを、リュウは手を外そうとするが、ハーピーは不満げな視線をぶつけてきた。
「何よハーピーって……私の名前はメアよ! ちゃんと名前で呼びなさいっ!」
「メアさん、ですね」
「メアでいいわ。それと他人行儀なのも禁止! 私もあんたのことリュウって呼ぶからね」
「わかり……分かった、メア。とりあえず、そこの喫茶店にでも入ろうか」
ようやく満足したのか、名残惜しそうにリュウから放れると、今度は袖をつかんで歩きだした。
ようやく満足したのか、それでも名残惜しそうにリュウから放れると、今度は袖をつかんで歩きだした。
桃色の髪は眉毛の上あたりで綺麗に切り揃えられていて、後ろは肩ぐらいまでの、いわゆるミディアムヘアであった。切れ長の瞳からは蒼色がちらっとリュウを見つめている。傷一つない、綺麗な肌には赤みがさしている。赤を基調としたトップスにデニムのミニスカートを着こなした姿は、その少女の勝気な様子を表しているかのようによく似合っていた。
改めて見るとかなり可愛い。往来を歩く男からの視線もちらほらと感じられる。尤も、リュウにくるのは恨めしやの嫉妬の感情である。街の中心から少し南にずれた、洋風な雰囲気のするしゃれたお店に、二人は入っていくのであった。その姿を後ろから、じろっと睨むヤンデレ娘がいる事知らず――
「それで、これはいったいどういう事なのよ!」
開口一番、テーブルを強く叩く。静かなひと時を満喫していたが、今日はこれで終わりのようだ。あの時、リュウは吸血鬼の能力。すなわち魅力の魔法をメアにかけた。そのおかげで試合にはなんとか、勝てたが、あの時はこんな事態になるとは思っていなかったのだ。ただ、勝ちたかった。その一心だったのだ。
「はぁっ!? そ、そんな理由で私をこんな目に合わせたのね」
呆れたような力なき視線をメアはリュウに送る。しかし、メアの頬は赤いままである。頼んだコーヒーをずずっと音を立てると、苦い顔をする。リュウが砂糖の入った箱をすっと差し出すと、すぐさま2個落としていった。黒色のコーヒーが白に浄化されていくのを見ていると、リュウはテーブルに頭をつけて、
「ごめんっ! 悪気はなかったんだ!」
と深く謝った。メアはコーヒーを少し飲んでから、さほど怒ってもいない声色で尋ねる。
「あの技を受けてから、今まで感じた事のない感情が芽生えたのよ。寝ても覚めてもあんたの事が忘れられないし……ほんっとに悪いと思ってる?」
「うん。もし俺にできる事があるなら、何でもいって」
リュウの心を除くようにメアは真剣な目を据える。コーヒーをごくんごくんと、飲み干してからメアは突然ニコッと笑った。そうして、
「じゃあっ、責任取りなさいよ」
太陽に焼かれるリンゴのように真っ赤になりながら、そう言った。指先をせわしなく擦り合わせて、リュウから視線を外してしまう。リュウの心臓はドキンと高鳴る。だが、魔物だ。だから何だろうか。よく見るととても可愛い。それに、責任は自分にあるのだ。リュウが口を開こうとすると、メアは視線を戻した。その口が声を出す直前に、リュウは少女の名に止められてしまう。
ティア。その名がどうしてか思い起こされる。花が咲くような穏やかな微笑。強く泣く事のできるティア。そんな彼女をまた悲しませるのか。それに、世奈や桜美の事もどうするのか。
「リュウ様~?」
南極ペンギンもびっくりの冷たい声。リュウの肩にそっとのせられる、細長い手、指。
「ティ、ティア。こ、これは、違うんだ……」
「ええ分かってます。今日は『冒険』に行くとおっしゃていましたもの。まさかこんな所で、こんな場所で女といちゃいちゃする訳ありませんよね」
そういったティアの目は笑っていない。リュウはひぃっと、立ち上がろうとしたが、ティアは予想以上の力でリュウを押さえつけた。忍者と戦った時より遥かに怖い。口元を頬に食い込ませて、ティアは無言の笑顔をリュウに向けた。
「ちょ、ちょっと! あんた誰よ。今、私と大事な話をしていた所なの。邪魔しないで!」
「へぇ~大事な話ですか。何ですか、教えてくださいよぉ。リュウ様」
コップが砕けた。ティアから洩れる無言の怒りが空間を切り裂いているようだ。まずい、これは非常にまずい。ここで返答を誤ればリュウはまたも監禁コースであろう。それは嫌だ。しかも今度は逃がしてくれる程、甘くはないだろうに。しかし、どうする。リュウの脳内で激しい計算がされる。そうしてリュウがだした結論は、リュウはメアに向きなおった。その目は鉄を打つ職人のように、意思に燃えていた。
「ごめんメア、その願いは聞き入れられない。他の願いにしてもらえないかな」
「ど、どうしてよっ。私の事が嫌いなの? ねぇ、嫌な所があるなら直すから、そんな事いわないで」
メアの言葉を聞いて、ティアは怒りを少しだけ静めた。ふっと笑うと、リュウを肩に手を回した。銀色のきらめく髪がリュウをさすっていった。その感触にどきっとしているリュウを、愛おしく思いつつ、
「だって、リュウ様は私の旦那様になる方ですから。ぽっと出の、しかも魔物では話になりません」
メアは足の牙を逆立てて、ティアを射抜き殺さんかと睨んだ。ティアはティアでさらりと受け流して、リュウの肩にその麗しい顔を乗せた。これにはメアも怒りを抑えきれなかった。
「でたらめ言うんじゃないわよ!」
「あら、本当ですよ」
「そこまで言うなら、証拠をだしてみなさいっ!」
ティアは楽し気に何やら考えていたが、リュウの耳にこう囁いた。ティアの甘える声がリュウの耳を濡らす。
「リュウ様、本当ならお仕置きするところですが、今回は許してあげます。その代わりに明日、私とデートしてください」
つまり、仮のカップルとして一日を過ごして、という事らしい。リュウは考える。もし、世奈や桜美に見られたら、どんなひどいお仕置きを食らうだろうか。なんせ、吸血鬼とサキュバスだ。特に世奈の料理責めはきつい。最近は美味しい料理が振舞われるだけに特にだ。
「本当なの? リュウ、あんたティアとつ、付き合っているのね!?」
メアの切り裂くような問いにリュウは決心して答えた。
「ああ、そうだ。俺はティアと付き合っている。明日はデートもするつもりさ。だから、ごめんね」
そ、そんなと茫然としたメアをしり目にティアとリュウはその場を後にしたのであった。
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